7話:Annoyance (迷惑)

「ふぅ…………。」


癒月はため息をつくと気を失っている詩音に“ラファエル”を向けて何かを唱え始める。

それを僕と水羽は紅茶を飲みながら見ることしか出来なかった。

 ただ平坦へいたん空虚くうきょな時間が過ぎていく。

癒月の詠唱が部屋に響いていたが、状況が変わるのは突然だった。


「うぐっ……! 」


詩音が突然意識を取り戻したのだ。

彼女は顔をしかめた後に目を開ける。彼女の赤い瞳には余裕がなさそうに見えた。


「良かったわ。」


 僕の隣にいた水羽が安堵あんどしたように胸に手を当てながら言う。僕も彼女が無事で良かったと思いながら紅茶を口に含んだ。


「詩音さん、大丈夫ですか? 」


 意識を取り戻した詩音に癒月は声をかける。それに対して詩音は頷いた後に立ち上がると、よろよろと外への扉へ向かった。


「そんな心配はしなくていいぞ。あたしは1人でも大丈夫だからな。」


 彼女はそう言いながら外への扉を開けようとした時、癒月が体を張って彼女を止める。

よりによって癒月が止めるとは思わず僕はびっくりした。


「雅楽さん、あたしは1人でもいい。あたしは1人でいる方が楽だからな。それと――」


 彼女は紅色の髪の毛をなびかせながら話を続ける。

1人でもいいとはどういうことなのだろうか。最初に仲間として情報共有を求めたはずなのに行動がこれとはあまりにも支離滅裂しりめつれつではないかと思ってしまう。


「――そして“アーク”は少数だから精鋭せいえいでないとな。個々が活躍すればチームは安泰あんたいだ。野球も同じことが言えるからな。」


 一匹狼の特徴といえば真面目・完璧主義・頑固などが思い浮かぶ。まさに彼女は典型的てんけいてきな一匹狼では無いかと改めて再確認する。

 それゆえに、自分1人でやらなければならないという意識に囚われているのだろう。そんなことをしたらいつか彼女は潰れるのは目に見えている。


 僕は野球のルールなどはあまり知らない。

しかしそんなチームなんかが絶対安泰あんたいなはずがないというのははっきりとしていた。


「いや、朝火さん。野球はチームスポーツというのは知っていますよね? 」


 僕は彼女の言葉に対して自分の意見を述べた。彼女がうなづくと僕は話を進める。

彼女の弟は野球でエースをしているということは知っていた。弟も彼女と似たような性格なのだろうかと少し心配になる。


「野球で例えますが、エースがいくら優秀でも仲間チームが援護しなければ試合に勝てないですよね。それはこちらにも当てはまりませんか? 」


 僕は彼女の言ったことに対して論破して最後に話をまとめる。彼女はまさか僕に論破されるとは思っていなかったようだ。

水羽と癒月は野球についてあまり詳しくないのか蚊帳かやの外のような雰囲気になっていた。


「確かに少数精鋭しょうすうせいえいもいいかもしれませんが、それよりも仲間が手を取りあって協力しなければダメだって僕は何度も戦って分かりました。」


 僕はにこりと笑うと彼女の反論が飛んできたかと思えば、癒月の方を向いて話しかける。


「そうか。でも癒月、あたし1人で行かせてくれ。あたしは誰にも心配はかけないし……迷惑もかけないから。」


ちょっと待て、まさか僕の話を聞いてなかったのだろうか。彼女がそう言った途端、癒月から詩音に向かったビンタが飛んできた。


「いい加減にして。」


 詩音はびっくりしたような顔でビンタをされた頬を押さえながら癒月を睨んでいる。

僕は隣を見るとどうやら水羽もそうなるとは予想していなかったのか、右手で口をおさえて驚いていた。


「あなたは私だけじゃなくて水羽さんも幻夢くんまでも心配させたのよ。そして幻夢くんから事情を聞いたらあなたは幻夢くんに迷惑をかけてるじゃない。」


 癒月は詩音に向かって指を突きつけながら弾丸のように言葉を飛ばす。癒月がつけているのメガネがズレて落ちかけているが、彼女はそんなことなど気にもとめていないようだった。


「で、でも――」


 詩音が弁解しようとした時、癒月の彼女に対する口調がさらに激しくなった。

その時、癒月のメガネが音を立てて落ちる。僕は彼女のメガネが割れていないか少し心配になったが、直ぐに彼女と詩音に視線を戻す。


「それで少数精鋭しょうすうせいえい

笑わせないで欲しいわ。アーク複数人で協力して戦わないとアークゼノは倒せないって幻夢くんを何度も見てたらわかるでしょ。」


 彼女がそう言った後に少しの間だけ無言の時間が流れる。僕は癒月に言い過ぎではないかと警告をしたかったがこれくらい言わなければ効かないような気もしなくはなかった。


「ふん、作戦があれば1人でも倒せるはずだ。それを複数人で戦わなければ倒せないというのはおかしいんじゃないか? 」


 詩音は意外にも冷静にぽつりと呟く。彼女は量よりも質の方を大切にする方だというのがはっきりとわかった。あまり彼女としては非効率なことはやりたくないのだろう。


「そう、元から考え方が違うのね。でもいつかその考えが間違ってるってのが分かるはずだわ。」


 そう言うと癒月はにこりともせずにメガネを拾う。

少し気まずいような時間が流れたその刹那、突然扉が壊れる音が聞こえた。


「アークゼノか? 」


詩音は壊れた扉を睨みながらぽつりと呟いた。

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