7話:Cure (治癒)

「幻夢くん……幻夢くん……。」


 朦朧もうろうとしていた意識が段々と戻ってくる。

体を動かそうとしても熱におかされたような感覚が襲いかかり、上手く体を動かすことが出来ない。


 今……僕はどこにいるのだろうか。

僕は目を開けると天井が視界に入ってくる。

おそらくベットの上か何かに仰向あおむけで寝ているのだ。


「幻夢くん、無事だったのね。」


 僕の横には癒月が椅子に座って僕を見ていた。眼鏡越しに彼女の瞳がボロボロになっている僕の姿を映し出している。

 どうやら僕は施設にある自分の部屋に戻って来たようだった。

おそらく路月が僕をここまで運んできてくれたのだろう。


「無事だ……。くっ…………。」


 意識を取り戻したと同時に痛覚も戻ってきたのか体に激痛が走る。

おそらく美火の“傲慢の炎”による火傷の痛みだろう。

 火傷は全身に占める火傷の面積の割合で生存率が変わるらしいが、正直言うと自身の火傷の面積の割合や火傷の具合などを把握していなかった。


「あんな火傷でも生きてるなんて奇跡以外何物でもないわね。」


 そう言いながら癒月は手馴れた手つきで僕の左腕の包帯を外していく。

そして彼女は僕の左腕に杖を当てて何か詠唱し始める。

 なんのつもりだと僕は警戒していたものの、彼女が必死に詠唱している姿を見ていると何も言えなくなっていた。


「鍵さんは……?朝火さんは……? 」


 詠唱が終わった癒月を見て僕は口を開く。

彼女の詠唱の力なのかそれとも彼女の武器の力なのか分からないが、段々火傷が癒えてくるのを感じた。


「2人とも大丈夫よ。貴方が1番酷かったから。

この“ラファエル”の力があったからこそ何とかなったけれども、もしなかったら貴方の命はなかったでしょうね。」


 そう言うと彼女は緑色の六角形の宝石がめ込まれている杖を握りしめた。


 ラファエル――

4大天使の1人であり、人々を癒す仕事が業務だったというのは覚えている。

 しかしその中でもウリエルと同じく戦いが好きで、悪魔に対して苛烈かれつな攻撃をしたという意外な点もある。僕が天使の中で1番好きな天使は誰だと言ったらラファエルと答えるくらい好きな天使だった。


「雅楽さん、まさか僕と路月さんが“アークゼノ”に初めて出会うとは思わなくて……。」


 僕はうつむきながら呟く。その話を聞いた時、彼女の濃い緑色の髪の毛がゆらりと揺れた。


「知ってるわよ。“アークゼノ”の1人と戦ったんでしょ? 」


 僕は頷くと彼女に“アークゼノ”との戦いの一部始終を話した。良くても悪くても情報は共有するに越したことはない。

彼女は真剣に話を聞いた後に一言ぽつりと呟いた。


「“アークゼノ”って何者なのかしら?私達と同じ人間なのかしら……? 」


 彼女にそう言われて僕も疑問に思ってきた。美火と出会って“アークゼノ”はもしかしたら僕達と同じ人間かもしれないという可能性が高まってきているのだ。

 しかしそんなことを確証できる証拠はない。結論づけるのは時期尚早じきそうしょうだろう。


「それは僕にも分からないですね。」


 僕は苦笑した。“アークゼノ”が生きていては僕達がいる世界が壊れてしまう。

相手が何者だとしても“アークゼノ”を全滅させなければ死に繋がることくらい分かっているはずだ。


『何かに選ばれた以上やらなければいけないことはまっとうしなければいけない。』


 父親から言われたことだが少し疑問に思っていたことだ。真面目すぎる人の話はよく分からない。


「そうよね。ごめんなさい、こんな話をして。」


 彼女は僕の顔を見て申し訳なさそうにつつむく。

しばらくの間、無言の時間が流れていたが、それを打破するかのように部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。


「幻夢、大丈夫か? 」


 入ってきたのは路月だった。

僕の状態を見て、この部屋で話した方がいいのかもしれないと判断したのかゆっくりと歩いて癒月の隣にあった椅子に座る。

彼の左腕には包帯が巻かれてよりミステリアスな雰囲気をかもし出していた。


「は、はい…大丈夫です。」


 僕はしどろもどろに答えると路月は笑顔で僕の頭を撫でる。彼は笑顔が下手なのか少し引きつっているように見えたが、それよりも頭を撫でられているという状況に意識が行っていた。


「幻夢がいなければ俺は助かっていないだろうな。君がいてくれてよかった。」


 僕はドキリとした。まさか彼から突然お礼を言われるとは思っていなかったのだ。しかしそのセリフは僕だって一緒だった。

路月といた事によって新たな事を知ったり、共に戦うなんてこともできたのだ。

そう思っていると癒月がぽつりと呟く。


「これがいわゆるってものね。いいじゃない。」


 そう言うと彼女はくすくすと笑い始める。それにつられて僕と路月も笑い始めて、周りには暖かい空気が流れていた。

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