第4話


 ごくり、と茂田が生唾を飲み込んだ。


「あの女……東高の『紺碧の弾丸』じゃねーか」

「どうした茂田? 疲れてんのか?」

「違う俺の創作じゃねえ。あの女を見てわからねーか」


 俺と横井は目を細めて少女を見た。黒髪ロングに紺色のブレザー。そして、


「Eカップか……」

「Fだ、って違う! そこじゃねえ」

「じゃあどこだ、見てもわからん」

「わからないだろうな……」


 はあ?


「やつは一年のとき、つまり去年だが、東高のボクシング部の部長と付き合っていてな。で、あの部長、俺と同中の先輩なんだが、限度ってものを知らないから、付き合って三日で家に連れ込んで押し倒したらしいんだ」


 鼻息が荒くなってきた横井の口を塞ぎながら俺は先を促した。


「で?」

「先に手をかけたのが下でよかった、と言っていいのか……あの子、紅葉沢さんっていうんだが、その……」


 俺と横井は茂田の口元に耳を寄せた。


「……『もうこはん』があったらしくて、な」

「…………」

「実妹がいるせいで、ボクシング部の部長はロリを連想させるものを見ると不能になってしまうんだ。それで別れたという悲しい過去があって、翌日からあだ名が『紺碧の弾丸』になってしまったんだ……」

「ひとつ言っていいか」


 横井が糞まじめな顔で言った。


「もうこはんは弾丸によるものじゃない!」

「紅葉沢さんの心には弾痕が残ったと思うがな」


 俺たち三人はひとしきり頷きあった後、沢村と『紺碧の弾丸』さんに視線を戻した。

 沢村が何か喚いているので耳を澄ます。


「――い、いきなり襲い掛かってきやがって! なんのつもりだ!」


 おお、なんだか主人公っぽいことを言ってやがる。沢村のくせに生意気な。

 紺碧の弾丸さんは長い黒髪を手で払って、


「悪いけど、これも運命だと思ってちょうだい」


 俺は茂田のわき腹を突いて囁いた。


「あの人って子供の頃に頭でも打ったの?」

「言わせてやれよ、今しか言えないんだぜ」


 沢村が怒鳴る。


「運命!? てめえ、何か知ってやがるのか!!」

「むしろあなたが知らなすぎるのよ、第四のパイロキネシストくん……」


 第四……と聞いて俺の隣の茂田がもぞもぞし始めた。ちっ、こいつもロマンティックオカルティックに生きるモノか。


「パイロキネシス? 何を……それを言うならサイコキネシスじゃないのか!」


 馬鹿沢村、せっかくシリアスに運びそうだったのに話の腰折りやがって!

 紺碧の弾丸さんがちょっと一瞬もにょった顔になったが、咳払いひとつですべてを仕切りなおした。


「むしろあなたが知らなすぎるのよ、第四のパイロキネシストくん……」


 そこまで戻るんかい。

 沢村もちょっと「あれ?」みたいな顔になったが、こちらも咳払いで応戦。


「第四って、あんたと俺以外にもこの能力に目覚めたやつがいるのか……?」

「あなたが知る必要はないわ……これから死ぬあなたには、ね!」

「なっ!?」


 紺碧の弾丸さんの掌から青い炎弾が迸り、一直線に沢村へと襲い掛かった。沢村は中学生の頃にサッカー部で鍛えた脚力を持って横っ飛びに逃げた。こちらも掌に赤い炎をたなびかせて攻撃態勢へ移る。


「くっ……あんたがやる気だってんなら仕方ねえ! でもいつでも降参しろよな!」

「ふん、誰が降参なんてするものですか! 情けなんてかけないで!」


 おいおい立場を統一してくれよ。お互いに思いやってる感じになってるじゃねーか。


「うおおおおおお!!」


 沢村が裂帛の気合と共に炎を打ち出した。すげえ。友達が手から炎を撃ち出すのを見るのってこんな気持ちなんだ。


「なんか無駄に感動するな……」

「ああ、あの沢村がな……」

「俺、応援したくなってきたよ」

「やめろ横井、おまえはよく感情に身を任せて言わんでいいことを言うが、いま紺碧の弾丸さんに俺らの存在がバレたらわりとマジで殺されるぞ」


 沢村の炎が紺碧の弾丸さんへと向って迸る。が、紺碧の弾丸さんは手元で青い炎を小爆発させその余波に乗って回避。


「甘い……その程度で『ヤツラ』に立ち向かえると思っているの?」

「ヤツラ? ヤツラってなんだ!?」

「あなたが知る必要はない!」


 だったら匂わせるなよ。かわいいやつだぜ紺碧の弾丸さん。もうこはんつきでも俺はだいじょうぶだよ?


「くっ!」


 紺碧の弾丸さんが放った炎の爆発で沢村が吹っ飛んだ。あわやグロテスク! と思い目を覆った俺たちトリオだったが、しかし沢村は内臓をぶちまけて死んだりしなかった。ビル壁に思い切り叩きつけられて「おぐぇっ」とひどい声を出しはしたが、生きていた。


「ちっ……くしょ……なん……で」


 倒れ伏した沢村に、こつこつと紺碧の弾丸さんが近づいていく。


「ふっ……まだ回避能力が上手く使えていないようね。それからPSIシールドの張り方も本能に頼ってるだけ……それじゃあ私の敵ではないわ」

「あんたは……その力をどこで……?」

「ふふっ……おばかさん。本当はあなたもわかっているくせに」

「なん……だと?」

「心の中にいるもう一人の自分に聞いてごらんなさい。そうすれば道は開けるはずよ……でも残念ね、ここであなたは私に倒されてしまうのだから」

「く……そ……ごめんな朱音……兄ちゃん家帰れそうにねえ……や……」


 がくっと沢村の頭が地面に突っ伏した。それを見下ろし、高笑いする紺碧の弾丸さん。


「これでわかったわ! 私の能力は無敵……ふふ、ふ、これで見返してやる……私を馬鹿にしてきた世界のすべてを……」


 アハハハハハと笑い続ける紺碧の弾丸さん。

 その背後に忍び寄る影があった。

 茂田である。

 や、やめろー茂田ー! 死ぬ気かー!

 声には出さない俺と横井の制止に、茂田が振り返り、歯を見せて笑った。そしてそおっと紺碧の弾丸さんの首筋に近づくとビシッとその首筋に手刀を叩き込んだ。紺碧の弾丸さんは糸が切れたようにその場に倒れこみ、周囲に立ち込めていた青の炎も消えてしまった。

 茂田はふっと笑った。


「当身」


 いやすげーわ。当身ってすげえ。ほんとそう思う。


「で、どうするよ」


 茂田はくいっと気絶した紺碧の弾丸さんを親指で指差した。

 俺は腕を組んでいった。


「ほうっておくわけにもいくまい。沢村のことも聞きたいし」

「そうだな、じゃあとりあえず手足を縛っておくか」


 横井が紺碧の弾丸さんのほっぺたを突きながら言った。


「でもさ、目覚ましてまたあの炎出されたらやばくね? 縄とか意味ないっしょ」

「そうだな……では人質を取るとしよう」


 俺の意見に「人質?」と二人が首をかしげた。

 俺は懐から扇子を取り出してパッと開いて見せた。


「まあ見てろって。とりあえず、横井んちに運ぶぞ」

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