2話:Evidence (証拠)

 扉を開けるとそこには誰もいなかった。

彼女達がいないという恐怖が足下から這い上がるように襲いかかってくる。

 もしかしたら近くの部屋に彼女達がいるのかもしれない。

そう思うと不安が一気に引いていく。

僕は近くの扉を片っ端からノックしようとしたその時、近くから叫び声が聞こえた。


「なによ!」


 この声はおそらく書佳だろう。何が起こっているのかさっぱり分からないが、聞いていけばわかると思いながら耳をそばだてた。


「キミは本当の秘田書佳じゃない。キミは誰なんだ? 」


 この声はおそらく詩音だろう。しかしこの声を聞いて僕は怪訝けげんに思った。

なぜ詩音は彼女を疑っているのだろうか。


「誰って……私のことを疑うつもりなの? 」


 書佳の声が段々と怯えたようになってくる。確かに僕も彼女がおかしいのは分かっていたがまさか詩音が彼女を疑うということをするとは思わなかった。

僕は耳を扉へと当てる。


「あぁ、疑うさ。まずキミは自身の立場をわかってない。本物ならあたしが胸倉掴んだりした時点で防衛大臣か総理大臣に訴えるとおどしていたはずだ。」


 詩音はゆっくりと書佳に説明し始めた。

しかし書佳はかなり偉い人なのだろうか。

 確か彼女は天文学のスペシャリストだと言っていたが、御剣鉄秤と違って週刊誌や雑誌等に彼女の名前が載っているのは見たことない。

 総理大臣や防衛大臣の従美に招集される時点で天文学の世界では有名な人なのだろう。おそらく何かしらの専門書に彼女の名前が載っているのかもしれない。

詩音は更に本人ではない証拠を突きつける。


「それとなぜあたしや幻夢達に怯えていたのか?最初に出会っていた時になにか一言喋っていたはずだ。なのに怯えるのは何故なのか? 」


 確かにそこには疑問に思っていた。あの時の会議で僕達と従美は出会っているのは僕だけじゃなく誰もが知っている事実だ。


「そ、そんなことはないです。私とあなたたちは初対面なはずです! 」


 書佳が怯えたような声を出しながらオロオロし始めた。初対面というのは明らかな嘘だ。僕は段々と彼女が本人では無いのではと疑い始める。

 僕は耳をドアから離して考え込む。

彼女が本人でないなら彼女は誰なのだろうか。そして本人はどこにいるのだろうか。

そんなことを考えても答えが出ないのは重々じゅうじゅう承知の上だが。


「そう言うならあたしは証人を呼んでくるぞ。いいよな?」


 詩音がそう言った後、僕のいる部屋の扉を開けて中に入ってくる。

あまりにも突拍子とっぴょうしで僕は驚き、彼女が現れると同時に尻もちをついた。


「あっ……! キミは盗み聞きしてたのか? 」


 僕がゆっくりと起き上がろうとするのを見ながら、彼女は少し怒ったような顔をして扉を閉める。

盗み聞きと言われれば異論はないが、まさか彼女に目撃されるとは思ってもいなかった。


「まぁ……盗み聞きしてた方が状況は呑み込みやすいし好都合かもな。キミ、証人になってくれ。」


 詩音がそう言うと首を横に振る余裕すらも与えずに、僕の手首を掴んで書佳のいる部屋へ入った。

彼女の勢いに僕の頭は混乱しているがこうなってしまっては仕方がないと心に言い聞かせる。


「は、早かったですね。」


 狼狽ろうばいしている僕の姿を見て書佳は驚いていた。

このような速さで証人を連れてこられたら誰でもそうなるだろう。


「こいつがあたし達の盗み聞きをしてたから早いに決まっている。さて、話を再開しようか。」


 彼女は余裕そうな顔で書佳を見る。彼女の赤い瞳は怯えている書佳を映し出していた。彼女を問い詰める姿はまるでドラマで見る検事のように見えたのは気のせいだろうか。


「そう、でもこんな証人、あなたとグルじゃないの?そんなの信じられないわ。」


 彼女は僕を再び見つめながら一蹴いっしゅうする。それに対して詩音はさらなる証拠を突きつけた。


「そう言うのか、なら言い逃れ出来ない証拠を出そうか。キミ、本物と口調が全然違うんだ。本人はハキハキとしていて聞き取りやすいし相手に高圧的な態度をとらない。」


 そう言うと彼女の顔が急に青ざめていく。それを見て詩音は追い討ちをかけるように話を続けた。


「そんなのであたし達をあざむけるとでも思ったのか?警察官であるあたしの洞察力をなめるんじゃないぞ! 」


 すると従美は何か小さな声で言ったような気がするが何かまでははっきり聞き取れない。

すると突然詩音が書佳の胸倉を掴んで持ち上げた。


「ん?ポリはこれだから嫌いだって言ったよな?やはりキミは本当に秘田書佳じゃないようだな。キミは一体誰なんだ?」


 するとぽつりと書佳は呟き始めた。彼女の濃い翡翠ひすい色の髪の毛が揺れる。


「そういうのですね。なら……私とあなた2人で外に出ませんか。あなたみたいな警察官と少し周りには言いたくないお話がしたいんですよ。勿論もちろん正体も明かしますから。」


 彼女はそういうとニコりと笑った。僕には彼女の言葉の真意が汲み取れなかったが、とにかく詩音と2人きりで話がしたいからそうしてくれと言うことだろう。


「分かった。」


 彼女がそういうと2人で扉を開けて外へと向かっていった。

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