13話:Meal (食事)

「さて、みんなで詩音ちゃんが作ってくれたカレーライスを頂きましょうか。」


 調理室の隣にある食堂で元気よく僕の右隣にいる友絵が全員を見回しながら発言する。

僕達の目の前にはカレーライスが置かれており、特有のいい香りが辺りに立ち込めていた。


「そうだな。みんなで食べよう。あとお代わりはいくらでもあるから欲しい人は後にしろよ。」


 詩音が腕を組みながら口を開いた。相変わらず声が低く、それだけだと男性と間違えそうだ。

 僕の右隣には癒月がいてカレーライスとにらめっこしている。いつカレーを食べたらいいんだと思っていたが、鉄秤が詩音の言葉に反応すると口を開いた。


「おっ、じゃあ頂こう。いただきます。」


 鉄秤が手を合わせてカレーを口に運ぶと同時にみんなも手を合わせてスプーンでカレーライスを口に運ぶ。


「うん、朝火さん、美味しいです。でもわたしにはちょっと辛すぎますが……。」


 水羽が少しつらそうな顔をしながら答える。

 それを見かねて彼女の右隣にいた癒月が水を渡す。水羽の少し白い肌には玉のように汗が吹き出ていた。


「そ、そうなのか。ご、ごめんな。」


 詩音は申し訳なさそうな顔をしながら水羽に対して謝る。彼女の横にはもう何も入っていないカレー皿が横に置かれていた。


「あ、あの……雅楽さん、実は話があって……。」


 僕は恐る恐るカレーを食べている彼女に話をしていいか許可を取ろうとした。彼女が僕の方を向いた時に濃い緑色のボブの髪の毛が揺れる。


「何かしら? それよりもあなたもカレー食べた方がいいわ。冷めたら美味しくないからね。」


 僕は彼女に言われたままカレーを1口食べる。確かに水羽が言った通り辛いが食べられないと言うほどでもないと思った。


「さて、話といっても幻夢くんが“アークゼノ”達に狙われていることでしょう? 」


 僕はギクリとしてスプーンを落としかけた。

まさか路月の言っていた事が本当だということが分かったと同時に僕の心拍数が一気に跳ね上がる。


「幻夢くん、根に持たれる相手と絡んでしまったようね。でも私がどうにもできることでもないわ。」


 確かにそれは水羽も同じことを言っていた。僕が狙われているといわれても警戒するくらいしか出来ないのだ。

 僕は再びカレーを1口食べる。

その味はさっきと比べて更に辛く感じた。



「おい!詩音、それは食いすぎじゃないか? 」


 突然の鉄秤の驚いた声でみんなが詩音に視線が行った。

気づけば彼女はカレーを5杯ほど完食している。


「大丈夫だ。あたしは警察官だし体が資本だから食わないと体が持たないからな。」


 そう言いながら詩音は更にカレーを1口食べていく。

確かに父親もそう言っていたような気がしていたが、流石にこれは食いすぎだろうとしか思えない。


「冗談、あたしは大食いだからな。これくらい大丈夫。」


 詩音は堂々と胸を張ってカレーを頬張る。その姿はまるで男の人のように見えた。

 男勝りな女の人とは彼女のことだろうかと思えてくる。ウルフカットのショートヘアなので彼女は服さえ男らしくしていれば完璧に男だと勘違いしそうだ。


「はぁ、お腹壊したら困るからな。」


 路月が呆れたようにため息をついて詩音を見ている。心配するのは彼なりの優しさだろうか。


「ご馳走様ちそうさま。今日は…幻夢、皿洗いお願いしていいか?鍋とかはあたしが全て洗っているからみんなが食べた皿で問題ない。」


 誰かに頼まれると僕は断りきれない。これが終わってからは疲弊ひへいもしているし、もう暗いから外には出ずに部屋でゆっくりしようと考える。


「はい、わかりました。」


 僕は彼女の頼み事にこころよく承諾しょうだくした。


 僕は調理室に戻りただ1人で食器を洗っていた。食器の擦れ合う音と水が流れる音が一時的に聞こえるだけで、基本的に無音の時間が流れる。


 ”アークゼノ”が僕を狙っている――

その事実は僕の頭にゆっくりとこびり付き始める。

 颯太を水羽のおかげで退しりぞけたとはいえ、殆どは僕が傷を負わせたようなものだ。

これを知ったことにより、アークゼノは脅威から僕を狙う可能性は高くなっていくだろう。

 僕は身震いした。恐怖が陽炎かげろうのように立ち上ってきたような感覚に襲われる。


「幻夢くん、幻夢くん、ねぇ、幻夢くん。」


 遠くから誰かの声が聞こえるのを感じる。それに気がつくと僕の肩を叩く感覚を覚えた。

多分この声の主は……恐らく友絵だろう。


「どうしたんですか? 」


 僕は声のした方向を向く。そこにはやはり僕の予想した通りで友絵がいた。

彼女のマント止めに使われているピンク色の六角形の宝石がキラキラと輝いている。


「幻夢くん、ちょっと行きたいところがあるんだ。」


 行きたいところはどこなのだろうか?

もうこんな時間だし何よりも僕は颯太と戦って体力をかなり消費しているのだ。

余程のことがなければ行く気にはならなかった。


「で、でも……僕は……。」


 僕は断ろうとすると彼女がうつむきながらポツリと呟く。


「分かってる。でも友絵、他の人達がみんな生きてるって証明が欲しいんだ。

幻夢くんも他の人と会ってないでしょ? 会いたくない? 」


 そう言われると僕は断りきれなくなった。確かにそう言われると僕も気になってくる。親は無事なのだろうか……という気持ちは少なからずともあった。


「わかった。」


 僕は頷いた後に急いで皿を洗った。

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