25話:Errand (お使い)

 3つのトランシーバーが置いてある机を横目に僕はため息をついた。

路月の様子が明らかにおかしいのは分かっていたが、これ以上詮索せんさくはできなかったのだ。

先程の僕みたいにならないだろうかという懸念が僕の心をむしばんでいた。


 僕は首を振って彼のことを考えるのはやめようと思い、3つのトランシーバーを手に持つ。

 癒月、水羽、友絵の3人にトランシーバーを届いてくれと路月から頼まれているのだ。

彼がどうであれそれだけはやっておかなければならないと胸に秘めて僕は部屋を出ていった。



 コンコンコンコン………………

僕はまず癒月の部屋のドアを叩いた。彼女の部屋は僕の左隣にあるとは言っても1度も彼女の部屋に入ったことは無い。

 ドアを叩いてもしばらく反応が無く、もしかしたら部屋にいないのかもしれないと思っていた。

しかし突然ドアが開くと同時に彼女がドアから顔を出した。


「幻夢くん、どうしたの? 」


 ドアを開けた彼女からシャンプーのいい匂いが僕の鼻にふんわりと伝わってくる。どうやら彼女は先程シャワーを浴びていたようだ。

濃い緑色の髪の毛は濡れていて、眼鏡もかけていなかった。

 まさしく水も滴るいい女というのはこのことだろうかと思っていると、彼女の一言で我に返る。


「どこ見てるのよ。全く……なんの用かしら? 」


「す、すみません。鍵さんからこれを渡してくれって言われて来たんです。」


 僕はハッとするとトランシーバーを彼女に渡した。トランシーバーは照明の光によって黒々と光っている。


「なるほど、トランシーバーね。昔よく使ってたわ。」


 彼女は眼鏡もつけずにまじまじとトランシーバーを見つめている。

僕はそのような彼女を見て強い違和感を覚えた。

 眼鏡はかなり目が悪い人がつけるはずだ。そんな人が眼鏡を外して物を見るということは近くてもなにかまでははっきりと分からないと思っていた。


「とりあえず届けてくれてありがとう。」


 彼女はトランシーバーを右手で握ってにっこり笑うと反対の手でゆっくりと扉を閉める。

パタンという音と同時に僕のいる部屋は静寂せいじゃくにつつまれた。


 さてと次は誰の所へ行こうか。

そう思いながら僕は腕を組んで歩いていた時、左の方から声が聞こえた。


「雷電さん…………。」


 僕はその声に反応するかのように振り向くと、どこか暗い表情をした水羽が立っていた。

彼女はまるでチワワのように小刻みにプルプルと震えている。

 彼女に一体何があったのだろうか。


「水羽さん、どうしたんですか。」


 僕は彼女に訊ねると突然彼女はうつむいた。一体なんだろうかと思っているとか弱い声でポツリポツリと呟き始める。


「雷……さん……わた………い……です。」


 彼女の声はあまりにも断片的で聞き取ることがよく分からない。

表情で色々察することはできるが、うつむいているせいで全く汲み取れなかった。


「どうしたんだ? 」


 僕が改めて訊くと彼女は背を向けて言い放った。

彼女の濃い青色の髪の毛がゆらりと揺れる。


「わたし……悔しいです。みんな、活躍してるのに。わたしだけアーク失格なんじゃないかなって。」


 アーク失格――

それは僕も前に思っていた言葉だった。

彼女の気持ちは分からなくもないが、あの時の決意は嘘だったのかという思いが噴出する。

 彼女はアークゼノに立ち向かえる程の自信がある。自信がある人はアーク失格などの言葉を軽々と言えるはずがない。

僕は彼女に対する怒りを必死で抑えながら口を開いた。


「いや、違うよ。僕は――」


「そうだよ! 水羽ちゃんだって活躍できるよ! 」


 後ろからどこか明るい声が僕の言葉を遮った。

その声にむっとしながら後ろを向くと、友絵がニコニコしながら立っている。

 相変わらずふわふわとした彼女の雰囲気は少し悪くなった今の雰囲気を包み込んでいるようだった。


「水羽ちゃんはね、ただ活躍できる所が見つかってないだけなんだよ。 」


 友絵は僕を無視すると水羽の近くへとスタスタ歩いていく。

僕は彼女の言葉に対して疑問符しか浮上しなかったが、彼女がそう言うにはそれなりの確信があるのだろう。


「ね、一緒に探しに行かない? 絶対活躍させるから! 」


 友絵はそう言いながら水羽の腕を掴んで少し引っ張ると、水羽は引っ張られたことにより横を向いた。彼女の表情からかなり動揺しているように見える。


「えっ……えっ!? ほ……本当にそれを信じていいのてすか? 」


 水羽は驚いたような声で友絵に訊ねると彼女はいつものアイドルスマイルを向けて彼女に答えた。


「信じていいよ! 友絵と幻夢くんが全力でサポートするから! 」


「えっ!? なんで僕も混ざっているんですか! 」


 僕は彼女の言葉に反射的にツッコんだ。

これもこれで友絵らしく、僕は彼女の雰囲気に完全に飲み込まれてしまう。

しかしそんな雰囲気に巻き込まれるのも悪くはなかった。


「別にいいじゃない。さーて! いっくよー!! 」


 友絵は今までにない明るい声で動揺している水羽の腕を掴んだまま歩いていく。

僕はそんな2人を見てくすくす笑いながら彼女達について行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る