第5話


「なんで俺んちなんだよ……」


 横井がげんなりした風に言う。


「ぶつくさ言うな。俺の家は人が呼吸していい場所じゃないし、茂田の家には姉貴がいるから駄目だ」

「呼吸していい場所でないことと姉貴がいることが同列にされてるのが可哀想だよ」

「まあ、俺は姉ちゃんと暮らすかカビと生えた家に住むかだったらカビと仲良くしたいけどな……」


 茂田の顔に暗い影が差す。あの当身を学んだ経緯と何か関係があるのかもしれなかったが、俺と横井は何も聞かなかった。それが友情だと思ったから、な。

 紺碧の弾丸さんがううん、と身じろぎした。場所は横井の部屋、俺たちは三人肩を並べて横井のベッドの上にいる。

 紺碧の弾丸さんがぱちっと目を開けてむくりと起き上がった。


「こ……こは……」

「気がついたようですね」

「え……きゃあ!」


 かわいらしい悲鳴を上げて紺碧の弾丸さんが飛びのいた。目を白黒させている。


「あ、あなたたちは誰? なんなの、私はいったい……」

「落ち着いてください。俺たちはなにも怪しいものじゃありません。西高のもんです。俺は後藤、こっちのごついのが茂田、女々しいのが横井です。東高のこん……紅葉沢さんですよね? ちょっと聞きたいことがあって、あと気絶してたんで危ないから家まで連れてこさせてもらいました」


 とりあえず、それで納得してくれたらしい。紺碧の弾丸さんは正座して「そう……」と言った。


「で、聞きたいことって?」

「ずばり言うと、沢村のことです」

「沢村って?」


 ずばり言いすぎた。俺は咳払い。


「あんたがさっき闘ってた男ですよ、沢村は」

「あっ! あの闘争を見ていたの……?」

「とう……? ああ、闘争ね。ええ、見てましたよ。沢村はツレなんでね。あんまり乱暴されちゃ困りますよ」


 茂田と横井はさっきからすらすらと知らない人と喋れている俺を驚嘆のまなざしで見つめている。ちょっと心地いい。

 紺碧の弾丸さんはフンッと顔を背けた。


「能力者は生かしておけないわ」

「して、その心は?」

「は?」


 しまった。笑いで雰囲気をほぐす作戦に出るのはまだ早かったか。


「俺にはわかりませんな、同じ能力を天から賜ったもの同士、なぜ相争わなければならないのか……」


 俺が遠い目でそう言うと紺碧の弾丸さんは雰囲気の維持に満足してくれたらしい。


「わからないわ、能力を持たないものには……私たちの気持ちなんてね」


 ずいぶん楽しそうに炎をぶっ放してましたが。


「して、こん……近藤さん」

「紅葉沢です」

「失礼、紅葉沢さん。その能力はいつから?」

「一週間前よ。トイレでお昼の弁……」


 紺碧の弾丸さんが黙った。しかし、俺たちは気づいてしまった。その悲しい事実に。茂田は目を覆い、横井は唇を噛んでいる。俺は現実の切なさに首を振ることしかできなかった。


「ちょ、ちょっと! ちがうわ、あの日はたまたまプン子が休んでいて……」

「ウン子?」


 俺のエルボーが茂田を黙らせた。相手は女だぞ! 我々とは文化が違うんだ。

 幸い、紺碧の弾丸さんは自分の赤裸々なお昼情報を取り繕うことに必死である。


「あの、一年のときはそうでもなかっ、なかったんだけどクラス替えがあってどう考えても作為的としか思えなくってだってしょうがなくってバレー部と吹奏楽部しかいないクラスに帰宅部が一人ぽつんといたって何ができる? ねえ何ができる?」

「わかります、わかりますよこん……ぺきの弾丸さん」

「そ、その名前で呼ぶな!」


 紺碧の弾丸さんの怒りによってか、壁にかけられていた横井の家族写真が燃え始めた。


「うわああああ!!! 熱海にいった五歳の俺の思い出があああああ!!!」


 横井は涙目になってぱんぱん写真を叩いて火を消そうと空しく努力している。馬鹿が。

 俺はため息をついた。


「で、こん……ぺきの弾丸さん」

「いい度胸してるわね」

「すいません。紅葉沢さん。それであの日に何が? まさか宇宙人に脳みそをいじくられたら発火能力を得たなんて言わないでしょうね」

「ある意味では……そうと言えるかもしれないわね」


 ふっと紺碧の弾丸さんが遠い目をして横を向いた。


「だって私は、何も覚えていないのだから……」

「ひょっとして」


 俺は身を乗り出した。


「トイレで一人飯をしている時に急に手から火が出たのでは!」


 紺碧の弾丸さんが息を呑んだ。


「な、なんで知ってるの!?」


 図星か。この調子じゃ『ヤツラ』とか『第四のパイロキネシスト』も創作だなたぶん。


「実は沢村のやつもね、急に手から火が出るようになってしまったらしいんですよ。特になんの理由もなくね」

「そう……彼も……」

「だからね紺碧の弾丸さん」

「殺すわよ」

「紺碧の弾丸さん」

「こ、こいつ……!」

「紺碧の弾丸さん! いいですか、悪いこた言いません、沢村にちょっかい出すのはやめてもらえますか。超能力を得てテンション上がる気持ちもわかりますけど、さすがに殺しはまずいですよ。燃やすなら自分の黒歴史ノートでも灰にしててください」


