第27話 降ってきた少女

「修くーん、少し休憩しようか」

「鉄っさん了解」


ミノルの穴埋めとして、俺は久しぶり?の現場にいた。 他にも2人ほど休みが重なってしまい、今日は人手が足りないってゆーことで手伝いに来たわけだが、やっぱり現場はいいね。


「はい、ブラック」

「サンキュー鉄っさん」


鉄っさんは甘めのオリジナルコーヒーを開けて一口。しばらくして、ポケットからタバコを取り出して火を付けた


「ふー…。なあ、ちょっといいかい?」

「んー?」

タバコを吹かし、思い詰めた顔をしている。鉄っさんらしくないな…悩み事か?


「修くんは…いや、修くんは分かる。うん、そうだよね、うん。」

鉄っさんは1人で『うん・うん』と何かを納得している。


「何のことだよ?」

自己完結したら分かんないぞ鉄っさん


「ミノルくんだよね。問題なのは…」

「ミノル? アイツが何かしたのかい?」

何かした…というより、最近しっぱなしで、どれの事かさっぱり分からん


「彼女が、、、彼女が2人もいるじゃない?」

「あー。その話か」

オヤジから伝わったのだろう


「なんで俺にはいないのかなーって」

「……」

「ちょっと聞いてる?」

「聞いてるよ」

「なんでだろーね? 自分で言うのも何だけど、そこそこイケてるとは思うんだ」


確かに鉄っさんはカッコいい。チャラいミノルよりも断然上だ。

それにシブさがある。ならどうしてモテないのか不思議だな…たしかに。

異性の絡むイベントがなかったのか? それとも運とタイミングが悪いのか…


「今まで彼女は?」

「何度もあるよ。でもね?付き合って直ぐに相手から別れる!って言われるんだよ」

タバコを吹かしながら寂しそうに語る。

短い期間でも彼女はいたんだ


でも、何故だ? 鉄っさんはマメだし、優しい人だ。釣った魚に餌をあげないタイプじゃなければ、キレて手をあげる…ようにも思えない。

間違ってもミノルみたいに阿呆ではない、とても真面目な人だ。


「ごめん。鉄っさんが、基本フラれるってゆー流れが想像できん」

マジで分からん。女性に問題があんのかな?

俺が不思議に思っていると、鉄っさんが自分のリュックを漁り始めた


「あった。これこれ…」

鉄っさんが一冊の本を取り出した

真っ黒い分厚い本だ。そして赤い文字で

『永久保存版 紐・極』と書いてあった


「紐?ロープ?? 鉄っさん、この本がどーかしたのか?」

職人は、意外な所に拘りを持つものだ。


例えばハンマー。木槌から金槌、金槌の中には銅や真鍮、スチール製と様々あり、マニアは使いもしないのに揃えちゃうんだよな。

ふーん。鉄っさんはロープマニアか。

いや、職人だからただのマニアではないな。職人のこだわりというやつだ


「俺の趣味なんだよね」

「へー。でも、この趣味となんの関係があ…」

俺は本を開いて言葉を失う


「何だよこれ! エロ本じゃん」

女の子が紐で縛られて…

ペラペラとページをめくる


は?君の縄?…どーゆーこと?!

ああ、マイロープですか。そうですか。

ちょっと食い込みが激しくないですかね?

え?激しいのが良いの? そんなもんなんですねー…俺にはよく分からないや


「どう思う?」

「変態だな」

「厳しいね」

「普通だよ」

『はー…やっぱりかー』とため息を吐く鉄っさん


「まさかとは思うけど?」

「そのまさかなんだよねー」

そりゃ相手が別れるって言い出すわ!


「ねー。ドコかに俺の趣味を理解してくれる女の子、いないかな?」

「いないんじゃねーかなー」

探せばドコかにいるんだろうが、

その都度『紐で縛られる趣味ある?』って聞くのか? それは現実的じゃない


「鉄っさんの趣味は封印だろ。はいコレ」

「うん。…封印かー。そうなっちゃうよね、やっぱり」

俺から返却された"紐・極"をペラペラ巡りながらため息を吐く。

いや、そんな顔しても無理だから!


「まあ…。もし、もしだけど。趣味を理解してくれる女の子がいれば紹介するよ」

いたら…の話しだけどな


「?! 約束だよ!」

「それは難しいな」

「よし! 修くんに任せたっ」

「ちょっ?!」


『彼女の件は安心だね』と喜ぶ鉄っさん。

今更やっぱ無理だったというのは気が引ける。

…アキラ先輩に相談してみるか。

先輩なら仕事柄、そっち方面の方々を知っているだろうし、伝手があるかもな


「あんな場所で何をしてるのかな?」

「何のこと?」

俺がアキラ先輩にどーやって相談しようかと悩んでたら、鉄っさんが呟いた。

最初、鉄っさんの言葉は意味が分からなかったが

「修くん、上だよ上」

目の前の五階建てを見上げる鉄っさんにつられて、俺も見上げた


「女の子?」

「パンツ見えるよね」

「…目がいいな。眼鏡掛けてるのに…」

「5.0あるからね。これレンズ入ってないし」

「無駄過ぎないか?」

あんた日本に住んでてその視力はないだろ


「無駄じゃないよ? ほら、あの子パンツ濡れてるし」

『きっと怖くて、ちびったんだろーね』と呟いて、タバコを缶の中に突っ込んだ


「そんな情報はいらん」

「そう? あ、飛んだよ」

?!

