第三話 宿命が彼の名を呼んだなら-3

「右左原ハサミ、ただいま戻りました」


 断髪式のオフィスに帰って来たハサミは同僚から白い目で見られながら自分の席に着く。

 断髪式の隊員はハサミを除く全員が頭を丸めており、白い詰襟制服を着ているため、髪を伸ばして制服をバンカラ風に改造しているハサミは完全に周囲から浮いていた。

 隊員たちはハサミと目を合わせないように事務作業やトレーニングに励んでいる。


『全く、今日一番の功労者はハサミだってのに冷てえ奴らだな』


 傾狼は愚痴をこぼすが、誰も傾狼の言葉を聞いてはいなかった。


「右左原ハサミはいるか?」


 その時、オフィスに浅黒い肌の大男が入って来る。

 大男は断髪式の制服を着ており、年齢は三十代半ば程度。

 彼は頭をスキンヘッドにしており、彼の身体は髭や眉毛、産毛の一本に至るまで全て脱毛されているという非常に特徴的な外見の人物だった。


「……フモウ、俺を呼んだのか?」


 ハサミが椅子から立ち上がるとフモウは険しい表情でハサミの胸倉を掴む。


「こっちに来い。話がある」


 フモウはハサミの胸倉を掴んだまま、彼を連れてオフィスから出ていった。

 廊下をずかずかと歩きながらフモウはハサミと話をする。


「今回の作戦について、言い訳を聞かせてもらおうか」

「言い訳ってなんだよ」

「とぼけるなァ! 貴様、また私の命令を無視して独断で敵地に突入しただろう!」

「お前の待機命令には納得出来なかった」

「それは貴様が勝手な行動ばかりするからだろう! 毎度毎度貴様の独断行動の後処理をするために私がどれほど苦労して作戦を立て直していると思っている!」

『お前の上司の説教は長くなるから勘弁して欲しいんだがな』

「アニキ、今の台詞には同意するよ。俺もフモウのこういうところは嫌いなんだ」

「む? 貴様、また帽子と話しているのか?」


 フモウは顔をしかめてハサミの被っている学生帽に視線を向ける。


「軽々しく帽子と話している姿を外で晒すな。事情を知らない人間から見れば貴様は頭のおかしい子供にしか見えないのだからな」


「頭がおかしいって……」

「ふんっ! ただでさえエクステンドは頭のおかしい奴らばかりなのだ! 私の断髪式でそんな頭がおかしい奴が更に頭のおかしい行動をしていると世間に知られたくはない!」

『この男、相変わらずエクステンドを心底嫌っているみたいだな』

「俺のことも憎きエクステンドの一人としか思っていないんだろう」

「当然だ! 貴様は上層部から直々に預けられたから仕方なく副隊長を任せているだけで本来ならば貴様のような命令違反常習犯はとっくの昔に解雇していてもおかしくはない!」

「それはそうと、お前は俺をどこに連れていく気なんだ。いい加減降ろしてくれないか?」


 フモウは未だにハサミの胸倉を掴んだ状態でエレベーターに乗り込んだ。


「副長官がお呼びだ。貴様を連れ出した本当の理由でもある」

かつらが俺を呼んだのか? 一体どうして……」

「用件は私にもわからん。ただ、くれぐれも粗相はしないでくれ」


 ハサミとフモウを乗せたエレベーターは上に向かって進み始める。

 ガラス張りのエレベーターからは大規模な都市の風景が一望出来た。

 ハサミがいる街の名はスカルプリズン。

 ロサンゼルス沖の埋め立てにより生まれた人工島であり、老若男女百万人の人々が暮らしている通称「第二のマンハッタン」。

 この街にはエクステンドと呼ばれる異能力者たちを保護する国際機関WIGの本部があり、人口の八割はエクステンドが占めている。

 エクスエンドは頭髪を操る異能略者の総称であり、五十年前の大みそかに日本で存在を確認されてから、世界中で爆発的に増え始めた。

 しかし、エクステンドの総数はまだ世界人口と比較しても少なく、現代に至るまで、差別の対象とされることもよくある話だった。

 WIGは虐げられるエクステンドの保護とエクステンドの持つ特異体質EXスタイルの研究と発展を掲げてスカルプリズンという都市を開発する。

 スカルプリズンは四方を高く厚い壁に囲まれ、核兵器にも耐えられる理想郷として今日まで発展を続けて来た。

 しかし、近年になってその理想郷に問題が降りかかる。

 街の中でエクステンドがEXスタイルを用いて犯罪行為に手を染め、凶悪なテロ活動を行うエクステンドたちの指導者が現れた。

 その名はカミキリ。

 カミキリの率いるテロ組織COMBはWIGの壊滅を目論み、スカルプリズンの各地で悪事を働いている。


「目的の階に着いたな」


 フモウはハサミから手を放す。

 二人がエレベーターを降りると、そこはWIGの本部ラプンツェルタワーの地上百階にある展望室だった。


東郷寺桂とうごうじかつら副長官、右左原ハサミをお連れしました」


 展望室には長い銀色の髪を持つ容姿の美しい青年がたった一人だけ立っていた。

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