第15話

 四限が終わって、昼休みになった。横井が戻ってこない。

 代わりにお隣の沢村とメシを食おうと思って声をかけてみた。


「おう沢村ーメシ食おうぜ」

「あー、いや悪い。先約がある」


 先約? ずいぶん難しい言葉をお使いになる沢村である。そういう本の中でしか出てこない言葉を現実で使ってるともうこはんがなかなか消えないらしいぜ。


「俺の誘いを断って誰とメシを食うつもりだよ」

「いや、ちょっとね」

「女か」

「……んー、まあ、一応?」


 俺は沢村を殴った。


「痛い!」

「てめえ、二度とその顎でメシが食えると思うなよ!」


 手から火を出して燻ってた行動力まで燃えてきたんじゃねーのか? いきなり女の子と昼飯随伴とはハイスピードフラグじゃねえか。誰とだか知らねえが、いますぐその旗を死亡フラグにしてやるからそこに直れ。


「後藤……俺にだってな……事情ぐらいある!」


 パリィン!

 沢村が窓ガラスをぶち破って出て行った。割りすぎだろ。

 俺はたなびくカーテンを見てため息をついた。


「おい手芸部」

「ふあ?」


 天ヶ峰は寝ぼけ眼のまま顔を上げた。


「なに……眠いんだけど」

「おまえが三限に早弁してエネルギーが有り余っているのはわかっている。このガラスを木工用ボンドで直しておけ」

「ええー……めんどくさいなあ……でもそっかぁわたし手芸部か……じゃあ手芸しないとな……」


 天ヶ峰は素直にガラスの破片を拾い始めた。

 けだものの予想外に従順な姿を目の当たりにして教室がどよめく。コツがあるんだコツが。ここで気分に任せて俺を殴れば手芸部としての自分と矛盾が発生するので天ヶ峰は攻撃してこなかったのだ。役柄というものにこの女はちょっとしたこだわりを持っている。桜木花道がバスケットマンにこだわったのと少し似ている。

 俺が机に戻ると、椅子の上におひねりが置いてあった。助かった。天ヶ峰の行動を限定化させると有志による寄付が得られることがある。お互いにピンチになったときの保険は掛け合った方が得ということだ。

 とりあえずこれで昼飯代はゲットだ。沢村の弁当のおかずを奪い取る計画が頓挫した以上、購買へいってなにか調達してくるしかあるまい。胃がつぶれそうなくらい腹が減った。


「いこうぜ茂田」

「うむ」


 茂田と連れ添って購買へいった。

 普通のライトノベルなどでは購買は戦場だなどと言われることがあるがうちの高校の出張パン屋はすこぶる人気がない。

 というのも高校の裏通りにはB級グルメの格安店が跳梁跋扈しており、フェンス一枚飛び越えれば腹も満タン財布も痛まぬ免税地帯があるのでみんな監視教諭の須藤を振り切って外へと出て行く。

 ので、一階の角際にある出張パン屋『閑古鳥』は今日も人気がない。そもそも店名がふざけている。もっと熱くなれよ。


「うぃーっす」

「おう後藤か」


 店長のおじさんが笑顔を向けてきた。名前を覚えられてしまっているのが嬉しいような切ないような。


「今日はなんかいいネタないっすか」

「ああ、あるぞ。これなんかどうだ」


 おじさんはビニールで軽く包んだ焼きそばパンのようなものを出してきた。


「なんですこれは」

「うちの池で釣れた何かをさばいて乗せたものだ」


 ほら見ろこれだ。名状もできないものをさばいてパンに挟むんじゃないよ。高校生の胃袋がどれもこれも鉄でできていると思ったら大間違いだ。


「じゃあこれで」買うんかい茂田。

「毎度あり。380円」

「いつも思うんですけど、原価5円のくせに生意気ですね」

「ははは、そう言うなよ。おじさんがいなくなったら悲しいだろう。お友達代だと思ってくれ」


 悲しいこと言うんじゃねえよ。買うわ。

 俺と茂田が小銭を渡そうとしたとき、その手が何者かに振り払われた。


「何奴!」

「そんなパン食べてたらお腹壊しちゃうよ? 先輩」


 俺たちの前には、茶髪をツインテにした女子生徒が立っていた。俺はすかさず上履きを見る。ラインが緑。


「貴様、一年生だな!」

「お昼を買いに来ている二年生に何の用だ!」


 俺と茂田の警戒ぶりに茶髪は肩をすくめた。


「なあにビビってんですか。そんなだから駄目なんですよ男子は」

「ビビるに決まってる。おまえ電車の中でいきなり話しかけられたらどう思う? ものすごく気まずいだろう」

「できれば何事もなくこの哀れな二年生を見逃してほしいんだがな」


 俺たちをヘタレと思うか。くそ、こんな時に横井がいれば! 女子の対応はあいつの仕事なんだ!

