第19話

「――で、沢村くんの能力を強化する手助けを求めに私のところへ来たというわけ?」

「そうなんですよ」


 俺は目の前にいる黒髪ロングの美少女に頭を下げた。


「紺碧の弾丸さんなら、発火能力なんかもう極めたんじゃないですか? ひとつよろしくお願いしますよ」


 俺のおだてに紺碧の弾丸さんは悪い気はしないらしく、優雅にコーヒーカップを手に取った。


「ま、もう組織の犬を何匹か焼き払ったけれど……」

「焼き払ったんですか?」

「ええ。信じてないわね。証拠を見せてあげるわ」


 紺碧の弾丸さんはスクールバッグをごそごそ漁り始めた。そして何枚かの布切れを喫茶店のテーブルの上に並べた。


「なんですこれは。邪炎帝の聖骸布(イフリート・オーラ)ですか」

「そんなのない」

「すみません」


 ちっ、外したか、と思ったが左手で携帯に素早くメモっていたのを俺は見逃さなかった。少しは気に入ってくれたらしい。ふふっ、後藤うれしい。夜なべして身に着けたんだ、このセンス。

 紺碧さんはテーブルの上の布を指差しで解説し始めた。


「これは最初に私を襲ってきた男の袖ね。たこ焼きを食べていたらいきなり喧嘩を売られて正直怖かったけど頑張ってアフロにしてやったわ。で、これは敵の組織の女幹部の袖ね。こいつもアフロにしてやったわ。それからこの袖は唯一私と互角の腕前を持つサイキッカーの袖……こいつは最初からアフロだったわ」

「アフロって重要ですか」

「ええ、だってアフロにしてやれば鏡を見るたびに私に負けたことを思い出すでしょう? くくっ、愉快痛快とはこのことだわ! うふふふふふ……」


 何か学校で嫌なことでもあったのかなと心配したくなる紺碧さんの捻くれっぷりだったが、今はかえって助かるくらいだ。この世界では頭のネジが飛んでいる本数が戦闘力と直結しているらしいから。


「紺碧さん、あなたが持つ他人をアフロにする才能はやはり本物です」

「やめてくれないその言い方」

「その力と経験で沢村に偶然を装いつつ修行を施してやってくれませんか。あいつ最近負けそうなんです」


「ふん……」と紺碧さんは鼻を鳴らした。


「BITEも本気を出してきたようね。犬飼とかいう女が仕切ってるっていうのは私も聞いたことがあるわ。なんでも沢村くんは特にお気に入りでちょっかいを出してきてるそうじゃない」


 そうだったのか。あの年増め、沢村の若いカラダも目的だったんだな。


「後藤くん」

「なんでしょう」

「私も鬼じゃないわ。沢村くんとは一度戦う運命の糸に編みこまれた仲とはいえ、恨みはないわ……正直あの頃の私がテンパっていなかったとは言い切れないし。だからあなたたちのスーパーバイザーになってあげたい気持ちはある……けど」

「けど?」

「なにか大切なことを忘れているんじゃない?」

「大切なこと……」


 俺は小首を傾げた。


「お金ですか?」

「穢れてるわね」


 そこまで言われるとは思わなかったぜ。


「じゃあなんですか。はっきり言ってくださいよ」

「なんて猛々しい……盗人なんとかっていうのはあなたのことね!」


 紺碧さんは俺に指を突きつけた。



 ビシィッ




「私のパンツを返しなさい!!!」




 ちっ。やっぱ覚えてやがったか。

 俺はため息をついた。


「そもそも俺たちが盗んだわけじゃありません。あなたがパンツを受け取り忘れ、堂々と帰っていったことがそもそもの発端です」

「言ってよ! アフターケアのなっていない男どもね……!」


 まるで何かコトがあったかのような言い草はやめてもらいたい。さっきから斜め隣の席の幼女が「パンツ」という単語に惹かれてこっちを見ているのだ。


「この件に関してはパンツの返還がなされないことには交渉の余地はないわ。言うことを聞いて欲しければパンツを持ってくることね」


 こっちだってあんな所持しているだけで刑法に触れそうなブツは返還したいことヤマヤマなのである。現に俺は紺碧さんを頼ると決めた時にさすがにパンツの話題は避けられまいと予感し横井にパンツの返還を促した。が、時はすでに遅すぎた。

 横井はにへらっと笑い、薄汚い舌をぺろり見せてきた。


『売っちゃった』


 常識的に考えれば知人のパンツを無断で売り払った横井は犯罪者である。が、この件には情状酌量の余地があり、そもそもさかのぼれば天ヶ峰の馬鹿が生活費欲しさに俺たちからカツアゲしたことが発端となっている。俺は天ヶ峰災害基金からおひねりをもらったりして凌いでいたが、中学から転校してきた横井にはそういうシノギがまだわかっていなかった。だから財布の中に糸くずしか見出せなかった横井はウルトラCに打って出た。それが紺碧パンツ売却事件のあらましである。


