8話:Weak (弱み)

「くっ…………。」


 僕は火傷の傷がうずいてうめき声を上げる。

癒月の詠唱によって治癒したとは言っても、完治とは程遠いことを痛みとともに痛感した。

 こんな痛みを1人で抱えるのは気が狂いそうだと思いながら僕は横にいる路月の方を見る。

彼は僕に感謝の言葉を告げて以降、ただ腕を組んで黙っている。

このまま無言の時間が続きそうだと思っていた時、近くにいた癒月が口を開いた。


「路月くん、疑問に思っていたんだけど何故右目を髪の毛で隠しているの? 」


 彼女の質問に対して彼は少しピクリとすると同時に表情が一気に固まった。

そしてなによりも彼は癒月を見る目がどこか怯えて口元がピクピクしている。


「………そ、それはな。実はな……。」


 言葉もどこかどもっているような感じでミステリアスな彼の雰囲気が一気に壊れていく。

何故彼はこんな事になっているのだろうか。思い当たることはあったがそれがなにかまでは全く思い出せない。


「路月くん、どうしたのかしら?私なにかまずいことでも訊きましたか? 」


 彼が言葉に難儀なんぎしている様子を見て癒月は動揺したような顔で彼を見つめている。


「い、いやそ、そういう訳では無いんだ。」


 路月はどもりながらも何とか弁明しようとしている。

しかし彼には焦りと余裕のなさが出ていることを態度を通してはっきりとわかった。

 僕と先程話していた時はそんなことはなかったはずなのに何故癒月となるとこうなるのか――

前に路月が言っていたような気がしたがどうしても思い出せない。


「じゃあ何かしら? 」


 癒月は路月の弁明に対して鋭く反論した。それを訊いた彼の拳は恐怖か何かわからないがプルプルと震えている。


「…………訊かないでくれないか。」


 彼は癒月への視線を逃れるかのように僕の方を向いた。彼の怯えたような黒い目は僕にヘルプを求めているように見える。

ヘルプしてくれと訴えかけられても僕が何をしたらいいのか全く分からない。

とはいえ硬直したようなやり取りを第三者としてただ聞くのもつらいというのが本音だった。


「路月さん、大丈夫ですか? 」


 僕が癒月に聞こえないように小声で彼に訊ねた。すると彼は首を横に振るとささやき声で答える。


「俺は女性と話すのは苦手なのに……なんてこった。」


 彼の言葉を聞いて思い出した。彼は最初に7人で集まった親睦会しんぼくかいでそんなことを言ったはずだ。

僕が納得していたその時、癒月が腕を組んで頷くかのような表情で言い放った。


「なるほど。女性と話すのが苦手と早く言ってくれればいいのに。」


 僕はそれを聞いて一気に全身の毛が逆立つような感覚を覚える。

どうやら癒月は僕と路月のやり取りが聞こえていたようだ。

僕は路月の方を恐る恐る見ると彼は絶望としか言い表せないような表情を浮かべていた。


「どうして聞こえたんですか……? 」


 僕は震えるような声で訊ねると彼女はメガネのブリッジを押し上げて答えた。


「私、地獄耳なのよ。」


 そう言うと一息ついて彼女は緑色の髪の毛をなびかせる。

それに対して路月はやれやれといった表情で僕に向かってぽつりと呟いた。


「全く……女は怖いな。」


 その彼の言葉には妙な重みを感じた。確かにこの状況を踏まえると納得してしまう。

しかし全ての女性がそんな人とは思いたくは無い。その思いだけは少なからずとも心の片隅にあった。


「それよりも幻夢くん、戦ったアークゼノは女性って訊いたけど……アークゼノを幻夢くん1人で戦ったの? 」


 癒月が今度は僕に向かって訊ねた。その横で路月が一人でやったんだというオーラを出している。

そんな彼に対抗するかのように癒月も癒月で正直に言いなさいというオーラを感じ、完全に僕は板挟みの状態になっていた。


「ぼ、僕1人で倒すなんて無理ですよ。鍵さんと頑張ったんです。」


 結局僕は悩みながらも癒月のオーラに負けて正直に喋った。嘘を言ってしまったら1人で突貫するアークがいるかもしれないという警戒心から正直に言っているんだと心の中で言い訳する。


「げ、幻夢の言う通りだ。敵にはこ、このことを隠し通すつ、つもりだ。」


 路月が観念したかのように負け惜しみに近い言葉を吐いた。

あの時の彼はノリノリで戦っているように見えたが、実際の彼は違うのだろうか。

結局彼があの時どう思っていたのかは路月しか知らない。


「そう。幻夢くん、とにかく無事でよかったわ。あなたの部屋で騒いでごめん――」


 癒月ははっとしたように辺りを見回すと申し訳なさそうに言いかけた時に路月が彼女の言葉を遮った。


「幻夢、迷惑をかけた。あと……あの時はありがとうな。」


 路月はそう言って背を向けるとそそくさと部屋を出ていく。

その彼の瞳にはどこか形容しがたい感情が混じっていたような目をしていた。

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