 茶髪はハアと重苦しいため息をついた。


「まったく情けないなァ。あー、あたしは1-2の佐倉って言うんだけど」


 言いながら茶髪はお菓子コーナーからポテチを買ってその場で食い始めた。


「実は先輩たちにお願いがあって」ばりばり。

「ほう。なんでもひとつだけ言ってみるがいい」

「アハハ、面白い面白い」


 そこはかとなく気を遣われている気がする。


「で、頼みとは?」

「先輩のクラスに沢村なんとかって人がいるでしょ? その人と会いたいなあ――なんて? しかも二人きりで」


 お願い、と茶髪は片手拝みしてきた。なかなかサマになっているゴメンネである。

 フ――


「いやに決まってるだろ馬鹿か!」


 俺は体勢を低く構えて佐倉某のみぞおちにショルダーをかました。が、当然のことながらかわされて背後を取られた。ちっ、やはり人外。


「ちょっと! いきなり何すんのよ!?」

「うるせえ。事情がどうあれ沢村にいい思いなどさせられるか」

「仲間に好機が巡ってきたら妨害する、それが俺たち男子高校生だ」

「さ、最低だこいつら……!」


 茂田と俺はスクラムを組んでパン屋入り口を固めた。死んでもここは死守する。

 茶髪は心底あきれ返ったらしい。ポテチの空き袋をおじさんに渡しながら、


「べつに告白とかそんなんじゃないっての。相手の顔も知らないんだからさあ。ねえ、聞いたことない? 沢村先輩が手から火を出すって話」


 なんだその話か。


「野次馬ならクラス会議でアウトになった。本人をからかったりサーカスに売るのも駄目だ。遠慮してくれ」と俺。

「ていうか佐倉某、おまえどこでその話を聞きつけてきたんだよ。緘口令が敷かれてるはずなんだけど」と茂田。

「さっき生徒会室の前を通った時に副会長が喋ってた」


 あの人は常識人なんだって信じたかったよ。

 俺は頭を抱えた。

 どうしよう。沢村を見捨ててもいいが、その挙句に「超能力者のいる学校!」とかいってマスコミとかがたくさん来たりしたらすごくいやだ。コミュ力がないやつを見下してくるヤクザッ気に溢れた社会人がたくさん来る状況はポリゴンショックの時だけで充分だ。それからたぶん沢村から紺碧の弾丸さんのことが割れるだろうし、紺碧さんは俺と似たような人種だからたぶんマイクを向けられたらイライラしちゃってそいつを焼く。いまこの状況をなんとかしないと少なくとも一名以上の死者が出てしまうことになる。くそぅ、俺が茂田だったらこんな心配しなくていいのに。


