第二十五話 裏切りは蜜の味がする-7

「……俺は、死んだのか?」


 上も下もわからない暗闇の底でハサミは目を覚ました。

 次の瞬間、ハサミの周囲の景色が移り変わり、ハサミはとある民家の一室にいた。


「ここは……俺が五年前に住んでいたマンションだ……」


 ハサミが部屋の壁に掛けられていたカレンダーの日付を見ると、その日は彼の誕生日である十二月二十四日だった。


「俺の誕生日……それにこの年は姉さんが亡くなった……」


 ハサミは開いていたドアから部屋を飛び出して玄関に目を向ける。


『オレサマガ、キョウカラオマエノ『アニキ』ダ』


 玄関には突っ立っているフモウと野球帽を抱きしめて泣いている幼いハサミがいた。


「やっぱり……これはあの日の記憶だ。これは明晰夢なのか?」


 現在のハサミが頭の中で状況を整理していると、過去のハサミは涙に濡れた顔を上げた。


『ソウダ。オトコナノダカラツヨクイキルンダ。トイウカ、オマエガナキナガラダキツイタセイデ、オレサマハナミダトハナミズマミレダ』

「……ちゃんと洗濯はするよ」


 過去のハサミはぐしゃぐしゃになった野球帽を頭に被せる。


「ハサミ、すまないが私はこれからWIGに戻ってやらなければならないことがある。また今度訪ねよう」


 フモウはそう言ってハサミの家から去っていった。


「……俺は独りぼっちなんだ」


 過去のハサミが悲しそうに呟く。


『チガウ。コレカラハオレサマガイッショダ。オレサマヲアタマニカブセテミロ』


 過去のハサミは怪訝な様子で野球帽を被る。

 すると、少年のハサミの心に淀んでいた悲しい気持ちが徐々に和らいでいった。


「なんだろう、心がすっきりしていく……」

『オレサマノチカラダ。オレサマガオマエノツライキモチヲモライウケル。オレサマヲカブッテイレバ、オマエノココロハコワレナイ。……オレサマモムカシハコドクダッタ。ダカラ、オマエノカナシミハリカイデキル』

「ありがとう。お前、名前はなんていうんだ?」

『オレサマニナマエハナイ。コレマデヒツヨウガナカッタ』

「そうか。じゃあ、傾狼って名前はどうだ?」

『カブ……ロウ……?』

「被られる狼って名前だよ。独りぼっち同士の俺たちは仲間だ」

『イイダロウ。オレサマノナハ、カブロウ、ダ。シカシ、オレサマノコトハアニキトヨベ』

「わかったよ、アニキ」


 過去のハサミが呟くと、周囲の景色が綻び始めていく。


「ああ、思い出した。俺とアニキはこうして出会ったんだ」


 崩壊する世界の中で現在のハサミは右手の拳を強く握る。


「帰らなきゃ。俺はもう一度アニキを頭に被せて、運命に叛逆するんだ。この世界の運命を司る神様がいるならば、俺は神様に下克上してやる!」


 ハサミが強く願った直後、暗闇に飲まれた世界の端から光が流れ込んできた。

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