4話:Danger (脅威)

 僕は意味深な言葉を呟いた天魔から目を離せなかった。

本心は逃げたかったのだが、空気がかなり濃密で、もがいても体はピクリとも動かない。

時間もかなりゆっくりと経つのを感じ、精神がじわじわと削られていく感覚に陥っていっていた。

 しばらくして天魔が僕に近づくと、煙草たばこを取り出す。

そして軽く一息つくと、ライターで煙草に火をつけながら僕に訊ねた。


「キサマ、名前はなんと言うたか? 」


「ら……雷電……幻夢です。」


 僕は声が震えながらも答える。

正直に言うと名前など答えたくはなかったが、先程の黎斗に対する仕打ちを見ていると答えざるを得なくなっていた。

 天魔は僕の答えに対してにやりと笑うとゆっくりと紫煙を吸い始める。

その笑みは獲物を狙う肉食獣を思わせた。


「ほぉ、あの時ワイが青二才あおにさい言うてたやつか。」


 天魔は紫煙を吐くと警戒しているような目で僕を睨んだ。

その目を見てようやく僕は変身が解けていないことに気づいた。なぜだかさっぱり分からないが、天魔の存在からの緊迫感が変身解除を阻害したのだろうとそれなりの理由をつけて自分を納得させる。


「ら、雷電さん……だ、大丈夫ですか……? 」


 後ろから水羽の震えるような声が聞こえる。

僕は彼女を横目にうなづいて大丈夫だと伝えようとした時、天魔が遮るかのようにぽつりと呟いた。


「なんや、またスケがいるんか。」


 その声にハッとして天魔の方を向くとあざけるような笑みを浮かべながら彼女の方に視線を向けていた。

まさか詩音の次は水羽を手にかけようとしているのではないかという疑惑が浮上してくる。そんなことは絶対許されないと全身の血が沸き立つような感覚がじわじわと襲いかかっていた。


「女性がいて何か不都合なことがあるんですか? 」


 僕は勇気を振り絞って強気に訴えかけた。

そんな僕をよそに天魔は涼しい顔で紫煙を吐き出している。その様子は鉄秤とは一味違う余裕さを感じていた。


「いや、キサマとそのスケの戦いぶりを見て感服しただけや。」


 彼は嘲笑ちょうしょうしながら返すと、赤いオールバックの髪の毛をかきあげて僕達から離れた。

一体どこへ行くのだろうかと思っていると、彼は倒れている黎斗に近づいて彼の顔を躊躇ためらいもなく掴んだ。


「せや、今度キサマらと遊んだるわ。」


 そして天魔は黎斗の顔を掴んだまま僕達に近づくと話を続けた。


「ただし、ワイと戦う前にこいつみたいに死ぬなや。キサマらを破壊する楽しみを奪われたら困るからなぁ。」


 天魔はそう言うと絶命している黎斗を引きずりながら高笑いをして去っていった。


 彼の姿が見えなくなると、僕の変身も解けてようやく安堵あんどのため息をつく。

相変わらず天魔の恐ろしさは身震いするくらいに強烈だということを痛感した。


「な、なんですかあの人……。」


 蒼白した顔をのぞかせながら水羽がぽつりと呟いた。あまりにも異常な事態に彼女の精神が狂わないかと心配になる。


「僕が守るから大丈夫だよ。」


 口約束になんの効力もないのは分かっているが、何もしないよりはいいだろうと僕は人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。

すると水羽は再び髪の毛を結んでいるリボンをほどく。リボンによって縛られていた濃い青色の髪の毛が自由になると同時に風に揺れた。


「ごめんなさい……不安にさせるようなことを言って。」


 彼女は申し訳なさそうな顔をすると同時に、緊張が急に切れたのか膝から崩れ落ちるかのようにへなへなと座り込んでしまった。


「いや、大丈夫だよ。どこかで休もう。」


 僕はそう言いながらどこかに休めるところがないか探す。幸いにも今いる所は街なので安易に休めるところがすぐに見つかった。


「さてと、行こうか。」


 僕はそう言うと彼女を背負った。

黎斗との戦いで疲弊ひへいしていて彼女がずっしりと重く感じたが、そんなことは言ってられないと自分自身を奮い立たせながらゆっくりと歩き始める。


「ごめんなさい。わたし……重いですよね。」


 後ろから水羽の申し訳なさそうな声が聞こえる。

元はと言えば友絵がここに行こうと言い始めていたが、まさかこんなことになってはぐれるとは思ってもいなかった。

そんなことを考えていると僕は段々と友絵と愛麗は無事なのか心配になってくる。


「いや、そんなことないよ。」


 僕は笑顔でそう返すと足を止めた。

ようやく安心できそうなコンクリート状の建物に着いたのだ。

僕はその中へと入っていき、ゆっくりと水羽を下ろした。


「雷電さん、実はわたし……。」


 僕がようやく腰を下ろすと彼女が何か言いたげな表情で僕に近寄る。

水羽が自己主張するのは珍しいと思いながらも僕は彼女の方を向いた。


「どうしたんですか? 」


 僕は彼女に訊ねると突然頬を赤くしてうつむく。


「いや……ごめんなさい、忘れてください。」


 一体なんだろうかと僕は頭を傾げたが、忘れてもいいという事は不必要な事かもしれないと思っていると遠くから声が聞こえた。


「幻夢くーん! 水羽ちゃーん!どこー!! 」


 おそらく友絵の声だろうと僕は即座に判断すると声の限り叫んだ。


「上地さん! ここにいます! 」


 僕の声は夕焼けの爽やかな空に明るく響き渡った。

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