「バレちゃしょうがないな。案内してやるよ」


 ほらあ! なにもう「友達になったね」みたいな顔で階段上ろうとしてんだよ茂田! しょうがなくねーよ。もう少し頑張ろうよ。

 だが二人はもう歩き出してしまった。俺は話に入れない子みたいに後をついていくしかない。


「で、沢村先輩は教室にいんの?」

「いや、さっき窓から出て行った」

「ふうん……あれ、二年の教室ってテラスあるんだっけ?」


 ありません。普通はそう思うわな。

 仕方ない。ここは俺が人肌脱ぐか。


「こっちだぜ」

「お、わかんのか後藤」

「まかせとけ」


 俺は先頭を切っててくてく歩いた。

 階段をのぼり、廊下を渡り、階段をくだり、廊下を渡り、階段をのぼり……


「循環してるじゃねーかッ!!」

「ぐむンッ!」


 そのツッコミは予想済みだ。俺は腕を十字にクロスさせて佐倉のケンカキックを防いだ。


「おい、先輩だぞ」

「人を謀るやつを先輩とは思いません」


 正論である。


「だがもう遅いわ。佐倉、おまえはすでに俺の術中にはまっている」

「なんですって!?」ノリいいな。


 俺は眼鏡のつるを押し上げながら、背中側の扉を開け、佐倉を中へ押しやった。


「痛っ! いきなり何を……」

「紫電ちゃん! ちょっと話がある」


 生徒会室には、一人しかいなかった。紫電ちゃんが寂しく出前のうどんをすすっている。


「ふぁん? ふぉふぉふぃふぇふぉふぉ」

「何言ってんだかわからねーが副会長、あんた沢村のことを大声で喋ってやがったな。野次馬が生まれてしまったから始末をつけてくれ」

「んん?」


 紫電ちゃんはうどんを飲み込んで頭にクエスチョンマークを浮かべた。


「何を言ってるんだ?」

「だからあ」

「私は今朝からずっとここに一人でいるんだが」

「…………」

「…………」

「…………」


 ごめん……。

 俺と茂田は佐倉を睨んだ。


「何者だ、てめえ!」と俺。

「紫電ちゃんを無駄に悲しませやがって!」と茂田。

「おい私は別に悲しくなんてないぞ」と紫電ちゃん。


 一方、佐倉は目から光彩を失わせて一歩下がった。


「フフ……バレちゃったか。じゃ、仕方ないなあ。先輩たちには……消えてもらっちゃおっかな?」


 佐倉はテーブルの上に置いてあったペン入れに手をかざした。すると地震もないのにペン入れがガタガタと震え始めた。


「うわっ、やっべえ地震だ!」


 机の下に隠れようとした茂田の尻を俺は思い切り蹴飛ばした。おまえちょっとは考えろよ! いまそういう感じじゃないだろ!


「ふざけていられるのも今のうちよ」

「俺をこいつらと一緒にしないでもらおう」


 心外である。


「これを見てもヘラヘラしてられる?」


 佐倉がペン入れにかざしていた腕を振り上げると、見えない糸に引かれたようにシャーペンやボールペンが空中に浮かび上がった。


「サイコキネシスってやつか……」

「よく知ってるね。勉強したの? 偉い偉い」

「えへへ」


 ちょっと嬉しい。


「ご褒美に……これをあげるよっ!」


 佐倉が腕を振った。

 じょりっ


「いってええええええええええ」

「ぐおおおおおおおおおおおお」


 飛来してきたペン類に肩やら肘やらを抉られた俺たちは床にひれ伏してのた打ち回った。


「くそ、なんて鋭いご褒美だ。まだ傷口がシビれてやがる」

「訓練された俺たちじゃなければ怒ってしまうところだったぜ」

「え……何この人たち気持ち悪い……」


 佐倉がバス酔いしたような顔で見た。ありがとうございます。


「やれやれ……どけ、私がやる」

「紫電ちゃん!」

「駄目だよ、ここは俺たちの出る幕だ!」

「なんでそんなもったいなさそうな顔をしてるんだ貴様ら。ご褒美が欲しければ後で私が直々にくれてやる」


 あざーす。俺たちはどいた。

 佐倉は分度器で顔を扇ぎながら高笑いした。


「アハハハハハ! なっさけない! 女の子の背中に隠れちゃうの、先輩たち? うわあ、ないわあ。そんなだからモテないんだよ?」

「いやそういうの関係ねーし……」

「性格以前に出会いとか話題がないんですよね」


 俺と茂田の重苦しい本音に佐倉が気の毒そうな顔になった。


「男子高校生って可哀想……」

「同感だ」


 そりゃないぜ紫電ちゃん。


「だが、こんなのでも私の可愛い同級生でな」


 そうこなくっちゃ紫電ちゃん! 異能者相手は初めてだけど、俺たちゃ心配はしてないぜ。あと同級生相手にそのでかい態度はどうかと思うよ。だから彼氏できないんだよ。

 紫電ちゃんは拳を構えた。


「これでも私は小学生の頃、南小の火流塗(ボルト)と呼ば」

「ハッ!」


 あっ!! 佐倉のやつセリフ中に攻撃しやがった!!

