第二十二話 裏切りは蜜の味がする-4
「右左原ハサミちゃん、あなたは強かな子ね」
「勘違いするな。あくまで一時的な共闘だ。ここから出たら、真っ先にお前を逮捕して、知っていることを全て吐いてもらう」
「良いわよ。だけど、ハサミちゃんはそんな性格だと、いつか心に付け込まれるわよ」
ブレイドの三つ編みが蛇の頭になって、口からチラチラと舌を出す。
「共闘するのなら、情報の共有はするべきだろう」
「そうね。アタシのEXスタイルは【ツイストゴルゴーン】。三つ編みを蛇に変化させられるわ」
ブレイドがそう言うと、三つ編みの蛇が液体を吐き出す。
蛇が吐き出した液体は床の書類に零れ落ちると、焼けるような音を立てて書類が灰色の石のようになってしまう。
「戦闘能力としては、こうして毒液を吐いて生き物を少しの間だけ石化させることが出来るわ。その他には熱や匂いで周囲にあるものを探知するくらいよ。正直、戦闘面は他の幹部に比べて圧倒的に地味だからあまり期待はしないでほしいのだけどね」
『地味って……さらっとえげつない説明を聞かされた気がするんだが』
三つ編みの蛇が急に窓の外に顔を向ける。
「来たわね。あのライオンよ」
ハサミたちが耳を澄ませると微かに草木を掻き分ける音とライオンの唸り声が聞こえてくる。
「ブレイド、ライオンの正確な位置はわかるか?」
「恐らく、この部屋の近くね。割れた窓から屋内に入って来たみたいだわ」
「だったら入れ替わりで外に出よう。フモウとブレイドが先に行ってくれ」
ハサミに言われて、フモウとブレイドは研究施設の窓から外に逃げる。
ハサミは二人に続いて研究施設から抜け出そうと窓の桟に足を掛ける。
その時、三つ編みの蛇が舌で傾狼の鍔をくすぐる。
『ふあ……ふあ……ふあっくしょん!』
傾狼がテレパシーで大音量のくしゃみを周囲に響かせる。
気づくとライオンがくしゃみを聞きつけてハサミたちに迫ってきていた。
『………………………すまん』
「逃げるぞ。今すぐ逃げるぞ」
ライオンがハサミたちの姿を発見すると同時にハサミたちは一目散に駆け出した。
「グルルルッ、グオオオッ!」
ライオンはあっという間に三人に追いつき、ハサミに飛び掛かる。
ハサミはライオンに押し倒され、首に噛みつかれそうになるが、間一髪でフモウが剃刀を振り回してライオンを追い払う。
「アニキはどうして帽子のくせにくしゃみするんだ……」
『悪かった。本当に悪かった』
「今は責任の追及なんてしている場合じゃないわよ! こうなったら三人で取り囲んでこの猫ちゃんを倒しちゃいましょう!」
ブレイドの指示に従ってハサミとフモウは三方向からライオンを包囲する。
ライオンは吠えて鬣の先端を鋭い刃に変え、刃を振り回して木々を切り倒す。
「ハサミちゃん、少しだけ時間を稼いで!」
「アニキ、シールドフォームだ」
『アイアイサー!』
三度笠を展開したハサミはライオンの鬣を受け止める。
その隙にブレイドが三つ編みから毒液を発射して、ライオンの脚の一つを石化させる。
「最後はフモウちゃん、あなたが止めを刺すのよ!」
「テロリストが私に指図をするなあああっ!」
フモウがライオンの腹に剃刀を叩きつける。
「グガッ、グガアアアアアアッ!」
ライオンは悲鳴を上げて倒される。
ハサミとフモウは一息吐いてその場に座り込む。
「何をゆったりしているの。さっさとここから出ちゃうわよ」
「ふん。ほんの一瞬休憩をしていただけだ。……だが、貴様の指示は見事だった」
フモウは照れ臭そうにブレイドから顔を背けて立ち上がる。
「ハサミちゃん、あなたは自分の気持ちを殺し過ぎているわ」
ハサミもフモウに続いて立ち上がるが、ブレイドにそう言われて足を止める。
「今、ハサミちゃんの心の中には燃え盛る炎のような激情とそれを抑えつけようとする理性が存在していて、その二つはせめぎ合ってバランスを保っているわ。けれど、かなり危うい状態よ。普段はその帽子ちゃんが激情の部分を代弁して肩代わりしてくれているみたいだけど、無理に抑え込もうとすれば気持ちが溢れ出して暴走してしまうわ」
「…………そんなこと、わかっているさ」
ハサミは傾狼の鍔で表情を隠すが、口元だけは隠しきれず、唇は強く噛み締められていた。
「おーい! 貴様らも登ってこい!」
フモウが木の上から手を振って二人に呼びかける。
ハサミたちは木を登って動植物園の天井に上がる。
「よく働いてくれたね、二人共」
次の瞬間、ハサミたちの頭上から眩い光が差し込む。
空に浮かぶヘリのスポットライトがハサミたちを照らし、多数の武装警官が銃を構える。
警官たちを指揮していたのは桂だった。
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