第12話
クラスメイトの手から火が出るところから始まって、どうしてカツアゲされて終わるのかがわからない。が、現に俺の財布はカラッケツになってしまって毛クズも出ない。
まァ、天ヶ峰美里と絡んでいればこの程度の災難は慣れっこになってしまうので、俺はくよくよするのをやめた。そんなことをしていても一銭になるわけでもなし。それに気に病んで不登校をキメこんだところで「あれ? あいつ最近こないな」と無駄に天ヶ峰の眼をこちらへ向けてしまうだけで逆効果だ。最悪、天ヶ峰が玄関口で「おおい、おおい」とこっちの名を呼びながら扉を叩くという放送できない恐怖劇が開催されることになる。小三の頃に転校していってしまった宮崎くんはその恐怖に耐え切れなかったと聞く。元気かな、宮崎くん。あいつ俺のビーダマン借りパクしてったんだよな……別にいいけど。
ま、ないものは諦めるか。俺は割り切って、月曜の朝を迎えた。
ベッドを蹴飛ばしてその上に乗っていた本の類を床へ蹴落とした。できればそんな風な扱いはしたくないのだがこうでもしないとテーブルの上が満タンになってしまうのだ。俺がすべて中古書店の100円均一で買い揃えたこの蔵書は漫画喫茶を一軒も持たないこの町では貴重な情報源となっている。一日10円で貸している。返却延滞の場合は取立人がいく。誰がいくのかはわかってもらえると思う。
俺はパジャマのままザッバザッバと本の海をかきわけ、リビングへいった。腰から下を埋めたままレンジ用コンセントに繋いである携帯をいつものように抜き取ると、着信が一件。内容はメールで確認して、俺はため息をつく。
七時半登校は一週間前には言ってもらわないと困るよ。
○
「ういーっす」
教室に入った俺は度肝を抜かれた。机と椅子が重ねられて隅へ追いやられていたからだ。俺は教室に集まっていた横井や酒井さんを筆頭にした同級生どもにうろんげな視線を向ける。
「なに? これからワックスでもかけんの?」
「残念ながら違う」
「お――」
教壇に腰かけているのは学ランを着た金髪ショートカットの美少女。腕を組んでこちらを見下ろすその目は青。写メでも撮れば金まで取れそうだが俺はまだ携帯を無くしたくない。
「よお紫電ちゃん」
「ちゃんづけはやめろ。貴様と私はお友達ではない」
金髪碧眼の美少女――西高の鬼の生徒会副会長こと立花紫電ちゃんは豆腐ぐらいならスパッといけそうな目で俺を見た。基本的な人間の権利がそろそろ欲しい今日この頃。
「おい、紫電ちゃんのやつあんなこと言ってるぜ茂田よ」
俺はいつの間にか隣にいた茂田に言った。
「生徒会副会長のセリフとは思えねーよ。校内の風紀が乱れたらどうするんだ」
「そうだぞ紫電ちゃん」茂田も拳を突き上げて賛同した。
「うちの県は校内暴力が盛んなんだ。生徒同士の結束は必要だよ。だから写メを撮らせてくれ」
「…………」
紫電ちゃんが組んでいた腕をほどいた。俺たちはその場に平伏した。
「ごめんなさい」
「すいませんでした」
無言の重圧が一番こえーよ。やっぱからかう相手は選んだ方がいいな……。
紫電ちゃんはまた腕を組んで拳に安全装置をかけた。
「私とて朝一で貴様らポンコツ3組の顔なぞ見たくなかった。だが今朝はどうしても諸君に直に伝えたいことがあってな。突貫で集まってもらったというわけだ」
「このお掃除フォーメーションはどういうわけで?」
「貴様らが私の話を直立して聞くためだ」
せめてそういう忠義は任意にしてくれよ。でも逆らうと怖いので我らがポンコツ3組は教壇に腰かけた女帝の前に四列縦隊を男女で二つずつ作った。
「この中で、すでに気づいている者もあると思うが――」
紫電ちゃんは足をぶらぶらさせながら言った。
「先日、沢村のやつが手から火を吹いたらしい」
「火ィッ! それはほんとでやんすか!? ――うおっ!!」
あぶねっ! 黒板消し投げてきやがったあのアマ!
