6
町屋との外出はその後も続き、通算五回目のそれは遊園地でだった。
一回目で距離感を測って、二回目でなんとなく互いの理解を深めて、三、四回と重ねることで相手がいることに慣れてきて。そうしてやってきた五回目な訳だから、ちょうど良い場所だったのだろう。遊園地という場は、デートにはあまりにも向き過ぎている。
二人していろんなアトラクションに乗って、叫んだり笑ったりした。食べ歩きをして、写真を撮った。心地良い楽しさが、思考を鈍らせていく。
『それ』は、観覧車でだった。
「ねえ……真木」
夕日を背にした町屋が、これ以上ないくらい緊張した顔でこちらを見ている。それで、俺は彼女が何を言うのかはっきりとわかった。わかってしまった。
「……どうした?」
「もう、わかってると思うけどさ。私、真木のことが好きなの。一年生の時から、ずっと」
「……うん」
「三橋さんと付き合ってるって思ってたから諦めてたんだけど、そうじゃないってわかって……じゃあ伝えなきゃって思って。ずっと怖くて引き延ばしてたんだけど、でも、言うね」
町屋が、息を吸う。
「……真木。好きです。私と付き合ってください」
出来過ぎなくらいだった。こんな完璧なシチュエーションで告白されるなんて、少し前までの俺は想像すらしていなかったことだろう。
だってきっと、瑠香に彼氏ができていなかったら、俺は今も俺か瑠香の部屋でゲームでもしていたはずだ。弾むような会話はないけど、何よりも安心できるあの空間で。
そう思ったら泣きそうになった。町屋は俺の返事を待ってるのに、俺は瑠香のことで泣きそうになってる。町屋に申し訳なくて仕方ない。でも、どうやったって俺には瑠香より大事な人なんてできないって、本当はもうわかってたんだ。わかってて、でも目を逸らそうとしてたのに。
頷けば楽になれることはわかっていたけど、俺にそれはできなかった。こんな気持ちのまま付き合うなんて町屋に失礼すぎる。そしたら本当に、誰も幸せになれない。
「……町屋。ごめん」
「……うん」
逃げるように俯いて言った。視界の端で、町屋が顔に手を近付けるのが見えた。泣いているのだろう。
「……なんとなくね、断られる気はしてたんだ。だって私といるとき、真木、あんまり楽しそうじゃないし」
「そんなことない。楽しかったよ」
「そっか。でも、三橋さんと一緒にいる時ほどではなさそうだったから」
今度は否定できなかった。事実だったからだ。
「ねえ、真木。もう、遊びには誘わないからさ。一個だけお願いしてもいい?」
「……なんだ?」
涙を拭って、町屋が再びこちらを見据えた。一度捉えられてしまえば、その顔から目を逸らすことはできなかった。
心臓の音が早くなるのがわかる。町屋は悟ったかのような美しい表情をしていたけど、何故か嫌な予感がした。
「キス、させて」
そう言って町屋が立ち上がった。これまで町屋の後ろに隠れていた夕日が俺の目に飛び込んできて、無意識に目を細める。何かを言う暇もない。町屋の顔はあまりにも切実で、その切実さに敵う言葉を俺は持ち合わせていなかったのだ。
また、町屋の後ろに夕日が隠れた。観覧車は、頂点に差し掛かっている。
止める間もなく、町屋の顔が近付く。
近付いて、観覧車が、少し揺れる。
脳みそが、ぐらりと、揺れる。
足場がなくなったみたいな居心地悪さが、体全体に広がる。
────ふわりと、鼻を突く香りがして。
………………あ。
いきができない。
「……っぷ」
咄嗟に口元を抑えるが遅かった。胃の中からせり出した液体が、町屋の服を汚す。
観覧車の中を汚すのはまずい、とだけ思考が働いて、俺はそれを飲み込もうとした。でも駄目だった。あとからあとから湧き出すそれは、容赦無く口から溢れる。
「真木!? え、あ」
慌てる町屋が見え、そこでさらにまずいことに気付いた。視界が歪み始めている。
あ、と思った時には、俺はもう意識を失っていた。
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