24話:Reason (理由)

「幻夢、ここにいたのか。」


鉄秤の去りし後にドアが開くと同時に路月が部屋に入ってくる。

彼は数人分の黒い物体を抱えるように持っていた。しかし物体の正体までははっきりと分からなかった。


「鍵さん。その黒いものはなんですか? 」


 僕は路月に訊ねると彼は隠すことも無く答える。

ふと僕は彼の顔を見たが、路月も路月で何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 やはり対戦ゲームを極めている者はポーカーフェイスが大切だということだろうか。

改めて鉄秤と路月を見ているとその事をひしひしと感じる。僕には2人のようなことは流石に出来そうになかった。


「トランシーバー。これが幻夢の分だ。無くしたりするなよ。」


 彼はそう言って黒い物体を僕に手渡した。

僕はトランシーバーなど扱うのは生まれて初めてで使い方などさっぱりだった。

他のアークもほぼ扱ったようなことがないような代物だろう。僕は他の人にもこれが扱えるかどうか不安になっていた。


「トランシーバーってなんですか? 」


 僕は彼に訊ねるとやっぱりかというような表情を浮かべる。

そして僕にもわかりやすいように話そうと思ったのか、僕に近づいて説明し始めた。


「トランシーバーはざっくり言うと仲間に連絡が取れる道具と思ってくれたらいい。

最近電波が通らないだろ。そういう時に使えるのがこれなんだ。使い方も簡単だしな。」


 彼は色白の指で左にあるボタンを指さした。水羽ほどでは無いが、彼の手は同じ男性とは思えないほどに手入れされていて綺麗だった。


「使い方はこのボタン押して話すだけだ。チャンネルとか音量とか面倒なことは全てオレがやったから安心してくれ。」


 彼は指さすのをやめると腕を組んで僕に説明している。

その姿はどこか分からない問題に対して懇切丁寧こんせつていねいに説明する家庭教師のようだった。

最後に彼は黒い目でまっすぐ僕を見つめた後にポツリと一言付け加えた。


「そして……出来れば幻夢が水羽と雅楽さんと上地に説明してやってくれ。頼む。」


 僕は再び誰かに頼まれると断れない質だった。寄りにもよって比率的に少ない同性に頼まれたのだ、断るような理由がないと脳が勝手に判断していく。

しかしそんな彼にどうしても訊きたいことがあった。

 それはその理由だった。何故こんなことを頼んだかは何かしらの理由があるはずだ。

僕はアークゼノと戦ってきて思考が鋭くなっているのだろうか。その原因を咄嗟とっさに閃くと彼に対して訊ねた。


「わかりました。でも路月さん、何故女性と話すのが苦手なんですか? 」


 彼はそれを聞いたのか言いたくないという素振りで背を向けた。

彼の後ろ髪は右目を隠している前髪ほどの長さがあるのが確認できる。

そして彼は恥ずかしそうにポツリポツリと呟き始めた。


「俺は殆ど女性と話したことがないからだ。高校も大学もほぼ男子ばかりだった。女が怖い訳では無いが……。」


「それが理由で女性と話すのが苦手なんですか。」


 僕は間抜けな応えをすると彼はコクリと頷いた。鉄秤や僕に話しかけてくるが、水羽や癒月など女性に話かけているのは見たことがない。詩音という例外は話をしないでおこう。

 いや、少し待てよ。彼女以外にも例外がある。

前に美火については訊ねたので外したとしても2人いるのだ。

僕はそう確信した後に再び訊ねた。


「鍵さんのお母さんとはまだ話したことはあるでしょう。お母さんで慣れれば……。」


 すると彼は首を横に振った。

振るのは激しくなかったが、長髪だと髪の毛がボサボサにならないか不安になる。しかし杞憂きゆうだというように彼の黒い髪はサラサラなのか綺麗にまとまっていた。


「オレのお母さんはずっと仕事であまり顔も見たことがなくてな。」


「じゃあ古蛇さんは……。」


 僕が彼女の名前をあげると彼は振り向いて僕を睨んだ。

場が一気にピリピリとし始め、かなりまずいことを言ってしまったのではないかという空気が伝わってくる。

それと同時に心拍数が一気に高まり、自然と呼吸が速くなっていた。


「あの人達の名前を言わないでくれ。」


 彼は威圧するような声を出して僕を睨み続けていた。

彼の黒い瞳はあの時の美火を傷つけたような目に見え、蛇に睨まれた蛙のような感覚が襲いかかる。変身していないから傷つかないことははっきりとわかっていたが、それでも襲いかかる恐怖は拭いきれなかった。


「ご、ごめんなさい。」


 僕は彼の威圧に負けて謝る。もうこんな嫌な雰囲気は嫌だと思いながら頭を下げると彼は腕を組んでポツリと呟いた。


「いや、いいんだ。」


 そう言った彼の声はいつもとは違い、何かを抱えているような感じが伝わってきた。

おそらく彼はあることを悟られないためにあのような目を向けたのだと悟った時、僕は全身の毛が逆立つような感覚を覚える。


 路月と七海との間で何かがあったに違いない――

僕の心の声がそう伝えていた。しかしそのことを掘り出していいのだろうかと思っていた時、路月が口を開いた。


「おっと、これを言い忘れていた。トランシーバーの件だが……要件言った後にどうぞと言わないと迷惑かかるからな。」


 彼はそう言って3つのトランシーバーを置いたまま、呆然としている僕を放置して部屋を出ていった。

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