18話:Lust (色欲)

僕は癒月のよく分からない力に感謝しながら息を整える。

もう1人の僕とか何とか知らないがとにかく相手を倒してしまいたい気分になっていた。

僕はマントを留めている宝石を握りながら叫んだ。


「トランスフォーム! 」


その声と同時に謎の光が僕を包む。

最初は戸惑っていたもののこの状況に慣れ始めている自分に違和感を覚えたが、そんなことは考えている余裕はないと頭を横に振って忘れようとする。


「行くぞ!“雷霆サンダーストーム”! 」


僕は水色のバトルアーマーに身を包み、ゼノ世界の僕に向かって雷を放つ。


「か、かっこいい……。」


僕の後ろで聖が羨望せんぼうの眼差しで僕を見つめている。ヒーローなりの優越感に浸りそうになったがそんな余裕は一瞬で消し飛んだ。


「甘いですね。“星屑スターダスト”。」


ゼノ世界の僕は雷を避けると星型の弾幕のようなものを放ってくる。

その弾幕はキラキラと輝いてオーナメントのように見えて殺意をもって向かってくるように感じられなかった。


「うぐっ! 」


そんなことを考えていると弾幕攻撃が直撃して思わずひざまづいてしまう。


「まだまだ行きますよ。“彗星コメット”! 」


そんな僕に一息もつかせる間もなく、数本の星型の矢のようなものが僕を目掛けて襲いかかってきた。

それに対して僕はローリングで簡単に避けていく。

しかしこれが避けれたとしても弾幕が避けられなければゼノ世界の僕は倒せないだろうと思いながらも立ち上がった。


「ふぅ……なかなかやるようですね。もう1人の僕は。」


ゼノ世界の僕はそう言いながら僕からの距離を詰めてレイピアで突きにかかった。それに対して僕は“ラミエル”で彼の攻撃を弾き返すと、ここがチャンスだと思いながら叫んだ。


「“雷霆サンダーストーム”! 」


至近距離の雷鳴と雷光によって一瞬鼓膜が破れるような感覚と目が見えなくなる状況が同時に襲いかかってくる。

しかし変身状態によって身体を保護されているのか分からないが視力と聴力が回復した。


「くそ……そう来るかと思わなかった!くそっ! 」


ゼノ世界の僕は雷で負傷しながらもレイピアで僕の胴を狙って突き刺そうとする。

僕は何とか彼の攻撃に着いていくように再び“ラミエル”で攻撃を弾き返すと、彼の胴を目掛けて突き刺した。赤い血液が彼の胴から吹き出してくる。


「幻夢くん!前! 」


癒月の叫び声で僕がハッとした時には時すでに遅く、ゼノ世界の僕のレイピアが僕の右肩を貫通していた。自分の赤い血液と彼の赤い血液が床に落ちて混じる。


彼は胴の傷をものともしないのか、水色の髪の毛を手でなびかせた後に弓を天井に掲げて叫んだ。


「トランスフォーム! 」


その声に反応するかのように黒い光が彼の体を包みこんで姿が見えなくなった。

薄々相手が変身してくるとは分かっていたものの、改めてこの状況を突きつけられると絶望感が襲ってくる。


「“癒す者”。幻夢くん、負けないで。」


後ろにいる癒月が詠唱すると同時に僕の肩の傷が癒えてくる。

詠唱と共に励ましの言葉をくれるのは嬉しいが、僕としては彼女も前線で戦ってくれと心の中で思ってしまう。

しかし文句は言ってられないと思いながら僕は勇気を奮い立たせる。


「君は僕に一生勝てないよ。」


黒い光が消えると同時に彼が意味深な言葉を吐く。そしてさそりをモチーフにしたようなバトルアーマーを身にまとったもう1人の僕の姿が顕になった。


「それはどうでしょうか。」


相手の挑発に乗ってしまうなんて今までなかったが、相手を倒してしまいたい気分がそんな事を忘れさせていた。


「さて本気を出しますよ。“色欲しきよくの無意識”。」


もう1人の僕の声によって突然僕の頭の中が真っ白になっていく。

そして僕の体は癒月と聖の方に歩みを進めると“ラミエル”を癒月に突き付ける。

一体どういうことなんだと訴えるがこの状況は何一つ好転しなかった。

どうやら意識はしっかりしているものの、体が言うことを聞かないのだ。


色欲しきよく――

7つの大罪の色欲はアスモデウスと言うことは覚えている。しかし昔、智天使ちてんしだったという記述があったとしか僕の知識がなかった。


「幻夢くん!しっかりしてよ!もう1人の幻夢くんに操られてるの?ねぇ! 」


僕の“ラミエル”の攻撃を“ラファエル”でいなしながら癒月が訴えかける。

しかし僕の体は全く言うことを聞かずに癒月を攻撃し続けていく。


「うっ……! 」


僕の“ラミエル”の突きが彼女の左腕を貫いた。それと同時に心の奥底から罪悪感が一気に押し寄せてくる。


「幻夢くん……目を覚まして……。あなたがやらなければ誰がやるのよ……。」


彼女の腕から大量の血液が流れてくる。それと同時に彼女を傷つけたという罪悪感が支配されていた体をつき動かした。


「くそーーーーっ! 」


僕はゼノ世界の僕を睨むと、怒りをぶつけるように叫んだ。

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