02.

 フードを二重にして、サングラスもして、夜の街に出た。


 ダンスフロア。


 すでに、曲は始まっている。


 行き場のない人間のための、行き場のない娯楽。


「はじめまして」


 後ろ。


 声をかけられた方向。


「どうも」


 整った顔の、男性。昨日とは違い、場に合った格好をしている。着崩れたスーツのような、服。


「昨日の、かたですよね?」


 掴みかかろうと思ったけど、やめた。フロアに迷惑がかかる。


「昨日は、すいませんでした。試すようなことをして」


「いえ」


 こいつは、私のことを女だといった。女のくせに。


「フードとサングラスは、顔を隠すためですか?」


 無言で、返す。


「綺麗な顔なのに」


 やっぱりだめだ。


 掴みかかった。はずだった。


「大丈夫ですか?」


 転んだのか。


 手が、差し伸べられる。掴んで、立ち上がる。


「おっと。ごめんなさい。あなたが女性だということを、ほめ言葉として使ったつもりが。もうしわけない」


 手を払った。


「私のことを」


 試したか。いや違う。手首の血管で、焦りを読んだのか。


「いえ。手ではなく。顔です」


「顔?」


「サングラスが外れているので」


 しまった。


「どうぞ」


 男の手。差し出された掌に、サングラス。


「くそっ」


 手にとって、かけ直そうとして、やめた。フードもあげる。


「やはり」


 美しいと言おうとして、その言葉を飲み込んだのが、わかった。


店員に、一つドリンクを頼んで、男に差し出す。


「どうぞ?」


「ありがとうございます」


 男。差し出したドリンクを、なんのためらいもなく、飲む。


「あら。ジンジャーエールですか」


「若者の溜まり場だから。成人だと分からなければ、酒は出ないの」


「いい治安です」


「そう」


 ジンジャーエールを、おいしそうに飲んでいる。毒や薬の心配を、しないのか。今更、訊けなかった。


「おいしいです。ありがとう」


 空のグラスを店員に渡して。


「お礼に」


 私の手をとって。


「一曲」


 くるっと回って、フロアの片隅に。


 足が、もつれそうになる。今まで、ひとりでしか、踊ったことがない。自分と踊ろうとする人間は、いなかった。


「大丈夫。立っているだけでいい」


 男が、手をとったまま、私の周りをくるっと回る。そして、その引力で、勝手に私の足が動く。


 彼の手が伸びた方向に、繋がれた私の手が伸びる。


 回って、少しだけ跳んで。片隅の範囲を出ないように。ちいさく。誰にも見られないように。それでいて、彼と私だけが、お互いを見るように。


 曲が、終わった。慣れてきたところだったのに。


「どうでしたか?」


「あっ」


 自分の顔。わらっていた、かもしれない。彼から、目をそらす。


「何を」


「あなたと、同じです」


 男。声が、後ろから聞こえる。


「今日は、ここで。帰ったら、鏡を見てみるといい」

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