2章:Conflict (対立)

1話:Battle (戦闘)

 目の前に現れたのはあまりにも変わり果てた土地だった。その土地を見て僕はあたかもファンタジーの世界に入ってしまったような感覚を覚える。

 イレギュラーによって土地が変化したとしか考えられないが融合によってこんなにも変わるものなのだろうか。

元々は木々が覆い茂っていたのにどうして――


「グルルルルル…………………。」


 化け物のうなり声が辺りを木霊うなりする。僕は恐る恐る“ラミエル”を構えながらも奥へと進んだ。


「なっ――!? 」


 化け物は僕を見掛けると咄嗟とっさに飛びついて僕の胸を鋭い鉤爪かきづめのようなもので引っ掻いてくる。

 僕はその攻撃に対して対応しなかった。

いや、出来なかったと言った方が正しいだろうか。

攻撃はもろにくらって胸から血液が流れる。

 しかし化け物は容赦ようしゃしなかった。僕は追い討ちをかけられるように足をひっかけられて転倒する。

そして鋭い鉤爪を僕の胸へと振り下ろそうとしていた。


 もうダメだ――


その刹那せつな、エラーの頭部に1本の矢が貫いて横へと倒れる。

 僕は化け物のいる反対方向を振り向くと水羽が立っていた。彼女が後ろにつけている白いリボンが風ではためいている。


「白百合さん……………。」


 僕は息の根が止まっている化け物を横目に彼女の名前を呟く。彼女の青い瞳が真剣な眼差しを演出し、白く華奢きゃしゃな手に青白い弓が握られていた。

 確か彼女の目は黒かったはずなのに何故青い瞳になっているのだろうか。


「雷電さん、大丈夫ですよ。わたし、雷電さんより年下ですから。」


 彼女はニコリともせず化け物に向かって矢を放つ。

 正直に言うと僕はこの現実を未だに受けきれていなかった。どう考えてもこれはゲームの世界か何かとしか思えない。

すると水羽は僕にボソリと呟いた。


「雷電さん。わたし……信じられないんです。天使の気まぐれで日常が壊れたのが信じられないんです。そしてあまりにも突拍子でみんなと協力しようなんて言われても……。」


 彼女もやはり今の状況が信じられなかったようだった。僕には現実を受け入れたように見えてしまっていたが、彼女には何か秘められた思いがあるのだろう。

 確かに仲間たちと録に会話もできずこんな状況に放り出されたのは僕としても不満であり、不安だった。

僕は立ち上がって水羽の肩に手を置いて言った。


「大丈夫。いざとなったら君は僕が守ってみせる。」


 そう言うと彼女はくすくすと笑い始める。あの時の顔面蒼白がんめんそうはくで震えていたときとは違い、少しうつむいて頬を赤くしているようだった。


「今回は反対にわたしが守りましたが次は守ってくれることを信じてますよ。

それよりわたしと一緒に戦いませんか? 遠距離だから詰められるとどうしても不安で……。」


 彼女はそう言うと照れた顔で僕にお願いをしてきた。確かに近距離の槍と遠距離の弓がいることで、化け物を簡単に倒せるだろう。

僕は頷くと彼女はニコリと笑うと高台へと登って弓を構えた。



「はぁっ! 」


 僕は槍を化け物の心臓へと突き刺す。戦っていくうちに自分の感覚が段々と鈍麻どんましていくのを感じた。

とはいえ化け物は僕の心境など気づいてくれないのだ。


 正気は狂気――


この言葉はどこから出てきたのだろうか。確かどこかの本で読んだような気がしなくもない。もう正気ではこの世界はやっていられないのだ。

もはや世界自体が“イレギュラー”なのではないかとまで思えてくる。


「雷電さん、本当にありがとうございます。」


 化け物達の攻撃の波も去ってほっとしていると高台から降りてきた水羽が照れたような顔でお礼を言う。

しかし僕はその言葉ではなくその後にぽつりと言った一言が耳に残っていた。


「雷電さんがわたしのお兄ちゃんだったらよかったなぁ。はぁ…………。」


 彼女のその言葉はまるで本当のことか嘘なのか分からずふわふわしていた。しかし例え嘘だとしても彼女にそう言われるのは僕にとって嬉しかった。


「幻夢くん!水羽さん! 」


 僕は誰かの声でハッとする。叫んでいたのは恐らく癒月だろう。

僕と水羽は急いで癒月の声がする元へと向かった。水羽の青いポニーテールが風でなびいて空の青色と絶妙ぜつみょうにマッチしている。

とても美しく見えたが、彼女の髪の毛も元はベージュだったはずだ。

これも全てイレギュラーの影響だろうか。


「怪我はあなただけね。あとで衛生兵に消毒液と包帯を借りてこないといけないわね。もし変な菌とか入っていて化膿したりすると大変だわ。」


 彼女は安堵あんどしたような顔をして僕の腕を引っ張った。あまりにも引っ張る勢いが強くて腕が脱臼だっきゅうしそうな感覚になる。

 彼女の緑色の瞳が眼鏡越しにはっきりと見えた。


「さて、幻夢くん、治療をしましょう。」


 彼女は僕の腕を引っ張りながら施設へと向かった。

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