21話:Past (過去)
「幻夢、どうしたんだ………。」
鉄秤は僕に近づくと必死に絞り出したかのような声を出した。
いつも余裕げな彼がこのような姿を見せるのは始めてではないだろうか。
そして彼は鼓舞するかのように拳を握ると癒月に向かって訊ねた。
「癒月、幻夢がこうなった原因を知らないか? 」
彼の声を聞いた癒月はビクリとした。その反動で彼女の眼鏡がズレてしまったが、そんなことは今の彼女の意識にはなかったようだ。
「原因不明よ。それが分からない以上、手の打ちようがないわ。」
癒月はいつにもなく真剣な顔をした鉄秤にハッキリと告げた。
彼女の言葉は嘘偽りがなく、緑色の鋭い眼差しが彼だけを見つめている。
すると突然彼は不服そうに指を彼女に突きつけて言い放った。
「だからって幻夢を見捨てるつもりか? 医療系の職業の人が見捨てるなんてオレには理解できないぞ。」
彼の一言で僕の心の奥底に溜まっていた思いが噴出する。僕はその思いを語るかのようにぽつりと呟いた。
「彼女の言う通りですよ。手の打ちようがないなら……どうにも出来ないじゃないですか。」
僕は禍々しく変貌した右腕を見つめながらベットから降りて立ち上がる。
ふと再びゼノ世界の僕が言っていた言葉が頭の中を巡っていく。
僕はどこも守れない。
僕は誰も守れない。
僕は何も守れない。
その考えが僕の頭の中をぐるぐると回っていた。
「幻夢、そんなことを言うのはお前らしくないな。少なくともオレの知っている幻夢じゃない。」
鉄秤は僕を諭すようにゆっくりと肩に火傷をしている手を置いて話を続ける。彼の黄色い瞳は僕を見通すような目をしているように感じた。
「普段のお前なら必死に考えて
過去を知られたくない気持ちとそれに触れようとする鉄秤に抵抗を感じた。
誰だって知られたくない過去はあるだろう。どうして彼はそれを掘り起こそうとするのか理解が出来なかった。
「何も無いに決まってるじゃないか! 」
いつもの僕なら彼に怒りをぶつけることは間違いだと立ち止まって冷静になれば分かることだった。しかし感情的になってしまった自分と抜き差しならなくなった状態がこのような行動を起こしているのだ。
僕は肩を置いている鉄秤の手を払った後に彼を突き放した。
すると彼はよろけると近くにあった壁に寄りかかる。そして少し痛そうな顔をしながら彼は壁に離れた。
「幻夢くん!その言い方はないでしょ! 彼は――」
癒月は“ラファエル”を握りしめながら僕に訴えかけたが、僕は遮るかのように怒りに任せて言い放つ。
彼の寄りかかった壁をちらりと見るとそこには彼がつけたであろう血の跡があった。
「うるさい! 何も無いと言ったら何も無いんだ! 黙っててくれ! 」
久々に怒ったような気がして頭がクラクラするのを感じる。しかし心の中ではまるで活火山のように感情が収まらずにいた。
「やれやれ、どうやら言う気はないようだな。幻夢、言わなくていいぞ。」
感情的になっている僕に対して鉄秤は呆れたような素振りを見せながら言うと、一瞬意味ありげな笑みを浮かべて言葉を付け加える。
「だが、今言っておけばよかったと後悔するなよ。」
ふと鉄秤を見た癒月はどこか納得しないような表情で彼に訊いた。
いつもの僕なら彼の意味深な発言は彼なりの意図があるように思い、その意図が何なのかを必死に考えていただろう。
しかし今の僕にはそんな意図を汲み取る気はなかった。
「御剣さん、一体あなたは何をするつもりなの? 」
いつもの鉄秤なら軽く返すはずが無言で僕を見つめている。
僕は彼から目を背けようとすると、火傷をしている腕を押さえながら顔を歪めながらもただ僕を見つめていた。
学校の三者面談のような気まずい空気が流れる中、ようやく鉄秤が口を開いた。
「ん? 幻夢を説教するくらいだ。ちょっと席を外すことはできないか? 」
「わ、わかったわ。」
彼女は鉄秤に頷くとそそくさと部屋を出ていった。
鉄秤はそれを見送った後に僕のいるベットに足を組んで座る。
どうやら足も怪我をしているらしく、彼の血がベットを汚していたが、彼はそんなことなど気にも留めていないようだ。
また先程と同じように諭すように言ってくるかと思いきや、彼は何も言わずに突然持っていた剣を引き抜くとすぐさま鞘に入れる動作を繰り返していた。
彼の剣のグリップの中央には黄色い六角形の宝石が施設の中にある蛍光灯の光を浴びて輝いていた。
「幻夢、お前大学生だったよな。何学部だったっけな。」
突然彼は動作を止めると質問を僕にぶつけた。それに対して僕は頑なに彼の質問に答えなかった。
彼も僕が神学部に入っていることはアーク全員で自己紹介している時に話しているはずだ。何故こんなことをわざわざ訊いたのか、この件との関係性があるのか全く理解が出来なかった。
そう思っていた時、彼の口から僕が予想だにしなかった言葉が飛び出した。
「幻夢は神学部だったよな。それも……亡くなった妹のために入ったんだろ。」
彼はそう言うと長い金色の髪の毛を結んでいたものを解いて手で
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