21話:Liability (責任)

 まるで硝子ガラスを砕いたかのような満天の星空が空を支配している。

僕達はようやくいつものところへ帰ってきたが、あまりにも疲れ果てていて空の様子など見る余裕はなかった。


「おかえり。遅かったじゃないか。何かあったのか?」


 扉を開けると真っ先に詩音が出迎えてくれた。彼女の服には大量の返り血がこびりつき、疲弊していた。彼女はエラーと戦ってこうなったのかもしくは――


「街でアークゼノと1戦交えたくらいだな。大したことじゃない。」


 鉄秤は近くにある椅子に座りながら詩音に言うと腕を組んだ。

実際は僕と友絵は2人のアークゼノと連戦していたが、それを言うと詩音が怒りそうな気がして言えなかった。


「大したことじゃないとは……。アークゼノと戦って水羽が大怪我したんだぞ!あたしがいたから何とかなったが……。」


 僕はその事を聞いて一気に頭が真っ白になった。水羽はどの程度の怪我だろうか、水羽を傷つけた相手は――


「全く……詩音は真面目だな。無事だっただけいいじゃないか。」


 鉄秤は彼女を見ながらぽつりと呟くと、それを聞いた詩音は彼を睨みながら言い放つ。

彼女の鉄秤に追求する姿はまるでドラマに出ている検事のようだった。


「御剣……!仲間が傷ついてることに対して軽すぎるぞ!もし仲間が――」


 彼女が熱弁している間を割って入るように鉄秤は呆れながら彼女に反論する。

彼の表情には黎斗と戦った疲れが滲み出ていた。さらに彼女の叱責しっせきが襲いかかるのはかなりつらいだろう。


「もしはいらないぞ。それに対してお前は報復でもするつもりか? 」


 彼のその一言が彼女の火に油を注ぐことになったのか、彼女の怒りが爆発する。

僕は味方同士の対立以上に無駄なことはないので止めたくなるが、止めるための言葉が思い浮かばなかった。


「あーもう!キミは全くテキトーな人だな!あたしはそんなこと――」


「はいはい、詩音さん、落ち着いて。」


 横にいた友絵が2人の間に割って入る。割ってはいられたことにより、彼女は再び鉄秤を睨むとそっぽを向いてしまう。


「これはどっちも悪いね。詩音さんは重く考えすぎだし御剣さんは軽く考えすぎだよ。」


 友絵は2人をなだめようと2人に説得し始める。

アークは7人しかいない。そのうち1人でも大怪我をすると戦力が削られてしまう。

 詩音はその事を受け止めた上で重く考えたのだろう。

 それに対して鉄秤は怪我をしたことを責めすぎると潰れてしまうのをはっきりとわかっていた上で、その事実を受け止めながらも最善の方法を考えていたのがわかる。

 2人の考えはどちらも間違えていないのだ。


「御剣さん、ごめんなさい。あたし――」


 詩音が鉄秤に向かって謝ろうとしかけた時、ドアが開いた。

そして癒月があくびをしながら僕達の話に混ざってくる。


「ふぁーあ……。2人ともこんな夜に大声だすなんて何があったのよ。」


 彼女の濃い緑色の前髪がゆらりと揺れると同時に、“ラファエル”にめられている緑色の宝石がキラリと光る。

すると突然、詩音があることを癒月に訊ねた。


「あの、水羽さんは無事なのか?鳶島颯太にやられた傷は……? 」


 詩音が言いかけたことを遮るかの癒月は彼女に向かってニッコリと笑いながら言った。

鳶島颯太は前に戦ったことがあるから分かっている。確か僕との戦いに終止符を打ったのも彼女なのは記憶にある。そうなるともしや――


「大丈夫よ。水羽の怪我なら“ラファエル”で完治したわ。」


 僕は驚いた。“ラファエル”の力で大怪我を癒せるとしても何日かかかると思っていたのだ。

しかし数十時間……いや、これは明らかに数時間程度の傷を直せるなんて信じられなかった。


「そうか。それなら良かった。」


 詩音はほっと胸をなでおろしながらぽつりと呟くと僕の方を向いた。

部屋のランプが煌々こうこうと辺りを照らし、僕達がそれぞれ羽織っているマントの宝石を輝かせている。


「あたしが言ったこと余計だったな。みんなごめん。あたしご飯作らなければ。」


 そう言うと詩音は調理室の扉を開けて部屋を出ていった。

それを見た友絵は彼女の後を追って同じ部屋の中へ入っていく。


「詩音は真面目すぎるな。まぁ真面目なのは悪くは無いんだが……彼女が潰れて欲しくはないな。」


 詩音の去った扉を見つめながら鉄秤はぽつりと呟く。

僕は連戦のあまり少しウトウトしかけるが、相手の前で寝るのは相手に失礼だと思いながらも何とか堪えていた。


「でも私なら彼女の気持ちは分かるわ。私も彼女もミスをしたら私は人の命に、彼女は社会的な責任が大きい仕事についているから。」


 彼女は眼鏡のブリッジを少し上げながら鉄秤に語り始める。

 詩音は警察官、癒月は医療の仕事。

何か色々と考えていたが眠気が襲い、思考が段々とまとまらなくなってくる。


「仕事人としての宿痾しゅくあってやつか。それよりも幻夢、さっきウトウトしていただろ。もう寝た方がいいぞ。」


 鉄秤は考え込んだ素振りをしながら僕に寝た方がいいと促す。

時計を見るともう短針が1を指し示していた。


 僕はもうこんな時間かと思いながら、自分の部屋に向かうための廊下のドアを開けた。

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