第13話
俺たちが椅子と机をいじめられた子みたいに元に戻しているとガラリ、と教室うしろの戸が開いた。みんなの視線がそこに集まった中、ふらりと床の木目に倒れこんだ男が一人。沢村である。
「沢村っ! お、おいどうしたっ!!」
サッカー部の江戸川が駆け寄ったが、沢村は生身のまま洗濯機でガオンガオン揺られたような有様でまともにクチが利けないらしい。
「あ、……」
「あ? あがどうした」
「あま……」
江戸川はそれですべてを察した。急に無表情になってぱっと沢村から離れた。支えを失った沢村の後頭部が思い切り床に激突したが、一顧だにせず江戸川は後退しモブの海へと戻っていった。サッカー部ってそんな処世術も習うの?
そして、江戸川が表舞台から去ることになった原因がバァンと戸を足で開けて現れた。
「おはよう、しょくん! あ、沢村発・見! だめだよぅ勝手にいなくなったりしちゃあ」
天ヶ峰美里はトラウマを負った子供が描いた似顔絵みたいなツラで沢村に近づいた。沢村がいやいやをしながら尻でずり下がろうとする。そして俺の足にぶつかってきた。
「た、助けっ……げほっ……てくれ……後藤……」
「どうした沢村。顔が白いぞ」
「家を出た……ら……いきなりやつが……どうして……俺が何をしたって……いうんだ……」
「ああ」
俺はポンと手を打った。
「それなら理由は簡単だよ」
「ほん……とか……?」
「ああ」
俺はすがりついてくる沢村ににっこり笑ってみせた。
「俺が呼んどいたんだ」
人間は心から絶望した時、声も出ないものらしい。
「ほら、沢村に護衛をつけてやるってこないだ言ったろ? アレがその護衛だよ。朝一でおまえを迎えにいくようにって言っといたんだ」
沢村が俺の足をゆさゆさ揺すってきた。
「後藤!? 俺なんかおまえにしたか!? 俺なんかおまえに許されざる行いをしたか!?」
「いやべつに」
だって面白いし。それに天ヶ峰が手頃なおもちゃで遊んでいる間はこっちの負担も減るしな。
俺は沢村の肩をぽんぽんと叩いた。
「よかったな。クラスメイトで幼馴染の女の子と一緒に登校できて」
「いやだあっ!! アレはちがう、そんなんじゃない!! そんな素敵なモノじゃない!!」
俺も似たようなセリフを吐いてきたから気持ちはわかる。が、助けてはやらない。
「もぉー」
天ヶ峰が一歩ずつ沢村に近寄ってくる。沢村の手が痙攣し始めた。
がしっと白くて小さな女子の手にしか見えないなにかが沢村の肩を掴んだ。そのまま引きずっていく。
「そろそろ授業始まるよ沢村クン? はい、席につきましょうねー」
ガン!
持ち上げられて椅子にケツを叩きつけられた沢村から嫌な音がした。酒井さんなどはあまりの惨劇に目を覆っている。寺本さんは机に座って予習をしていた。そうだよな、一限の数学小テストあるもんな。十点はでかいもんな。人を見捨てたって仕方ないよな。
「はい、じゃあ教科書をかばんから出しましょうねー」
「やめてください自分でできますからほんとお願いしますやめてください手が取れます」
天ヶ峰は一時的難聴を患っているようだ。嫌がる沢村の右手をかばんに突っ込み、無理やりナックルを作らせて数学の教科書とノートを取りださせ、机の上に広げさせた。そして沢村の右手に今度はシャーペンを握らせて、
「はい、予習しましょうねー。因数をバラバラにしたりくっつけたりしましょうねー」
ノートにのたくった数式が描かれていくたびに、沢村のゲンコツがきしむ音がした。俺は隣の茂田に脇を突かれたので隣を見ると茂田が耳栓を差し出してきた。
「なにこれ?」
と俺が聞くと茂田は無言でロリコンの木村を顎でしゃくった。木村はみんなにビニール袋に詰まった耳栓を配っていた。おそらくは世間の偏見と戦う時に木村がつけているもののスペアだろう。願わくばやつに対する世間の目が偏見でなく正当な評価だとやつが気づく日が早く来て欲しい。
俺は耳にすぽっと栓をして、一限が始まるまで眠ったフリをして過ごした。
悲鳴の振動がびりびりと足に伝わってくるのがちょっとかゆい。
『登場人物紹介』
後藤……まじめ系クズって言うと怒る
紫電ちゃん……学ランはちょっとぶかぶか
ロリコンの木村……実妹モノはちょっと苦手
江戸川……今後出る予定はない
沢村……来るときにどんぐりを食べさせられた
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