4話:Wrath (憤怒)

 謎の光が段々と粒になって消えていく。

すると真紅のバトルアーマーに身を包んだ詩音の姿がだんだんとあらわになった。

僕には彼女の姿がまるで国の平和を守る聖騎士パラディンのように見える。


「変身したんやな。勝てなくなったから変身に逃げたんか? 」


 その姿を見た天魔は詩音をあおったが、彼女は鼻で笑っていた。

彼女の白い腰布こしぬのを止めている六角形の赤い宝石が太陽の日を浴びてきらりと輝いている。


「それならキミも変身したらどうなんだ?こうやってあたしと戦ってる時点でキミは“アークゼノ”だと言うのは分かっているんだぞ! 」


 詩音は余裕そうな顔で天魔を見ている。

それに対して僕はヒヤヒヤしていた。

僕の出会ったことの無い7つの大罪の悪魔と言えば、残りはサタンとベルゼブブとアスモデウスしかいないのだ。


 アスモデウスはまだしもサタンとベルゼブブと言えば最強格の悪魔だと言うのは知っていた。今のような生半可なまはんかでは太刀打ちできないだろう。

2人ならまだしも1人では到底勝てる相手ではない。元々から2人で戦っているのに1人で戦おうなんて無理にも程があるだろう。


「ふん、めくったな。しかしその余裕がいつまで持つやら見どころやなぁ? 」


 天魔はすんなりと白状しながら近づきがたいオーラを放ち始めた。

そして彼が光を手から出そうとした時、詩音は何故かニヤリと笑った。


「あたしにそれは効かないぞ! 」


 その刹那、天魔は攻撃をキャンセルすると、突然大剣にすがりながらひざまいた。

それに対して彼女はただ微動だにせず、手のひらを天魔に向けてぽつりと彼に話しかける。


「キミは悪魔の力を使おうとしただろ。あたしにはお見通しだ。」


 詩音は彼に手を向けながら言っていると、何故か天魔はニヤニヤと笑い始める。その彼の姿に僕は何かしらの恐怖を感じた。謎の恐怖に僕の体はすくみそうになるが、その原因は全く分からない。


「なるほど。ワイの“憤怒の光”を中断させるとはな。なかなかやるやないか。」


 その言葉で僕は体がゆっくりと固まるような感覚を覚えた。

彼はこれから言うことを予測しながらほくそ微笑んでいたのだ。

ゆっくりと自分の体が固まっていくのを感じる。さっき感じた謎の恐怖はおそらくこれだったのだ。


 憤怒ふんど――

7つの大罪の憤怒と言えば言わずと知れた最強の悪魔であるサタンなのは誰でも周知の事実だろう。

 一説によればサタンとルシファーは同一人物扱いされたりサタンは別個扱いされていたりするが、正直言うとそこは僕にも分からない。


 それよりも彼女が危ない。

僕は天魔の背後に回って“ラミエル”を突きつける。すると彼は剣にすがって立ち上がると同時に、後ろを振り向かずに言い放った。


「後ろから狙うとは……キサマ、イカサマは許せへんで?そんな奴には少しヤキを入れなあかんみたいやな。」


 天魔は咄嗟とっさに振り返ると僕に向かって蹴りを入れた。

しかし僕は回転して避けると彼に再び“ラミエル”を向ける。

しばらくの間膠着こうちゃく状態になった。

 僕はふと天魔の顔を見る。

すると顔立ちがかなり鉄秤に似ているような気がした。彼の黄色の瞳のせいもあるかもしれないが、こんなにも似るだろうか。


「幻夢!キミはどうして――」


 彼女は僕がいた事に驚いたような顔で天魔に手のひらを向けていた。

そんなことを言っている余裕はない。

僕は彼女の言葉をかき消すように言った。


「朝火さん、僕と共闘しましょう。朝火さん1人じゃ彼を倒せないですよ。」


 今の状況では天魔を倒すなんて無理だろう。しかし僕と共闘することが唯一の勝ち筋のような気がしていた。


「ダメだ。ここはあたしがやる。」


 彼女は頑なに僕の意見に反対する。彼女が心做しに手のひらを向けながら少し苦しそうな顔をしているのは気のせいには感じられなかった。

しかし彼女の天魔をにらんでいる姿でこれ以上僕は反論できなくなる。


「早く逃げろ……。幻夢……あたしが……。」


 彼女は途切れ途切れにそう言うと突然彼女が倒れてしまい、それと同時に彼女の変身が解ける。

天魔はおそらく常に悪魔の力を発動させていたのだろう。そしてその力の負荷に耐えきれずに彼女は倒れてしまったのだ。

 僕は再び“ラミエル”を天魔に向けると彼は僕を睥睨へいげいしながら言った。


「ふん、キサマがあの美火の言っていた幻夢というやつか。しかしキサマのような青二才あおにさいとは相手しとうないわ。」


 僕は彼の言葉を聞いて気分を害していた。

馬鹿にされて相手にされないほど虚しいものはない。しかし美火との情報が回っていたことに少し嬉しさと恐ろしさを感じていた。

彼は僕に視線を向けたまま話を続ける。


「こいつを持って飛べ。ワイの片割れを連れてきたら相手したるわ。」


 片割れ……?飛べ……?

飛ぶは逃げるというのは前に詩音が訳していたが、片割れとはなんの事だろうか。

そう考えている間に天魔の姿は消えていた。


 まだまだ彼に聞きたいことが山ほどあったが、彼がいなくなってはどうしようもないと心に言い聞かせる。

そして僕は彼女の様子を見て顔が青ざめた。

彼女の意識がないのだ。何度揺すっても彼女はピクリとも動かない。

 僕はこの状態では何も出来ないと諦めて、詩音を背負うといつもの場所へと戻った。

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