「町屋と付き合い始めたってマジ?」

 下校途中の道で、赤城はこちらを見ないまま唐突にそう言った。直前までとは全然違う話題だったので、言うタイミングを窺っていたのかもしれない。

 ここ最近は町屋と一緒に帰ったり村田も含めて三人で帰ったりしていたので、こうしてサシで話すのは久しぶりだった。赤城は村田と違って色恋沙汰が好きなタイプではないので、話を振られたことを意外に思いながら答える。

「付き合ってはいない。遊びに行ったりしてるだけ」

「でも、あっちはもうその気なんじゃねえの」

「まあ……多分」

 町屋とはあの映画以来二度遊びに行っている。瑠香と一緒に過ごしていた休日が町屋との時間に成り代わっていくのは感慨深くすらあった。瑠香と町屋の姿は重なりすらしないのに、町屋といるのはそれなりに楽しめる。今だって俺は瑠香と過ごす時間が世界一幸せだと思っているけど、それは町屋との時間を楽しめない理由にはならないのだ。

 そのことが、少しだけ悔しい。瑠香が俺じゃなくて彼氏を選んだように、俺も瑠香じゃなくて町屋との時間を選べる。

「……告白しねえの?」

 少し遠慮気味に赤城が聞いた。

「俺が? なんで?」

「町屋はそれを待ってんだろ」

「……は?」

 俺が首を傾げると、赤城は諭すように言った。

「だからさ、お前から告白して欲しいんだよ。女子ってそういうの好きじゃん。男から言葉が欲しいんだよ」

「なんだよそれ。俺は別に町屋のこと好きじゃないのに」

「……ま、お前はそうだろうなー……」

 呆れたような言い草に納得がいかない。呆れられる理由なんてないだろうに。

「……一応さ、俺はお前のことを心配してるわけよ。瑠香ちゃんに彼氏ができてからずっと元気なくて、そんで町屋と仲良くし始めたから吹っ切って付き合うのかなーと思ったのに、まだ迷ってるみたいだし。お前、どうしたいの?」

 珍しく真面目な表情で赤城が言った。いつも飄々としているけど、そういえばこいつは結構聡い奴なのだ。ここ最近の俺の迷いが伝わっていたのだろう。

「……自分でもわからないんだ。俺はどうしたいんだろ」

「……町屋と付き合う気はあんの?」

「それが正解かと思ったけど、わかんなくなってきてる。町屋はいい奴だけど、彼女にしたいとは全然思わなくて」

「へえ……」

 町屋にはそれなりに好意を持っているけど、それが恋愛感情になるかと言われるとそんなことはない。町屋といる時間は楽しいけど、それだけなら友達のままで十分だ。

「……やっぱお前ってさ、瑠香ちゃんのこと好きなの?」

 それはどういう意図の質問なんだろう。好きかそうでないかなら、当然答えは前者だ。

 でも、この流れで話す『好き』の言葉はそんな意味じゃない。

「……どう見える?」

「そりゃもう大好きって感じだよ。でも、それだけにわからないんだよな。中学の時付き合ってたー、みたいに話した時、お前、嫌そうだったろ? 嘘までついてさ」

「……気付いてたのか」

「あんな顔されて気付かないのは村田ぐらいのもんだよ」

「そうか……」

 そんなに酷い顔をしていたのか。赤城が空気を読めることに、そして村田が鈍感なことに感謝する。

「……俺は、別に瑠香に彼氏ができるのはいいんだ」

 そう切り出すと、赤城が少し目を見開いた。意外だったらしい。

「そんなあからさまに落ち込んでんのに?」

「問題はそこじゃないからな。俺と瑠香が一緒にいられなくなるってのが問題なんだ」

「同じ話じゃねえの?」

「彼氏ができたくらいでこんなことになると思ってなかったんだよ」

 これまで、瑠香が誰かと付き合う可能性を考えなかったわけじゃない。思春期なのだからそういうこともあるに決まっている。でもたとえそうなっても、俺は瑠香が選んだ相手なら何の不満もないと思っていた。

 だって恋人がいたって、瑠香は俺を選ぶと思っていたから。

「それなら、付き合えばいいんじゃないか」

「……え?」

「要するに、瑠香ちゃんが自分じゃなくて彼氏を選んだのが不満なんだろ? 暴論かもしれないけどさ、それならお前が彼氏になっちゃえばいいんだよ。中学の時何があったかは知らないけど、そのくらいはできるだろ」

 わかりやすい話だ。瑠香はただの幼馴染よりも彼氏を優先する。ならその立場さえ乗っ取れば、俺が何よりも優先されることになる。

 多分、俺が告白したら、瑠香は彼氏と別れて俺と付き合ってくれるだろう。そう自惚れられるくらいには、俺は瑠香からの好意を感じている。

 でも。

「……俺の愛の形はそれじゃない」

 俺の瑠香への愛の形は、恋人になることじゃない。そんなことしなくても、例えば勉強を教えてやったり愚痴を聞いてやったり、そういう些細なことだって愛を表す形になるはずだ。

 俺はそれでいい。それがいい。

「なんだそれ。突然ポエミーだな」

「そうとしか言えないんだ」

「そうは言ってもなー……」

 赤城のアドバイスはもっともだったけど、俺にそれは選べない。

 ──だって私と正ちゃんは、恋人にはなれないんだから。

 瑠香の傷付いた顔が脳裏に浮かぶ。あの言葉は正しい。俺と瑠香は恋人になれない。もう既に、

「……はあ。ま、最終的に決めるのはお前だから、あんまりぐちぐちは言わないけどさ。後悔しない選択にしとけよ。恋愛って、結局は自分のためのものなんだし。なりふり構わなくなっていいから、ちゃんと突き通せ」

 そう言う赤城の顔があまりに真剣なので、少し驚く。こいつは、こんなアドバイスをする奴だったか。

「……赤城って、もしかして彼女いる?」

「なんだよ突然」

「なんか、慣れた言い方だなと思って」

「……まあ、恋人はいるけど。村田には内緒な?」

「ああ。あいつに言うと面倒そうだ」

「違いない」

 赤城と一緒に少し笑って、会話は別の話題に移った。これ以上続けられても困るので一安心する。

 心配してくれた赤城には悪いけど、結局のところ俺に選択肢はないのだ。瑠香はもう俺から離れてしまっていて、俺は町屋との時間に慣れ始めている。瑠香と一緒にいられないことは耐えきれないから、せめてこれ以上苦しみたくない。それなら、このまま何もかも忘れて流れに身を任せるのが一番楽に決まっている。

 そうやって納得するのが良い。だって俺たちは、もう高校生なんだから。子どもみたいな独占欲は捨てるべきだ。

 いつかの瑠香の顔が頭に浮かんだ。泣きすぎて赤く腫らした目を細めて、こちらへ微笑む彼女。今より幼くて、庇護したくなってしまう愛しいひと。

 もうそんな瑠香はどこにもいない。

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