第18話

 俺と天ヶ峰は雑居ビルの屋上へ出た。初夏のにおいが顔を打つ。早く夏休みにならねーかなー。


「あれ? 沢村たちいないじゃん」

「ああ、それはな」

「謀ったな!!!」


 俺は頭を下げて天ヶ峰の回し蹴りをよけた。


「落ち着け。誰も現場にいくとは言ってねえだろ。それに沢村に見つかるわけにもいかねー」

「あー、そっか、火を出せることがバレてるってまだ知らないんだっけ沢村」

「ああ。だからやつらが主戦場にしてるビルを隣のビルから双眼鏡で眺めるんだよ」


 俺は鞄から双眼鏡を取り出した。天ヶ峰が感心したように言う。


「いつも覗いてんの?」

「うん」


 だって面白いし。

 紫電ちゃんがうら若い乙女を地下牢にぶち込んでから、沢村はかれこれ八人ぐらいとバトルしてるがそのすべてを俺は見てきた。そこには横井がいたり茂田がいたり紫電ちゃんがいたりなぜか望月さんがいたりもしたが、そのすべてを目に焼き付けたのは俺だけだ。今ではすっかり沢村の追っかけである。


「沢村のこと好きなの?」

「なんで女子ってすぐそういうこと言うの?」

「ご、ごめん……」


 珍しく天ヶ峰が謝ってきた。なんかこの話題で嫌な思い出でもあるのかな。

 俺は双眼鏡を覗き込んだ。


「はんぶんこしよ」

「わかりました」


 天ヶ峰と頬をつけあうようにして双眼鏡を覗き込む。二つに分かれるやつにすればよかった。こいつの髪の毛なんか硬い。


「わ、沢村だ!」


 隣の雑居ビルの屋上で沢村が両手から64/1スケールの炎を両手から出していた。最近気温が上がってるのってあいつのせいなのかな。


「あっち見てみろ。敵がいるぜ」

「どこどこ?」


 双眼鏡をスライドさせる。と、革ジャンを着た金髪浅黒のガキが帝王みたいな顔をして顎を突き上げていた。ガキといっても俺らより年齢は一つか二つ下だろう。ただし腕力は俺や沢村より一つ二つ上に見える。

 ガキもまた両手から炎を出していた。黒に近い紫色の炎だ。


「あー、二の腕がちょっと細いなあ」

「おまえどこ見てんの? 炎を見ろよ」

「うーん。火とか出されてもね……」


 そこだけ冷静か。こいつの興味の指向性がよくわからん。


「見ろ、なんか言ってる」

「後藤、読唇術で何言ってるか教えてよ」

「俺はメガネだから目を使う系は駄目だ」

「そういう問題?」


 ジト目で見てくる天ヶ峰を無視し、俺はエアコンの室外機裏に隠してあるとっておきのブツにかけていたブルーシートを剥ぎ取った。雨水が顔にかかって死にたくなった。


「なにそれ? グレネードランチャー?」

「科学部の桐島から借りてきた。これをこうして」


 俺はランチャーを肩にかまえて、向かいのビルの上空へとぶっ放した。といっても音は「プシュッ」と大したものではなかったが。

 ランチャーから吐き出されたタマゴ状のものが青空を背景にはじけた。パラシュートが開いて、下を向いたマイクがゆっくりと下降してくる。俺はランチャーについているイヤホンの一方を天ヶ峰に放った。


