6話:Tea (紅茶)

 鉄秤が去った後、僕は意識が戻らない詩音をただ見ていた。

しかし未だに彼女の意識が戻る気配はない。

鉄秤は癒月を探しに行ったがいつ帰ってくるのか不安で仕方がなかった。


 頭が混乱してきたので再び状況を整理してみる。

詩音は天魔と戦っている途中で意識を失った。おそらく彼女の力が天魔の力の負荷に耐えきれなくなったのだろう。

もしそうだとしたら――――


「雷電さん!雷電さん! 」


 僕は肩を叩かれて夢から覚めたようにハッとすると同時に後ろを振り向く。

そこには困惑したような顔の水羽が立っていた。


「水羽…………。」


 僕は乾いた唇で彼女の名前を呟く。

彼女の青色の髪の毛が首を傾げた時にゆらりと動いた。彼女の白いリボンも髪の毛と連動して動いている。


「雷電さん、後ろで倒れているのは朝火さんですよね? 」


 水羽は震えたような声で僕に話しかけると、恐る恐る詩音に近づいて彼女の状態を確認する。

彼女はもしかして僕を疑っているのだろうかと不安になった。


「え、えっと!僕が彼女を気絶させた訳じゃ……。」


 僕は必死に弁解しようとした時、彼女は僕の方を振り向いた。彼女の青い目が刺すように僕を見つめている。


「分かっています。雷電くんがそんなことをするはずがないですもんね。

それよりも彼女は何故こんなことになったのでしょうか? 」


 それから僕は彼女にゆっくりと状況を説明していくと段々と彼女の顔が真顔になっていく。

そして話が終わると彼女は口を開いた。


「本当に朝火さんらしいです。彼女はわたしたちを信用してないのかな……。」


 僕は彼女の言葉にすぐさま反論する。僕にはそれは違うと明らかに分かるのだ。

信用していなければあのときは何故僕を険悪な顔でフライパンで叩いたのか分からなくなる。


「あの人は他人を信用してるよ。もしそうなら彼女は僕が怪我をしていた時に外に出たことに対してフライパンで頭を殴るほど怒らないはずだよ。」


 僕は笑顔で彼女に言葉を返すと彼女から思わぬ反論が飛んできた。

あの時は正直言うと意識が飛ぶほど痛かったことを思い出す。あれは一匹狼ゆえの不器用さなのかもしれない。


「じゃあどうして彼女は雷電さんと共闘しなかったの?やっぱり信用してないとしか……。」


 そこには正直疑問に思っていた。

再び詩音が天魔と戦っていた時のこと思い出してみる。そこに何かしらのヒントが隠されているような気がしてならなかったのだ。


『ダメだ。ここはあたしがやる。』


 彼女が一匹狼というには何故共闘しなかったのかという理由が薄すぎるような気がする。

その理由がなんなのかははっきりと分かっていないが、おそらく何かしらの理由があっての事だろう。

僕が水羽に向かって口を開こうとした時、ドアが開いて誰かが僕達のいる所へ入ってきた。



「幻夢くんも水羽さんもそこにいたのね。倒れてるのは……詩音さん? 」


 癒月が疲弊したような顔で僕達に話しかけてくる。彼女ならば詩音の意識を取り戻してくれるだろうと思いながら答えた。


「はい、実は――」


 僕は手短に彼女が意識を失った理由を話す。

時々彼女のメガネがズレたのが指でブリッジを押し上げているのが一瞬気になってしまっていた。

そして話が終わると癒月はぽつりと話し始める。


「そう。本当に迷惑な人ね。さてと……ひと仕事しなきゃ。

水羽さん、私と幻夢くんに紅茶かコーヒーを入れてくれない? 」


 癒月はその後に軽くため息をつくと水羽に頼み事をする。それを聞いた彼女は頷くと調理室へと消えていった。

癒月は“ラファエル”を握ると意識を失っている詩音に近づいて何かを詠唱し始める。

 それを見ながら僕は近況をゆっくりと整理をする。しかし頭がくらくらしているような感覚を覚え、思考がまとまらなくなっていた。


「紅茶持ってきましたよ。」


 僕はハッとして彼女の顔を見る。

彼女の華奢きゃしゃな手はティーポットと人数分のマグカップが入ったトレイを持っていた。マグカップを仔細しさいに見てみると、装飾もかなりしっかりしていて高そうに感じる。


「幻夢くん、水羽さん。紅茶を飲みましょう。」


 癒月はにこやかに僕達にお茶を勧める。しかし僕は紅茶など飲んだことがなく、どこか遠慮してしまう。すると癒月がニコリと笑って口を開いた。


「幻夢くん、飲まないの? 気が張りつめてばかりいては精神的に参るわ。リラックスしましょう。」


 彼女にそう言われると断りきれなくなり、僕は頷くと癒月が紅茶の入ったマグカップを渡してくれた。

部屋に紅茶のいい香りが立ち込める。


「この紅茶はおそらくアールグレイね。飲みやすいしいいじゃないかしら。」


 癒月が紅茶の匂いに対してぽつりと呟く。

アールグレイ……悪くない名前だ。

僕はその香りを楽しみながら口に含む。

 アールグレイの紅茶の味は悪くなく、心のどこかが落ち着くような気がした。

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