町屋との外出はその後も続き、通算五回目のそれは遊園地でだった。

 一回目で距離感を測って、二回目でなんとなく互いの理解を深めて、三、四回と重ねることで相手がいることに慣れてきて。そうしてやってきた五回目な訳だから、ちょうど良い場所だったのだろう。遊園地という場は、デートにはあまりにも向き過ぎている。

 二人していろんなアトラクションに乗って、叫んだり笑ったりした。食べ歩きをして、写真を撮った。心地良い楽しさが、思考を鈍らせていく。

 『それ』は、観覧車でだった。

「ねえ……真木」

 夕日を背にした町屋が、これ以上ないくらい緊張した顔でこちらを見ている。それで、俺は彼女が何を言うのかはっきりとわかった。わかってしまった。

「……どうした?」

「もう、わかってると思うけどさ。私、真木のことが好きなの。一年生の時から、ずっと」

「……うん」

「三橋さんと付き合ってるって思ってたから諦めてたんだけど、そうじゃないってわかって……じゃあ伝えなきゃって思って。ずっと怖くて引き延ばしてたんだけど、でも、言うね」

 町屋が、息を吸う。

「……真木。好きです。私と付き合ってください」

 出来過ぎなくらいだった。こんな完璧なシチュエーションで告白されるなんて、少し前までの俺は想像すらしていなかったことだろう。

 だってきっと、瑠香に彼氏ができていなかったら、俺は今も俺か瑠香の部屋でゲームでもしていたはずだ。弾むような会話はないけど、何よりも安心できるあの空間で。

 そう思ったら泣きそうになった。町屋は俺の返事を待ってるのに、俺は瑠香のことで泣きそうになってる。町屋に申し訳なくて仕方ない。でも、どうやったって俺には瑠香より大事な人なんてできないって、本当はもうわかってたんだ。わかってて、でも目を逸らそうとしてたのに。

 頷けば楽になれることはわかっていたけど、俺にそれはできなかった。こんな気持ちのまま付き合うなんて町屋に失礼すぎる。そしたら本当に、誰も幸せになれない。

「……町屋。ごめん」

「……うん」

 逃げるように俯いて言った。視界の端で、町屋が顔に手を近付けるのが見えた。泣いているのだろう。

「……なんとなくね、断られる気はしてたんだ。だって私といるとき、真木、あんまり楽しそうじゃないし」

「そんなことない。楽しかったよ」

「そっか。でも、三橋さんと一緒にいる時ほどではなさそうだったから」

 今度は否定できなかった。事実だったからだ。

「ねえ、真木。もう、遊びには誘わないからさ。一個だけお願いしてもいい?」

「……なんだ?」

 涙を拭って、町屋が再びこちらを見据えた。一度捉えられてしまえば、その顔から目を逸らすことはできなかった。

 心臓の音が早くなるのがわかる。町屋は悟ったかのような美しい表情をしていたけど、何故か嫌な予感がした。

「キス、させて」

 そう言って町屋が立ち上がった。これまで町屋の後ろに隠れていた夕日が俺の目に飛び込んできて、無意識に目を細める。何かを言う暇もない。町屋の顔はあまりにも切実で、その切実さに敵う言葉を俺は持ち合わせていなかったのだ。

 また、町屋の後ろに夕日が隠れた。観覧車は、頂点に差し掛かっている。


 止める間もなく、町屋の顔が近付く。

 近付いて、観覧車が、少し揺れる。

 脳みそが、ぐらりと、揺れる。

 足場がなくなったみたいな居心地悪さが、体全体に広がる。

 ────ふわりと、鼻を突く香りがして。

 ………………あ。


 いきができない。


「……っぷ」

 咄嗟に口元を抑えるが遅かった。胃の中からせり出した液体が、町屋の服を汚す。

 観覧車の中を汚すのはまずい、とだけ思考が働いて、俺はそれを飲み込もうとした。でも駄目だった。あとからあとから湧き出すそれは、容赦無く口から溢れる。

「真木!? え、あ」

 慌てる町屋が見え、そこでさらにまずいことに気付いた。視界が歪み始めている。

 あ、と思った時には、俺はもう意識を失っていた。

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