22話:Brother (兄弟)

 僕は部屋に着くとすぐさま毛布にもぐった。汗で体はベタベタしていたが、そんなことも気にならないほど僕は疲れているのが分かる。

毛布にくるまると天に昇るようなふわふわした感覚を覚えながら眠りについた。


 そのふわふわした感覚から一気にすうっと僕の意識が出ていく。

それは僕のいる施設の外へと出て、一気に外の景色を飛ぶ鳥になったように広い範囲を一目で見る。

 しばらくの間はその感覚を楽しんでいたが、ある人の後ろでぴたりと止まった。


 その人を見た時、僕はハッとすると同時に感動を覚える。

水色の髪の毛、白いワンピース、そしてトレードマークになっているピンク色のカチューシャ……。

 その人とは僕の妹である雷電紗羅だった。

しかし紗羅は僕に気づく様子もない。

僕は必死に彼女に触れようとするが、それと同時に彼女は何故か大量の白い花びらになって消えてしまう。


 嘘だ、そんなことがあっていいのか――

僕はあまりにも突然のことに座りこむと同時に、声にならない声を上げてうずくまってしまう。


 もうこんなのは見たくないと思った時には僕の意識はすうっと元に戻っていき、僕は施設にある自分の部屋で目が覚めた。

枕には涙の跡がくっきりと残っている。


 あれは夢なのだろうか。

その割にはどこか現実味があるように感じていた。

前に亡くなっているはずの紗羅を追いかけた記憶もあるし、もしかしたらこれは――


 ダメだ。考えたって答えが出るわけがない。

僕はそれを振り切るようによろよろと3点ユニットバスについている洗面所で顔を洗おうとした時、誰かが僕のドアを叩く音が聞こえた。

 こんな時間に誰が僕の部屋のドアを叩いているのだろうか。

顔を洗うのを中断してドアを開けると、そこには詩音が大剣を後ろに背負った形で僕を見つめていた。


「幻夢、キミの部屋で何かにうなされていたような声が聞こえたので心配して見に来たが……何かあったのか? 」


 詩音は僕を怪訝けげんな表情でじっと見ながら言う。

彼女の赤い瞳は僕を鏡のように映し出していた。それと同時に僕の心拍数が跳ね上がるような感覚を覚える。


「と、特に何も……。」


 僕は彼女の質問に動揺しながら答える。

彼女は確か警察官をしていたはずだ。人よりも洞察力に優れているのはわかっていた。

 紗羅のことは誰にも言われたくないという気持ちとバレてしまうかもしれない怖さが動揺を生み出していた。


「そうか?キミ……泣いているようだけど何かあったんじゃないか? 」


 彼女は警察官らしく問い詰めていく。勿論彼女にこのような答え方では逆効果だとは分かっていた。

 こうなった以上は耐えるしかないと覚悟していたが、そのような僕に対して彼女は追い討ちをかけるように僕の心を突き刺すような一言を放った。


「やはり……紗羅の事か? 」


 僕はその一言によって痛いところを突かれて沈黙する。まさか彼女が警察官とは言えども僕の妹を知っているとは思わなかった。

彼女はそんな僕を見て失言に気づいたようだ。


「ごめんなさい、まだ傷が癒えてないよな。亡くなった妹の事を言う事が無神経だった。」


 そんなしょげた彼女を僕は何とか励まそうと僕の頭を撫でてきたが、僕の背が高くて彼女がつま先立ちをしながらも撫でていた。

 彼女のしょげた姿は男勝りな彼女にあるギャップのようなものを感じて、どこかドキリとさせられる。


「別にいいんだ。犯人は――」


 僕がそう言いかけた時、彼女は何かを考え込みながらぽつりと呟く。

彼女の目は真剣でどうにかして僕の妹を殺した犯人を突き止めようと必死になっているのが見えた。


「分かっている。あたしはこの事件を担当してるからな。おおよそ犯人に対しては目星をつけているんだが…確実にしなければいけないな。」


 彼女は拳をぐっと握りしめる。

被害者の兄としては彼女のその気持ちは嬉しかったが、彼女の必死さはまた何か別の固い意思があるように感じた。

 その意思は一体なんだろうか。


「あの……朝火さんはなぜこの事件を担当したのですか? 」


 僕は恐る恐る彼女に聞くと素直に答えてくれた。彼女はそれを聞いて欲しかったのかどこか嬉しそうな表情を浮かべる。


「あたしにはキミと同い年の弟がいるんだ。キミが兄弟の年下の方を虐めにあったとしたら兄としてどうにかしたいと思うだろ?それと一緒だ。」


 まさか彼女に弟がいたとは思わなかった。しかし朝火という同級生は雷霆らいてい学園にはいなかったはずだ。

彼女が言っていたことはおそらく僕は妹、彼女は弟を持っている上の身としての親近感のようなものだろうか。


「あたしの弟は野球部に入ってて今はエースになってるな。あいつが元気だといいが……。」


 彼女は考える素振りをやめて天を仰ぐ。彼女の紅色の髪の毛が天を仰いだと同時にゆらりと揺れる。


「そうですね。元気だといいですね。」


 僕はそう言って彼女と同じく天をあおいだ。

まさか彼女との接点が同じ雷霆らいてい学園の人だけでなく、ある事件を担当する警察と被害者の兄という関係があったのだ。


 しばらくの間無言で天をあおいでいると再びドアを叩く音が聞こえる。

誰だろうと恐る恐る僕はドアに近づいて開ける。

 するとそこには険悪な表情で腕を組んでいる従美がいた。

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