14話:Readiness (覚悟)

「少々不味いことになったな……。」


鉄秤は少年をちらりと見ながらぽつりと呟いた。

彼の言葉で“アークゼノ”が少年のような一般人を襲う所まで来ていていることの深刻さが僕にも伝わってくる。

 それと同時に相手がそうであればこちらも何かしらの手を下さなければならないだろうという気持ちが沸き起こった。


 しかしこの手を下すには何かがいる。

それを突き止めていくと今まではふわふわしていたものが一気に固まっていくのを感じると、僕には足りない何かが見えるような気がした。


 僕に足りないもの……そう、覚悟だ。

アークゼノが一般人を傷つけるならば僕はアークゼノを迎え撃つしかない。

アークゼノがもう何者だとか考えている暇は無いのだ。どちらにせよアークゼノを全員倒さなければマノ世界は救えない。

 1番犠牲にしなければいけないのは相手に対する情けや甘さだと心に言い聞かせる。


「お、お前らは誰なんだ! 」


 僕は突然の叫び声でハッとすると同時に意識が外へと引き離される。

誰の叫び声かと思いながら声のする方を向くと、野球少年が困惑したような表情で僕と鉄秤を交互に見ていた。


「お前、ちょっとは落ち着いてくれ。

オレは御剣鉄秤で隣にいるやつは雷電幻夢だ。お前の名前は? 」


 鉄秤は少年を大人しくさせようとなだめながら質問をする。少年の赤い目は不機嫌そうに彼を見つめていた。


「お前が名前を先に言っても無駄なんだからな! 俺は言わないぞ! 」


 少年は憤慨すると僕と鉄秤にそっぽを向いた。

高校生特有の反抗期なのかもしれないと一瞬思いもよらぬことを考えていたが、今の状況で相手も信用出来ないと判断して個人情報を教えるのは危険だと思ったのだろう。

 彼にはまだ僕達がアークであるということを信じていないのは頭に入れておかなければならないと心に言い聞かせる。


「はぁ、とりあえずお前はなぜアークゼノなんかに襲われたんだ。一般人なら普通襲われないはずだぞ。」


 鉄秤は面倒くさそうにため息をつくと彼の肩に手を置いて訊ねた。

少年は鉄秤の行動にびっくりするとムッとした顔で彼の手を邪魔だというようにはらう。


「お前には関係ないだろ! 」


 そう叫ぶと唖然あぜんとしている鉄秤を無視してそっぽを向いた。もうここまでなってしまったら何を言っても無駄だろう。

険悪な雰囲気も流れ始めて諦めた方がいいと思った時、タイミングよく扉が開いて詩音が満足げな顔で入ってきた。


「みんな、ご飯だ……って御剣も幻夢もどうしたんだ?って――――」


 詩音も僕達の険悪なムードを察したかのように恐る恐る声をかけようとしたが、少年を見て彼女の顔が一気に信じられないような顔になるとそのまま固まってしまう。

そして少し無言の時間が経ってから詩音ではなくその声を聞いた少年は振り向くと口を開いた。


「姉さん……姉さんじゃないか! 」


 そして少年は詩音に駆け寄る。確かに詩音は野球でエースやってる弟がいることを前に彼女から聞いていたはずだ。

なのにどうして僕は思い出せなかったのだろうか。

僕はもし知っていればもう少し円滑になっていたはずだろうにと後悔した。


「詩音に弟がいたのかよ……。」


 鉄秤が驚きと少し引いているような顔で詩音と少年を見ている。我が強くて一匹狼なところを見ていると一人っ子で育っているイメージが強いのだが、僕はそのイメージが着く前に弟がいるということを明かされたので衝撃は薄かった。

僕は他の人もおそらく鉄秤と同じように驚くかもしれないと思いながら心の中で笑っていた。


「ん?弟がいて何が悪いか?

ほら、あきら。挨拶しろ。」


 詩音はそう言いながら少年に促す。改めて少年の顔を見ると詩音には似てないと感じる。しかし高校球児らしいどこか爽やかさを感じる顔つきだった。


「はいっ!御剣鉄秤さん、先程は本当に申し訳ありません。

俺は朝火聖あさひ あきらと言います。姉さんと同じく、よろしくお願いします。」


 そういうと聖は帽子を外して深く礼をすると、彼の紅色べにいろのスポーツ刈りの髪の毛が顕になる。

それと同時にどこかからお腹が鳴るような音が聞こえた。


「オレは鉄秤でいいぞ。フルネームで呼ばなくていい。

しかし……お前も詩音に似て頑固だし真面目だな。これじゃあ詩音が2人いるみたいだ。」


 鉄秤はそう言いながらニヤリと笑うと聖に頭をあげるように促した。

鉄秤が話しかけたにも関わらず、何も情報を上げずに頑なになっていたところを彼は頑固と捉えたのだろう。

 それに比べて詩音は頑固だったような言動はあったかはっきりと覚えてはいない。

すると聖が突然真顔になると口を開いた。


「鉄秤さん、じゃあさっき聞いてきた質問に対して答えますね。実は――」


 聖がそう言いかけた時、何故か詩音が制止する。それと同時に僕はなぜだと思いながら彼女の顔を見上げた。すると詩音はその回答のように僕達にぽつりと呟く。


「とりあえずこの話はご飯を食べながらにしよう。こんな時間だしみんなお腹空いただろ?」


 その声に反応するかのように再びお腹が鳴る。一体誰が鳴らしているのかと辺りを見回す。

すると鳴っているのが自分だと気づき、恥ずかしくなってうつむいた。


「そうだな。幻夢がお腹を鳴らしているし食べながら話すか。」


 僕は鉄秤の弄りを受けてもっと恥ずかしくなった。


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