 なんてことを……紫電ちゃんは用意してたセリフを喋ってたから意識が散漫だったんだぞ。

 案の定顔面にペンを食らった紫電ちゃんは後方に無様に吹っ飛び、腰を思い切り机の角にぶつけて椅子側に転がり落ちてしまった。

 沈黙。

 俺と茂田は目を合わせた。

 こくん、と頷きあう。


「逃げっ……あっ」


 くそ! ズボンの裾をペンに縫いとめられていて走ることができない!


「頼む! 俺だけでも助けてくれ」

「あ、茂田てめえ! また一人だけ逃げるのか!」

「うるせえ! 紫電ちゃんがやられた以上シャレじゃ済まんぜ」


 確かに。

 しかし佐倉のあの満面の笑顔を見る限りは見逃してくれそうな気配はちっともない。人間の八重歯ってあんなに光るものなの?


「悪いけど、見逃しちゃ駄目って犬飼さんに言いつけられてるんだよね……特に後藤とか横井とか天ヶ峰とかは」

「俺は茂田です! そんな犬飼なんて人とは会ったこともないんだ!」

「あっそ。もうサイキック使うところ見られちゃったし、どっちにしても死んでもらわなくっちゃならないんだよねー」


 佐倉の周囲を土星の輪のように文房具類がめぐり始めた。


「さあて、じゃ、選んでもらおうかな……蜂の巣にされたいのか、切り刻まれたいのか?」


 俺たちは生唾を飲み込んだ。


「どうする……」

「股間だけは許してもらおうぜ……」


 変に現実味があること言いやがって。落ち込んできたぜ。くっそお、Tポイントカードがなんのためにあるのか知らずに俺は死ぬのか。


「まったく男子高校生は……」

「この声は……」

「紫電ちゃん!」


 紫電ちゃんは埃まみれになりながら生徒会長卓の向こうから這い上がってきた。口にくわえていたボールペンを当然のようにペッと吐き捨てる。


「この状況でもふざけていられるとは、貴様らはアホなのか大物なのか」


 いや、男子には切実な問題なんすよ。


「しかし安心しろ。もうやつの攻撃は覚えた」


 佐倉がむっと顔をしかめた。


「覚えた? さっきの一発で? ナメないで欲しいなあ。あたしのサイは子供の癇癪とは違うんだからね」

「ふん……どうだかな」


 紫電ちゃんは首をごきごき鳴らしながら、俺たちの前に立った。

 拳を構える。右手を口の前に、左手は腹を撫でるような位置に据えた。


「出たぜ……紫電ちゃんのヒットマンスタイルが……!」

「残念だったなエスパー少女。『南小の災い』と呼ばれた左が貴様をギタギタにしちゃうんだぜ」


 紫電ちゃんは照れて赤くなった。


「ば、馬鹿……黙ってろ」


 はーい。

 紫電ちゃんの左拳がひゅんひゅんうなり始めた。

 それを見た佐倉が大きなため息。


「懲りないなあ……そんなに死にたいの? ま、結局全滅させるんだから、なんでもいんだけ、どっ!」


 佐倉はその場でターンしてフライング文房具を撃ち放ってきた。必殺だと信じていたはずである。


 シィ……ン


 紫電ちゃんはその場から動かなかった。


「紫電ちゃん……?」


 からり、と俺の足に何かがぶつかった。見下ろすと、シャーペンが転がっていた。

 びっしりと。


「な……な……」


 文房具類の攻撃を一瞬ですべて撃墜された佐倉はあわあわと慌てふためいた。


「い、いったい何が!? 私が外すはずが……」

「……」


 紫電ちゃんは握っていた左拳を開いた。

 砕けた定規がぱらぱらと落ちた。


「…………」

「覚えたといったろう」

「あ……あ……」

「散々コケにしてくれたな。今度はこっちの番だ」


 佐倉が一歩下がった。紫電ちゃんが一歩進んだ。まるで蛇と蛙である。

 ごくりと生唾を飲み込み、佐倉は壁にかかった時計を見てはっと口を押さえた。


「大変! ポチの散歩の時間だわ! 悪いけどあたしこれで失礼しま」

「駄目」

「ぎゃっ!!」


 ぐわしゃぁっ……


 左のフリッカージャブが佐倉の顔面を撃ち抜き、佐倉はどうっとまっさかさまにひっくり返った。スカートが幼児も恥らうご開帳状態になった。

 ほう。


「どう思う……?」

「シマパン……だな」


 とりあえず写メった。

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