「音はこれで大丈夫だ」

「すごい! 桐ちゃんはやっぱデキる子だなあ。元気してた?」

「俺がこれ借りた時は上履きを食ってた」


 俺と天ヶ峰は双眼鏡とイヤホンを装備して腹ばいに戻った。耳元で沢村の声がする。


『てめえだな……南中の二年生を五人も病院送りにしたってのは!!』


 金髪がべろんと舌を出して沢村を嘲笑った。


『だったらなんだってんだよゥ。おまえには関係ねえだろ?』

『ある!! 俺も能力者だからな……同類が人の道から外れていくのを見過ごせねえよ』

『へっ……正義の殿様気取りかよ。気に喰わねえ……景気よく燃えちまえや!!』


 ガキが腕を突き出し、紫の炎を放った。沢村は横っ飛びによけたが、制服の裾が少しだけコゲた。


「あーっ!! あぶない沢村ああああっ!!」

「馬鹿、声がでけえ!」


 俺は天ヶ峰の頭をコンクリに叩きつけて深く伏せた。


『……いまの声は?』

『わからん。誰かいんのか……?』


 沢村とガキはいぶかしんでいるようだったが、すぐに気を取り直した。


『関係ねえ、目撃者がいるんならてめえを倒した後で燃やしてやるぜ、沢村!』

『なっ……どうして俺の名前を!?』

『有名だぜぇ……俺たちのチームを片っ端から潰して歩いてくれてるんだってなあ? 鈴木と野田が世話になったらしいな……!!』

『っ、あいつらの仲間か! 火遊びで何人も怪我させやがって……』


 話が逸れてくれたようなので、俺は天ヶ峰の頭から手をどけた。


「ふう……バレなかったようだな」

「ようだな……じゃないよ! いったーい!! もう、かすり傷がついちゃったじゃん……」


 かすり傷で済んだのがすげーよ。殺す気でやったんだぞ。


「もう後藤、次やったら許さないからね?」

「肝に銘じておく」


 そこで、大きな爆炎が向かいから上がった。


『くっ……!!』


 沢村の苦しげな声。どうも火力では向こうに分があるようだ。屋上がほとんど紫色の火に嘗め尽くされている。ぺろぺろ状態である。


『くそったれが!!』


 沢村も果敢に赤い炎をぶっ放して一瞬だけ紫の燎原に隙間をこじ開けるのだが、お気に入りのカップを壊しちゃった時のお母さんの怒りのように紫の火はその勢力を失うことはない。これはやべえ、と俺は思った。


「沢村……負けるかもな」

「そんなっ! なんとかできないの!? わたしが行こうか?」

「駄目だ」

「どうして!?」

「これは、沢村の問題だから……」


 天ヶ峰はぐっと唇を噛み締めて前へ向き直った。


「沢村……!」

『ぐあああああああああ!!!!』


 沢村が紫の火を食らってゴロゴロ転がっていき、壁にぶつかって止まった。背骨に来たらしく立ち上がることがなかなかできずに震えている。

 金髪が高笑いした。


『そんなもんかよ、ええ、正義の殿様さんよォ! ずいぶんナメた態度取ってくれた割には大したことねえなあ? ああ?』

『くっそ……』

『なんで俺に勝てないかわかるか? 弱いんだよおめーの炎はよお。こう、ぐあっとしたもんがねーんだよ。つまりビビってんだよてめーは』

『なん……だと……!!』

『炎ってのは酸素を喰らって大きくなるんだ。酸欠状態の炎なんか怖くねえや。さあ、とっておきのトドメといくか……!!』


 金髪が両手を掲げて、中空に巨大な火球を練り上げ始めた。


「やばい! あれは元気玉的な何かだ」

「じゃあ悪の気を持たない沢村ならなんとかなる?」

「フリーザが使うやつだから駄目だ」

「そんなぁーっ!! ちくしょうこんなことならもっと肉まん食っときゃよかったーっ!!」


 こんなときにヤジロベーのモノマネを始めた天ヶ峰のことは放っておき、なんとかしてやらねばなるまい。このままだとマジで沢村が焼き村になってしまう。

 俺はブルーシートから新しいウェポンを取り出した。頼むぜ桐島、あんたが頼みだ。


「なにそれ? ライフル?」

「ああ」

「ねえ、その手に持っているのは何?」

「タマゴ」


 俺はタマゴをライフルに装填した。ガシャコン、とレバーを引いてチェンバーをタマゴで満たす。


「食べ物は粗末にしちゃ駄目だよ」

「安心しろ、腐ってるやつだ」


 俺はフェンスの隙間に銃口を突っ込み狙いを定めた。金髪は沢村の頭を踏みつけてゲラゲラ笑っている。まったく生意気なやつだぜ。

 後輩にはキチッと年功序列を教えてやらねえとな。

 俺はトリガーを引いた。


 バシュッ


 タマゴは宙を切りさいて金髪の顎を撃ち抜いた。

 かくん、と金髪の膝が落ちた。同時に屋上を占めていた炎がすべて鎮火した。


「わ、横からの顎(ジョー)への一撃! これは立っていられないよ」


 俺は煙の出ていない銃口をふっと吹いた。


「よし、今のうちに沢村を回収しちまおう。いくぞ天ヶ……」


 いない。

 見るともう向こうのビルにいる。こっちに向かって手を振っている。俺も笑顔で手を振り返した。もう慣れちゃった。

 沢村を背負った天ヶ峰がペントハウスに消えるのを見て、ランチャーとライフルをブルーシートに隠しながら、俺は沢村について考えていた。今日は秘密道具を設置してあるポイントだったから援護できたが、そうでなければ沢村は死んでいたかもしれない。あの金髪の言う通りだ。沢村には火力が足りない。

 なんとかしてやろうと思い、俺はある人のところへ向かった……



『登場人物紹介』

 後藤…クレー射撃の才能がある

 桐島…科学部部長

 金髪…吉田武信(15)。得意科目は英語。得意技は発火能力

 沢村…この後、ベンチに捨てられた。

 天ヶ峰…この後、沢村を捨ててアイスを食べに行った。

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