 グダグダ言ったところでパンツはないのである。ないものはない。ノーパンはノーパン。だが、それではこのもうこはんを尻に宿した女は納得するまい。そう思ってもう策は用意してきた。


「紺碧さん、悪いがパンツはここにはない」

「取りにいくわよ。どこ?」

「いや、もうどこにもないんだ」

「はあ? どういうこと?」

「洗濯して干した時に風に飛ばされてな……君のパンツは帰らぬ下着になった」

「うそ……」


 紺碧さんの身体がふにゃふにゃと力を失った。


「私のクマさんパンツが……?」


 気に入っていたのか。それは予想外だった。


「紺碧さん、代わりといっちゃあなんだが……」


 俺はカバンからプレゼント用のラッピングされた箱を取り出して、紺碧さんが来る前に食い散らかしたケーキの皿をのけてどんと置いた。


「これが俺の気持ちです」

「え……やだ、何よいきなり……」


 紺碧さんはおどおどしてしまってなかなか箱に手を出さない。その恥じらいはプレゼントを贈る側としては嬉しいものだったがさっきからパンツパンツ連呼して周囲の目が辛くなってきたので正直とっとと開けて欲しい。


「さ、どうぞ……」

「わ、私……モノで釣られるような女じゃないんだからっ!」


 言いつつ、紺碧さんはラッピングを丁寧に剥がしてそっと箱を開けた。

 するとそこには――


「どうです、パンツ12色の詰め合わせセットの味は!!」


 ばごっ


 紺碧さんの投げた箱のフタが俺の顔面を直撃した。


「死ね!!! 変態!!!!」

「パンツ返せっていうからパンツで弁償したんですけど」

「こんな大げさなラッピングされてるものを開けて色とりどりのパンツが出てきた時の女の気持ちなんてあなたにはわからないんだわ」

「そうは言いますけどね、考えてみてくださいよ、プレゼントって中身が重要なんですか?」

「え――それは」


 紺碧さんはちらりと目をそらした。


「気持ちが大事……だと思うけど」

「でしょう。じゃ、気持ちってなんです」

「は? そんなの……」

「少なくとも俺はこのパンツに誠意をこめたつもりですよ」


 俺は箱の中のパンツの一枚を手にとった。ピンクだった。


「こんな見るからに冴えない男がデパートの女性用下着売り場へいって、パンツコーナーで恥を忍んでセットもののパンツ見つけて、おまけにラッピングまで頼んで買ってきたんですよ? その間、俺はあらゆる年代の女性から軽蔑と嘲笑の的にされたんですよ。それでも俺はめげなかった。それもこれも沢村を助けてやりたいから、そして、そしてあなたにパンツを穿いていてもらいたい! その一心から俺はこのパンツセットを買ってきたんだ!」


 俺の叫びに紺碧さんは雷に撃たれたような顔をしていた。


「そ、それは……」

「お気に入りのパンツを紛失させてしまった、そのことに罪悪感を覚えていたからこそできた一事だってことをわかってほしい……ねえ、俺の目、乾いてるでしょ? ふふっ、もう出ないんですよ……涙が……」


 紺碧さんの瞳にぶわああっと涙が浮かんだ。


「ご、後藤くん……あなたって人は……!!」


 俺は駄目押しに、パンツセットの箱を手の甲で少し追いやった。


「穿くか穿かないか、それはパンツと相談して決めてください。でも俺は何がなんでもあんたに受け持ってもらいますよ、沢村の超能力コーチをね。でないと俺はこのパンツたちに顔向けができねえんすよ……」


 俺はたっぷり間を空けてから顔を上げた。

 紺碧さんは手の甲でごしごし目をこすってから、慄然と前を向いた。


「いいわ、引き受けましょう。沢村くんの先生役を」

「よかった。一度勝ってるあんたの言うことならやつも聞くでしょう」


 俺と紺碧さんは固い握手をかわした。


「それじゃあ、俺たちが沢村キネシスについて知ってるってことは内密に。隠してるんで」

「わかったわ」


 紺碧さんは優雅にコーヒーの残りを飲み干した。その時、タイミングよくケーキが運ばれてきた。俺はそれがちょっと羨ましかったが、断腸の思いで席を立った。ケーキなら紺碧さんが来る前に充分食べたし。


「帰るの? もっとゆっくりしていったら」

「ええ、ちょっと金策をしにいくんです。パンツセット買って金ないんでね」

「そう……バイト?」

「ま、そんなとこ。じゃあ」


 俺が手を振ると紺碧さんもおずおずと手を振り返してきた。まだおっかなびっくりだが、ほんの少し、今日は彼女との距離を縮められた気がする。

 俺はさわやかな気分と共に喫茶店を後にした。

 二千円浮いた。



『登場人物紹介』

 後藤…クズ

 紺碧の弾丸さん…次に会ったら後藤を殺すつもりでいる

 横井…パンツブローカー


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