第7話
天ヶ峰は開口一番こう言った。
「沢村って何色が好きなの?」
俺と横井は顔を見合わせた。
天ヶ峰は傍から見れば、ちょっとぼさぼさのロングウルフヘアという好戦的な頭を除けば、どこにでもいるモブ女子高生である。いまは茶色い紙袋を抱えていて、どうもそれが見舞いの品らしい。
「さあ……何色でもいいんじゃないですか?」
「なんで敬語? もぉー後藤とあたしの仲じゃん? そういうのいいって!」
「そういうのいいんで」
「ふぇ……?」
俺の返しに天ヶ峰は脳が反応できなかったらしい。小首を傾げている。たまにこいつを小動物でかわいいなどと言い出すやからがいるが、それはこの小首を傾げた状態から左フックをテンプルに食らったことのないやつの言い分だ。ふざけやがってあん時マジで意識飛んだかんな。
「で、色って?」
「ああ、借用書の色どれがいいかなって……」
「借用書……?」
「うん」
天ヶ峰は笑顔で紙袋の中を見せてきた。色とりどりの借用書には、
「十五万って……高校生の借りる額じゃないよ」
「うん。最初は五千円だったんだけど、月日が経って」
利子かよ。
俺と横井はごくりと生唾を飲み込んだ。
ってことはこの借用書も本人と作ったわけじゃないのか。この調子だと利子についても一方的にほざいているだけの可能性もあるな……どう考えても違法だが天ヶ峰の半径二十メートル以内で万国公法は通用しない。
「ふふっ、沢村、喜んでくれるかな」
「どこを押したらそんなセリフが出てくるんだ?」
「えっ? だってあたしのためにお金を出せるんだよ。幸せってそういうことだと思う……」
横井が俺にしがみついてきた。ええい離せ、俺にどうにかできると思うてか。
天ヶ峰は軽快なステップで歩いていった。一歩一歩が沢村の十五万の消えていく音であると思うと胸にこみ上げてくるものがあった。手から炎出たり黒髪ロングの厨二病にボコられたり、いわれのない借金したり、思えば哀れなやつである。
(それにしても後藤、ひでえよな酒井さん。天ヶ峰だけよこして自分は部活でドロンかよ)
(仕方ねえ、最初からそういう筋書きだったんだ。そもそもおまえが女子とそこそこ喋れたりするからこういうことになる)
(俺のせい!?)
アイコンタクトで俺たちは意思を交し合っていたが、最終的にはにらみ合いになった。んだコラやんのか横井コラああ?
「そういえばさ」
くるりと天ヶ峰が振り向いた。
「沢村が手から炎出したってほんと?」
「いやいやいや。どこ情報だよ。なにそれ怖い」
「でも茂田が」
茂田ァァァァァァァァァ!!! あいつ何考えてんだ。面白半分に状況をメールでかき回しやがったな! これだから男子高校生は信用できない。
「えっと……」
俺は横井を見た。
(えっ俺?)
(頼む)
(無理無理無理。イエスでもノーでも関わっただけで嫌なことになる予感しかしないよ!)
(そこをなんとか)
アイコンタクトで俺たちは責任をなすりつけあう。
気づけ横井。俺は、おまえに犠牲になってくれって言っているんだ!
「ねえー二人で何目配せしてるの? ひょっとしてマジなの?」
天ヶ峰がにこにこしながら言う。それにしてもこいつさっきから後ろ向きに歩いているが巧みにステップして対抗してくる自転車や人を避けている。うっかりしていると忘れがちだがやはりこいつは人間とは程遠いモノだ。
仕方ない。いずれバレることだ。俺は打ち明けることにした。
「実は、こないだ授業中にさ、焦げ臭いにおいしたじゃんか」
「あ、田中くんでしょ? もーほんっと最悪だったよ。あたし席そばじゃん? 殺そうかと思ったよー」
「……。あん時な、ほんとは田中くんじゃなかったんだよ」
「え? そうなの?」
「ほんとは沢村が手から火ぃ出してさ、そのにおい」
「へえー……そうだったんだあ」
素直に感心する天ヶ峰。
「なんていうんだっけ、そういうの、パイロキネシス?」
「よく知ってるな。それだよ」
「へへへ、化学の森が前に教えてくれたんだ」
「森はいいやつだけど化学には向いてねーな」
トンデモ科学用語を生徒に教えるなよ。よくない病気を発症したらどうする気だ森よ。
「でも手から火ぃ出せるとかワクワクするよね。あいつは気になる転校生? みたいな
」
「沢村は転校生じゃない」と俺。
「沢村が美少女だったらなあ」と横井。それはどうかと思う。
「実際、どんぐらい火力出せるの?」
天ヶ峰は沢村に興味津々らしい。
「わからん。ただ同じ能力者と交戦した時は負けてた」
「え、もうそんなイベントクリアしてんの? やるな沢村……」
イベントってなんだ。こいつ信じてんのか信じてないのかどっちだ?
「とりあえず他の能力者と出くわしたんなら、そろそろ世界観の説明が入る頃だね」
「おまえは何を言っているんだ」
「だって、わけもわかんないまま闘ってたって面白くないじゃん? 敵をはっきりさせとかないと。秘密結社とか闇の組織とか」
その場でスナッピーなジャブを二、三発放つ天ヶ峰。拳圧で横井の前髪がふわっと浮いた。横井は青ざめている。
「テレビの見過ぎだ天ヶ峰。いくらなんでもそんなトンデモ展開あってたまるか」
「そうかなー。ないかなー、秘密結社」
「あっても沢村の手がライター代わりになることに金出してくれるパトロンがいねーよ」
「えー……」
不満そうな顔をされても困る。なんだその「おまえ話わかんないやつだな」みたいな顔は。俺か? 俺が神なのか? 違うわボケ。
「それじゃ、とりあえず今日は能力を見せてもらうだけにしとこっかな」
「いや、それはやめといてやってくれないか天ヶ峰」
「なんで?」
天ヶ峰はきょとんとして俺を見上げてきた。俺はこほんと咳払いして、
「沢村は俺らにバレてねーと思ってんだよ。いきなり手から火ぃ出るようになってあいつもテンパってるだろうし、もうちょっと様子を見てあいつが自分から言い出した時に暖かく迎え入れようと俺たちは思、」
ぎゅっ。
天ヶ峰が俺の腕を掴んでいた。ぎりぎりと。痛い痛い痛い。
笑顔で俺に言う、
「や・だ」
「はい……」
そうだった。こいつがそんな殊勝に、「人の気持ちを考える」とか「相手を思いやる」とか、そういうことをするはずがないのだった。見たいものは見る、欲しいものは取る。それがこの怪物の思考回路である。日本語を喋っているのは擬態に他ならない。
楽しみを見つけて一気に機嫌がよくなった天ヶ峰は俺と腕を組んだまま解こうとしない。非常に迷惑である。横井は役に立たないし、周囲からの視線が針のように痛い。
伊澄西小の愛死苦(アイシクル)、それはもうかつて現場にいた人間たちの間でしか通じないいにしえの異名だ。それでもその愛死苦と腕組んで町を歩いてたなんてことが身内にバレたら切腹しても死に切れない。それならいっそ横井とも手を組んで何もかも混沌とさせた方がマシだったが、横井は俺から二メートル離れたところを俯いて歩いている。
まァいい。いなくならないだけ茂田よりはマシだ。
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