2話:Reunion (再会)

 僕と癒月は施設の廊下を歩いている。

幸い僕が受けた胸の傷は浅かったが、包帯を巻くほうが良いと癒月に言われて服の上から包帯を巻いた状態になっていた。


「幻夢くん、痛くないかしら? 」


 癒月が心配そうな顔で僕の方を見つめている。


「ああ、大丈夫だ。」


 僕は彼女の方を向いてニコリと笑いながら答えると彼女の濃い緑色の髪の毛が風でなびいた。

 戦っている時はアドレナリンが出ていたのか胸の痛みは全くなかった。しかし今になってアドレナリンが切れたのか猛烈な痛みが襲いかかっている。

その痛みに僕は思わず顔をしかめた。


「本当に大丈夫なの? 」


 僕の顔を察知したのか癒月は心配そうな顔をする。彼女は医療系の仕事をしているからこそ観察眼に優れているのだろう。


「大丈夫さ、こんな傷……。」


「大丈夫じゃないでしょ。私、嘘は嫌いなの。ひとつの嘘やミスで人は簡単に大惨事を引き起こしてしまうわ。正直に言って。」


 癒月は突然真剣な表情になる。

医療系の仕事は下手をしたら人の命を失いかねない責任感のある仕事だと言うのははっきりとわかっていた。彼女の場合は極端すぎるがそれよりもない方より圧倒的にマシだろう。


「いや、大丈夫だ。本当に。」


 僕はそう言うとニコリと笑う。


「本当か?“エラー”から受けた傷は簡単に癒えぬぞ。」


 突然何処かから声がして僕は驚きかける。

エラーというのはあの化け物の事だろうか。

おそらくこの声は“ラミエル”からの声だろうがこんな時に出てくるのは心臓が悪くなるので勘弁して欲しいと思った。



 廊下を歩いていると微かにピアノの音色が聞こえる。悲壮感が漂うその音に耳をすませながら誰が弾いているのだろうかと疑問に思った。

 その音は7つのドアがある部屋の方から聞こえている。僕がドアを開けるとそこにはピアノを弾いている水羽がいた。

 彼女のすらりとした指がゆっくりと音を紡いでいる。それと対比しているかのように彼女の青い瞳は真剣そのものだった。

水羽のその姿にうっとりしていたが、それをかき消すかのように元気で明るい声が聞こえる。


「癒月ちゃんと幻夢くんが来たよ! 」


 友絵が僕達を見かけるや否やそばに近寄って声を上げたのだ。彼女の桃色のサイドテールが動きに合わせてぴょこぴょこと動いている。


「えぇ、来たわ。これで全員かしら? 」


 癒月は辺りを見回しながら言った。

友絵の隣には鉄秤と路月がなにか話し込んでいたが、僕達を見ると話を止めたのか僕と癒月の顔を交互に見ている。

 明らかに誰かがいないと僕は謎の違和感を覚えていたが、誰にも言うことが出来ず無言の空気が流れていた。


「いや、朝火さんが帰ってきてないですね。」


 僕は勇気を振り絞って訴える。

すると鉄秤は周りを見た後に驚いたような顔をしながら口を開いた。


「本当だな。あの人はどこに行っているんだ?しかし……いつか帰ってくるだろ。」


 彼の口ぶりからして探す気は全くないのがわかった。

 詩音がどこに行っているのか分からない。また、彼女を探そうとしても手がかりがなければ見つけるのは至難しなんとしか言いようがない。しかし彼女が襲われている可能性もないとは言えないのだ。


「僕、朝火さんを探しに行ってきます。」


 僕が行かなければ誰が行くんだと僕は覚悟を決めて探しに行くことを鉄秤に伝えた。


「幻夢、本当に行くのか? 」


 鉄秤は急に真面目になったかのように真剣な顔で僕に訊ねる。

僕が頷こうとした時、路月が口を開いた。


「幻夢1人では不安だ。俺も行かせてくれ。」


 そう言った後に路月が黒い髪を手でなびかせる。

彼の黒い左目はただ1点に鉄秤を見つめていた。それと同時に彼特有のミステリアスな雰囲気が辺りを満たし始める。


 サリエル――

彼は元々邪眼イービル・アイを持っており、見つめるだけで不幸を与える魔力が備わっていたらしい。

この時の彼の姿は正にサリエルのようだった。


「わかった。幻夢、負傷してる事だし無理するなよ。路月、幻夢を頼んだぞ。」


 鉄秤は路月を見てニコリと笑った後に僕達を見送った。彼の言葉には路月をかなり頼っているようなふしがあるように感じる。

 恐らく路月と鉄秤は何かしらの関係があるのだろうかと僕は推測したが、どんな関係なのかはさっぱりわからない。

僕は鉄秤の後ろ姿をちらりと見た後、ドアを開けて廊下へと出た。



「幻夢、御剣が心配してたぞ。

あの人は基本はテキトーな人だが……。まぁリーダーとしてのプレッシャーなのかもしれないな。みんなが御剣をサポートしないといつか潰れてしまうことが心配だ。」


 廊下を歩きながら路月は僕に話しかけてきた。確かにあの時見た鉄秤の後ろ姿は正にリーダーとしての重圧を抱えているような感じだった。

 彼はこのような現実を突きつけられながら、自ずと6人の命を背負っているのを感じていたのだろうか。


「まぁ御剣の話を色々としたかったがまず詩音くんを見つけなければ話にならないな。行こう。」


 そう言った彼の目はまるでひとつの決意を固めたような雰囲気をかもし出していた。

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