 紺碧の弾丸さんが立ち上がった。


「な、なんで知ってるの、私の根源記録手帳(アカシックレコーディングノート)の存在を!?」

「誰から聞いたわけでもありません、むしろあなたに聞いたようなもんです」


 そんだけ痛い言動繰り返してりゃあそういう物証の一つや二つはあるだろ、普通。


「ですから、ね、紺碧の弾丸さん。ここはお互い引きましょうや。うちらも紺碧の弾丸さんをNASAに売り渡したりしませんし、そっちも沢村のことは金輪際忘れる。それでいいでしょう」


 紺碧の弾丸さんはぷいっとそっぽを向いた。


「嫌よ」

「どうして!」

「同じ能力者を倒さないと逆襲されるんじゃないかと思ってオチオチ夜も眠れないわ。確かに私が先に彼の能力に気づいて仕掛けた喧嘩だけど、一度始めてしまった以上、彼も私を追ってくる。殺し合いは避けられないわ」


 言われてみれば確かに。いくら沢村がトライデント(国数英3つすべて赤点)の馬鹿とはいえ、自分を殺しにきた女ぐらい覚えているだろうし、見かければ先手を打つ可能性がないとは言えない。いや、超能力なんていう馬鹿げたものを得てしまった以上、もはや沢村の精神がいつ崩壊しないという保証はないのだ。


「仕方ない、交渉は決裂ですね」

「ふん、あなたたちノーマルと交渉なんて、最初から成り立ちはしなかったのよ」

「ですね。ふむ、これだけは使いたくなかったんですが……」


 俺はブレザーの懐に手を突っ込んだ。瞬間、紺碧の弾丸さんの髪が逆立った。


「銃!? くっ、高校生だと思って油断した! ベレッタ!? それともグロック!? まさかワルサーじゃないでしょうね……!」

「ふっ、もっと恐ろしいものですよ」


 俺は懐から秘密兵器を取り出した。

 白い生地に熊さんの絵柄。

 パンツである。


「――――わたっ、私のパンツ!?」


 紺碧の弾丸さんがスカートの中に手を突っ込んで顔を真っ赤にした。わなわなと震えながら、


「コロス! ゼッタイニブチコロス!」

「落ち着いてください。作り物みたいになってますよ」

「いつの間に……!」

「苦労したんですよ、これでも。中見ないように横井が縁日の景品で取ったマジックハンドを使って脱がせて……気絶してるときに紺碧の弾丸さん寝相悪いから何度もスカートめくれちゃって……直視せずにスカート直した俺たちの努力と誠実さのことも考えてくださいよ」

「最初から脱がさなきゃいいでしょ!!」

「いや、だってこれないと紺碧さん帰れないでしょ。つまり人質ならぬパン質ってことですわ。あっはっは」

「あっはっは、じゃない! 返せ!!」

「返しますよ。ただ約束してください。もう二度と沢村には手を出さないと。それさえ誓っていただけたらこの熊さんは無事にお返しします」

「ぐっ……卑怯な……」

「ちなみに俺たちを殺しても駄目ですよ。俺たちが死んだら開いてくれと頼んだ熊パン姿の紺碧さんの写メを信頼できる人間に送信してありますから」

「なんてことを……」

「何も奴隷にしようってんじゃありません、ただもうふざけた超能力戦争ごっこはやめにしよう。こう言ってるだけなんですよ」


 紺碧の弾丸さんは長い間黙っていた。飽きてテレビの電源をつけようとする横井を茂田が二度ぶん殴った。そうしてようやく、紺碧の弾丸さんは頷いた。


「わかったわ。沢村くんにはもう手を出さない」

「誓えますか、大いなる闇の化身ベルゼ・ゴールさまに」

「そんなのいない」

「すみません」


 はあ、と紺碧の弾丸さんはため息をついた。


「なんでもいいわ、神様だろうと天使だろうと。誓ってあげる。これでいい?」

「ええ、ありがとうございます。揉め事にならずに済んで嬉しいです」

「まったくやれやれだわ。とんだ一日になってしまった」


 紺碧の弾丸さんは立ち上がって、長い髪をふぁさっと手で流した。


「まあ、正直、私もこの能力には戸惑ってるの。沢村くんを通じて何か分かったりしたら……教えてくれない?」

「もちろんいいですとも」

「そう。ありがとう。後藤くん……だったかしら?」

「覚えてもらって嬉しいですよ、紅葉沢さん」

「もう紺碧の弾丸でいいわよ」


 くすっと笑って、


「じゃあ、私はこれで。妙な話だけれど、楽しかったわ、あなたとの駆け引き。――また会いましょう、運命がそれを望むなら」


 そう言って、紺碧の弾丸さん――いや紅葉沢さんは横井んちから去っていった。その後ろ姿は颯爽としていて、男の俺でも憧れてしまうほどに格好よかった。


「いっちまったな……」

「ああ……」

「茂田ー、もうテレビつけていい?」

「いいぞ横井」

「やたっ!」

「しっかしまあ」


 俺と茂田は、深々とため息をついて、天井を仰いだ。


「まさか置いていくとはな……」


 俺の手には、まだほかほかしたぬくもりの残った熊さんパンツが握られていた。




 ちなみに、沢村は騒ぎを聞きつけたホームレスのおじさんに見つけられて、救急車を呼んでもらって病院に搬送されたらしい。翌日になってそのニュースを聞いて俺たち三人はようやく、あの場に沢村を置き去りにしたことに気づいたのだった。

 置き去りにしたのが沢村でなければ大惨事になっていたかもしれない、と反省する今日この頃である。




『登場人物紹介』

 後藤……語り部『俺』。眼鏡。

 茂田……友達その1。横井がちょっと嫌い

 横井……友達その2。ちょっとうざい

 沢村……手から火を出した。

 紺碧の弾丸さんのフラれた理由……もうこはん

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