「黙らんか後藤! 話が進まん!」
「すみません」確かにそうだ。
「まったく馬鹿が。とにかく、いや酒井そんな人を哀れむような目で見るのはやめろ。どうにも本当らしいのだ」
「誰から聞いたの?」
剣道部の酒井さんはあわよくば紫電ちゃんを保健室へ連れて行きたそうなツラをしている。
「美里だ」天ヶ峰ね。
「昨夜、メールでデコりながら送ってきた。沢村が発火能力……パイロキネシスに目覚めたとな。やつは馬鹿だが私に嘘はつかない。話によると政府のさる筋、ハウンドドッグとかいう暗殺者も動いているらしい」
当事者の俺も初耳である。
ハウンドドッグ? それってもしかして犬飼さんのことか?
あいつ名前覚えないってレベルじゃねーな。犬しかわかってねーじゃねーか。
「それで、そのハウなんとかはどうしたの?」
「美里が追い返したそうだ。そういう事情もあるので、今後のことをみんなで考えていきたいと思う。どうすればいいだろうか?」
教室にどよめきが起こった。
俺は隣の茂田のわき腹を小突いた。
「どうすればいいと思う」
「発電所に売る」
あーいま電気不足してるしなー……って違うわ!
「馬鹿! あの程度の火力で国難が凌げるかよ!!」
「そういう問題でもねえよ!」
横井である。
「おう横井。来てたのか」
「最初からいたよ……」
「へえー」どうでもいい。
俺は横井の向こうにいるロリコンの木村に話を振ってみた。
「沢村の手から火が出るんだってよ。はいどうする」
「見世物にして金を取る」
ロリコンの木村は即答した。
駄目だこりゃ。こいつ幼女以外は人間と思ってねーんだった。俺はさわらぬカスに祟りなし、ロリコンの木村のうしろにいたヤンキーの田中くんにも話を聞こうと思ったのだが、あいにくと田中くんは立ったまま寝ていたのでできなかった。
と、女子陣の方がにわかに「おおおおお」と盛り上がってきた。すわ、戦さかと思って見ると、どうやら意見がまとまりつつあるらしい。ていうか四列縦隊守れよ女子。輪になってるじゃねーか。
酒井さんが一歩前に出た。
「沢村くんには、私たちが気づいていることは黙っておいた方がいいと思う」
「ふむ――やはりそう思うか」
「うん。自分から言い出してきたら受け止めればいいし、やっぱり隠しておきたいと思ったら、そのまま気づいていないフリをしていてあげようよ。可哀想だよ、きっとテンパってると思うし」
ちっ、ぶりぶりしやがって。何が「可哀想だよ」だよ。その舌先三寸で俺と横井の財布は壊滅して俺らの学園ライフ戦線は大混乱だよ。来月までどうやってメシ喰えってんだ。
「くそっ、なんだか正論を聞いていると逆らいたくなるな」
「ああ、やはり沢村はNASAやサーカスに売るか劇団ひとりをふたりにするかのどちらかだな」
「ちょっ、おまえら! そういうこと今言っちゃ駄目だよ! 酒井さんいいこと言ってんだから」
うるせえ横井。シメんぞ。俺はメンチを切ったが横井には効果がなかった。
しかしまァ、おおむね酒井案は俺の案と同じだったので、特にそのことに対して俺から異論はない。紫電ちゃんもそうだったらしく、ふむふむと頷いていた。
「よし、それでは一同、『沢村のことはシカトする』でいいな?」
「言葉が悪いよ紫電ちゃん。それじゃ沢村ごとシカトしてるよ」
「む? ふむ……解釈は皆に任せる」
おいおい。
「それでは朝から集まってもらってご苦労だったが、これにて解散。意見があるやつは手を挙げろ。――いないな? よろしい、ではくれぐれも沢村キネシスのことはこのクラス以外では内密にな。すべては我が校の安寧なる風紀のために」
紫電ちゃんは学ランの襟を正して颯爽と出て行った。どうでもいいけど紫電ちゃんはいつも生徒会員着用必須の学ランの下にカリフォルニアのトウモロコシ畑がプリントされたTシャツを着ている。誰か止めないのかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます