第十五話 百戦錬磨の悪鬼が如く-5

「結局、ラセン・スパイラルは取り逃してしまったか……」


 洪水から逃げるように這い出てきたテロリストたちを警察が捕まえる様子を見ながら、ハサミは悔しそうな様子で呟いた。


『まあ、これで地下鉄を占拠していたテロリスト共はいなくなったんだ。結果としては上々だろ』

「俺は風邪を引きそうなんだが……」


 ハサミは警察の用意した焚火の近くに寄って濡れた服を乾かしていた。

 ハサミの周囲には野次馬のホームレスたちが集まっており、若干混雑している。


『それにしても、この件の手柄が俺様たちじゃなくて警察のものってのが納得いかねえな』

「これで良いんだよ。結果として俺は戦闘で地下鉄を浸水させた訳だから、責任を問われるかもしない」


 その瞬間、ハサミの傍を一人の男が通り過ぎる。


「…………ん? なんだろう、このカード」


 ハサミのズボンのポケットにいつの間にか黒いカードが入れられていた。

 カードの裏側には次のようなメッセージが書かれていた。


「右左原ハサミ様、スカルプリズン自然史博物館であなたをお待ちしております」


          × × ×


 スカルプリズン自然史博物館。

 地下鉄浸水事件から数日後の真夜中、ハサミと傾狼は博物館の玄関に立つ。


『COMBめ! わざわざ俺様たちを拠点に呼びつけるなんていい度胸じゃねえか!』

「どんな考えがあるのか知らないけど、俺を呼び出したことは後悔させてやる」


 ハサミと傾狼は罠を警戒しつつ、博物館の中に足を踏み入れる。

 博物館の中は荒らされた様子などなく、見張りも誰一人いなかった。


「罠らしきものは見当たらない。それどころか誰もいない。一体全体どうなってやがるんだ」


 ハサミは博物館を散策するが、どこに行ってもテロリストが潜んでいるような気配はなかった。


「困ったな。この博物館は東京ドーム三つ分の広さがあるのに、これではいつまで経ってもCOMBの痕跡を見つけることすら出来ない」

『おいハサミ、俺様の憑依能力を忘れていないか?』

「…………あー、その手があったか」


 ハサミは隣にあったモアイ像のオブジェに目をつける。


『どうせなら帽子を被っていない右から三列目の像がいいぜ!』

「さいですか」


 ハサミは気の抜けた返事をして、モアイ像の頭の上に傾狼を載せる。


「ガハハハハハッ!」


 突如、モアイ像が大声で笑いだした。


「アニキ、声が大きい」

「す、すまん。久しぶりに声を出せるものに憑依出来たからつい……」

「ところで、記憶抽出の方はどうだ?」

「この石像に宿った記憶からCOMBの行方を調べればいいんだろ? もうわかったぜ!COMBの連中はこの廊下の突き当りにある展示ケースの隠し扉から博物館の裏に行ったようだ!」

「ありがとう。突き当りの展示ケース……これか?」


 ハサミがポールで囲まれた展示ケースを押すと、下へと続く階段が発見される。


「こんな場所に秘密の抜け道? なんだかきな臭い博物館だな」

『まあ、そんなことよりも今はCOMBだ。降りてみようぜ』


 ハサミは傾狼を被り、階段を一段ずつ降りていく。


「……よく考えたら、アニキの能力ってとんでもないよな。被った相手の身体を操ったり、記憶を読み取ったりするなんて普通の帽子には不可能だ」

『そもそも帽子は喋らないぜ!』


 ハサミが階段を下り終わると、そこは明かりのない倉庫のような場所だった。


「ここは……」


「ようやく辿り着きましたね、右左原ハサミ! 待ちくたびれましたよ!」


 倉庫の天井から吊るされていた照明の一つが点灯し、青い髪の青年が登場する。

 同時にCOMBの下っ端たちがハサミの逃げ道を塞ぐように銃を持って背後に立つ。


『お前は誰だ!』

「私はCOMB幹部の一人にして青髪の貴公子、ローゲン・ストレート!」

 ローゲンと名乗る青年は髪が膝に届きそうな程に長く、黒のタキシードを着用していた。

「俺を呼びつけたのはお前か」

「そうです! 君ならば私の居場所を突き止めてくれると思っていました!」

『何が目的だ!』

「私の目的? それは君にこの街の真実を知ってもらうことです!」

「真実?」


 ハサミは怪訝な表情でローゲンを睨む。


「ええ、WIGの知られざる実態です! 君の所属するWIGという組織は悪の秘密結社だったのですよ!」

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