13話:Boy (少年)

 僕は渋々詩音達のいる部屋へのドアへと戻った。

廊下は凍えるように寒く、このままでは低体温症になりかねないだろうと体が警告を発している。このままではまずいと思いながら、僕はかじかんだ手でドアノブを回した。


「路月。それはまずいぞ。」


 すると突然、鉄秤の動揺したような声が聞こえる。

僕が扉を開くと男の子を抱えた路月とそれを見ている鉄秤が向かい合わせになって立っていた。

ふと一瞬水羽と詩音はどこへ行ったのだろうかと疑問に思ったが、それよりも男の子が誰なのかという興味の方が強かった。


「鉄秤さん、どうしたんですか? 」


 僕は動揺と困惑を胸に秘めながら鉄秤に訊ねる。しかし路月が無言で彼を制止すると、僕に話し始めた。


「幻夢、古蛇七海と言うやつを知っているか? 」


 確か前に友絵と共闘して彼女を撤退させた記憶がある。彼女は“嫉妬の蛇”という技を使っていたはずだ。そこははっきりと覚えている。


「はい。ところで“嫉妬の蛇”に彼はやられたんですか? 」


 僕は少年をちらりと見ながら僕は訊ねる。少年は白に赤いラインが入った野球のユニフォームを着て真っ赤な野球帽を被っていた。

どう見ても野球少年のように見えたと同時に少し嫌な予感が僕の頭をよぎる。


「そうだな。俺が何とか助けようとした時にはもう彼はボロボロになっていた。」


 路月は首を横に振った後にぽつりと呟く。彼の長い前髪が動きに合わせて揺れる。しかし彼をじっと見ても隠れている右目は見えなかった。


「なるほど。まさかアークゼノが一般人を襲うなんて有り得ないな。何か裏があるとしか思えない。」


 鉄秤はそう言いながら腕を組んで考え込むような仕草をする。

彼の言うとおり何故アークでもない彼を襲ったのか理由が分からないのだ。


「これじゃあ彼に話を聞かなきゃオレはわかんないな。とりあえず癒月を呼んでくるか。」


 鉄秤は腕組みをやめると、諦めたようにそう言って廊下への扉から出ていった。

そしてしばらくの間、路月と僕がいる空間で無言の時間が流れる。


「鍵さん、その少年をもう少しはっきりと見させてくれませんか? 」


 僕はそれを打破するかのように彼にお願いすると、彼は頷いてゆっくりと少年を下ろす。

そして彼は何故か真っ赤な野球帽を脱がせる。すると少年の紅色の綺麗なスポーツ刈りがはっきりと見えた。

 それを見て心拍数が一気に早まっていく。

この髪の毛の色に誰かで見たことのあるような謎の既視感きしかんがあったのだ。

しかし何故か考えていくうちにモヤモヤしたようなものが出てきて答えを遮っていく。


「幻夢、どうしたんだ? 」


 僕は夢から覚めたように路月の顔を見た。彼には相変わらずミステリアスな雰囲気を醸し出している。


「なんでもないです。」


 僕はそう答えるのが精一杯だった。すると突然彼が少年を回復体位にさせる。

すると18番の背番号がはっきりと見えた。


「そうか。1つ雑学だが野球って何故18番がエースナンバーって呼ばれているか知っているか?」


 彼はにこりと笑いながら僕に話しかけた。


 18……エース…………。

その言葉を聞いて僕の心臓はさらに早まって呼吸をするのもつらくなってくる。しかし何故か何度も情報を提示されても霧がかかったように答えが出てこない。

 それを彼には悟られまいと思いながら僕は知らないというように首を横に振った。


「実は歌舞伎の18おはこが派生して野球で1番秀でている選手が18番をつけたというのが1番有力な説だな。」


「そうなんですか。」


 彼はそう言いながら少年の体をじっと見ている。それに対して僕は少年の髪の毛の色の既視感きしかんの事で頭がいっぱいで浅い返ししか出来なかった。


『――今はエースになっているな。あいつが元気だといいが……。』


ふと僕の脳内に誰かの言葉が音声として蘇る。だがそれでも誰だったか思い出せないのだ。


「幻夢! 路月! 癒月を呼んできたぞ! 」


 僕が考えていたことを遮るかのように鉄秤が僕達に話しかけてきた。

彼の後ろには疲れ果てたような顔の癒月が立っている。

先程砂那とも戦って鉄秤も癒してかなり体力を消費していたのだろう。僕は少し不安になる。


「御剣さん、雅楽さんを少し休ませた方が―――」


 僕は壊れたドアをちらりと見ながら鉄秤に訴えかける。癒月をこれ以上酷使こくしすると気を失いかけない。

鉄秤が僕に何か言いかけた時、また遮るかのように癒月が話し始めた。


「幻夢くん、大丈夫よ。命に関わる傷なら癒さなければ行けないからね。」


 癒月は笑顔を僕に向けると少年に向けて“ラファエル”を当てて詠唱し始める。

あの時の彼女の笑顔は引きっている。彼女の不自然な笑顔は僕の不安をさらに膨らませていった。

しかし僕が彼女に代わることは出来ないのだ。僕は唇を噛んで彼女を見守ることしか出来なかった。


「こ、これで大丈夫なはずよ……。」


 しばらくして癒月が真っ青な顔をして少年の治療を終えた時、突然彼女がふらりと倒れた。

しかし近くにいた路月が咄嗟とっさに癒月を支える。


「おっと、危ないな。御剣、幻夢、あとは頼んだぞ。」


 路月はそう言うと癒月を背負って部屋を出ていった。

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