12話:Medical (治療)

 僕はその姿を見て唖然あぜんとした。

彼の頬や服には血がにじみ、白いシャツやズボンには切り裂いたような跡があった。

彼の見たことの無い姿に僕は大丈夫なのだろうかと心配になる。


「御剣さん……。あっ…………。」


 鉄秤の声が聞こえたのかすぐさま癒月が飛ぶように走ってきたが鉄秤の姿を見てあの時の僕と同様に驚くと、彼女のメガネが少しズレる。


「癒月、オレは大丈夫だ。まぁ化け物の猛攻がかなり激しくて怪我したけどな。」


 そう言って彼はヘラヘラと笑い始める。見た感じどうやら彼は元気そうに見えて自分が心配したのが余計だったと思った。

隣にいる水羽も詩音も彼の姿に安堵したような表情を浮かべる。

それに対して癒月は何を思ったのか鉄秤に近づくと彼の右腕を引っ張った。


「いてっ!癒月、これくらいの怪我は大丈夫だから! 」


 鉄秤が慌てたような顔で癒月に言いかけたが、彼女はそれをバッサリと切り捨てる。


「ダメ。未知の化け物が訳分からないウイルスを持ってる可能性があるのよ。放置して化膿かのうしてしまったら終わりだわ。」


 そう言って癒月は彼の傷ついている右腕に“ラファエル”を当てて詠唱し始める。

するとその姿を見た詩音が何故か僕に向かって話しかけてきた。


「幻夢、雅楽さんの職業はなんだろうな。何故あの時はわざわざ医療系の仕事と誤魔化すのかあたしとしては納得いかないな。」


 確かにそこは疑問に思っていた。彼女の職業は確かに医療系とは言っていたのは僕でも覚えている。

彼女の本当の仕事はなんだろうか。


「あ、あの……ちょっとすみません。わたし……実は雅楽さんにその事を聞いたことがあるんです。」


 それを聞いた水羽が割り込むように話しに入ってくる。彼女の青い目は少し動揺しているような感情が入り交じっていた。


「そうか。ところでなんの職業なんだい? 」


 詩音がそう言った時、水羽は何故か小声になって僕と詩音にぽつりと呟いた。

緊張するような空気が周りから一気に入り、息が詰まりそうな雰囲気へと変貌へんぼうげる。


「実は雅楽さん……医者なんです。彼女が言うにはあまり医者と言って周りを驚かせたくないって言ってたの。」


 僕は改めて最初に出会った時の予感が正しかった事に心の中で驚いてしまう。

ふと鉄秤をちらりと見るとまだ癒月の治療が続いていた。

先程と比べて彼の傷がかなり癒えている事が少し遠くても見える。


「そうか。」


 詩音は頷くと天井を見上げる。

確かに癒月はどこか目立ちたくない言動が目立っていたのは薄々気づいていた。おそらく彼女が医療系の仕事と誤魔化したのもその気持ちがあっての事だろう。

しかし目立ちたくないという彼女の気持ちとは別に何かしらの感情があるような感じがした。


「さてと治療終わり。私はちょっと休んでくるわ。」


 癒月はそう言いながら廊下の扉を開けてこの部屋を出ようとしていた。

この違和感はもう今聞くことしか出来ないだろう。

僕はそう思いながらみんなを置いて癒月を追いかけた。



「雅楽さん! 」


僕は廊下を歩いている癒月に声をかける。僕の声が冷たい廊下の壁を反射して響いていた。

ふと外を見るとどんよりとした空がどこまでも続いている。そういえばイレギュラーが起きてからろくに太陽を見たことがないような気がする。

これもイレギュラーの影響なのだろうか。


「何?幻夢くん。」


 彼女は僕の声に反応して振り向く。それと同時に彼女の濃いボブの髪の毛が揺れていた。


「雅楽さん、何故あなたは医者というのを何故誤魔化したんですか。」


 僕は癒月に対して単刀直入に聞いた。

すると彼女はため息をつくとぽつりぽつりと話し始める。その声は少し自分の立場を分かりきっているような雰囲気を醸し出していた。


「幻夢くん、医者という職業はどんな職業か分かってるかしら? 」


 彼女はそう言うと腕を組んで僕の回答を待っていた。

確か医者は病気の治療や診察を行う職業である。エリートながらも人の命を救うみんなの憧れのような存在だ。

 僕の大学にも医学部は存在していたが、みんな頭が良くて近づきがたい雰囲気を放っていたことをはっきりと覚えている。


「医者ってエリートでみんなが憧れる職業ですよね。そして表に立って――」


 そう言いかけた時、癒月は僕の言葉を遮った。


「違う。医者ってのは結構裏方の職業なのよ。結局医者が治療したってその人の心構えが甘かったりすると悪化するからね。

結局は治療を受けた人のサポートをするのが医者の仕事なの。」


 彼女はそう言った後に濃い緑色の髪の毛を指で揺らしながら話を続けた。


「だから私はアークになった時に影の英雄ヒーローになろうって思ったの。目立たないけど表を支えるために必要な人。かっこいいでしょ? 」


 癒月はそう言うとにこりと笑った。確かに彼女にはその仕事が似合っているしそんなことを言う彼女がとてもかっこよく見える。

そして彼女は呆然としている僕から背を向けて軽やかに去っていった。

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