「 ばっか!」

あ、飛んだよじゃねーよ!飛び降りたんだよっ


「キャッチは…いや、俺が登る方がいいか」

最初、地上で受け止めることを考えていたが、受け損ねたら女の子が怪我をすると気付きやめた。

幸い直ぐ目の前のビルだ。途中まで俺の方から行くのが正解ルートだろう

俺はビルを垂直に駆け上り、二階あたりの所で女の子を抱き留めた


"ズンッ"


「痛え!足が痺れるっ」

着地姿勢を取れずに地面に降りる。2人分が俺の足にのし掛かった


「大丈夫?」

「ああ。なんとか」

「なんとかって…。やっぱり化け物だよね修くん」

「人よりちょっと動けるだけだよ鉄っさん」

「普通はね、ビルを垂直に登れないんだよ修くん」

そうなんか?ヤル気の問題だと思うがな。


「私死んじゃった?」

恐る恐る目を開ける女の子。気絶していなかったのか。


「いーや、元気に生きてるぞ」

自殺しようとしたんだろーが、俺の目の前でできる筈がない。阻止するからな


「あっ?! 勇者さま❤︎」

「違うな」

「ここは異世界ですね?」

「地球だよ」

「私を世界から守ってください」

抱きしめられた腕に力が入る

この子全然話しを聞かないし、ちょっとアレな感じがする


「修くん、大丈夫だった?」

「ああ、全然大丈夫だ」

俺たちの所に鉄っさんが走ってくる


「従者の方ですね?」

「会社の先輩だ」

と言っても自分の事務所をもったので、元・会社の先輩か。

「いつも私の勇者さまがお世話になっています」

俺の腕の中から鉄っさんに向かって挨拶


「…なあ、修くん。ちょっとヤバくない?」

顔が引きつっている鉄っさん

ちょっとどころか、かなりヤバい匂いがするんだけど


「キミはなんで自殺しようとした?」

本当は精神が参ってる人に、ズバッと聞いてはいけないらしいが…

「自殺?」

「いま飛び降りたじゃないか」

「私は自殺なんてしません」

「ならどうして?」

五階建ての屋上から飛び降りたんだぞ? 自殺じゃ無くてなんなんだよ


「あっちでお父さんとお母さんが待っているから」

「……」

病んでる。この子はかなり病んでる…


「修くん、ちょっといいかな?」

「……」

「修くん!」

「あ、ああ。鉄っさん、悪い」

「学校か自宅に連れて行ったほうがよくない?」

「そうだな…」

この子は俺じゃ手に負えない。

見たところ市内の名門中学校、聖鈴中学の制服をきている。車なら全然たいした距離じゃないな

「あとは俺がやっとくから、修くんは彼女を送ってあげて」

「分かった。そうするよ。鉄っさん、あとお願い」



俺は女の子を乗せて聖鈴中学校へ車を走らせた



〜〜〜



「で、連れて来たのですか」

「そうなんだよ。この子、学校嫌がってさ。仕方ねーから事務所に連れて来た」

沙織が呆れた顔をするのも分かる


車で移動中はニコニコしていたのに、いざ学校が見えると『行かない!』と嫌がった。自宅も同様で、警察は "俺が" 気が引けて行かなかった。

当てがココしかなかったし、沙織たちがいるので何とかなるかも?という思いもあったのは否定できないが。


「みなさんは勇者さまのPTの方々ですか?」

「PT?」

「魔王を倒すのが使命ですよね」

「「……」」

「シュウ…。また変な子を拾ったわね」

そう言ってもなフーコ。拾ったんじゃない、空から降ってきたんだよ…

「この子、実はな…

……

…って、どうやら頭ん中ファンタジーみたいなんだよ」

とりあえず経緯をみんなに話した


「何と言えば…」

「かなり変わってますわね」

「中学生特有の病気ですかね?」

「真凜、病気とは何でしょう?」

当然の反応だな


『おそらく過去に酷い事件・事故に遭遇した、または重度のストレスから心が病んだのではないでしょうか?』

「ストレスでもなんの?」

アイの言ったことは途中まで分かるが、ストレスぐらいでなるか?


『まだ中学生ですよ?』

「そーだな。ならないというより、なるかもと考える方が妥当か」

そうだった。この子は中学生だ。俺たちの"今"の視点で考えてはならないな


『聞いてみては?』

「大丈夫なんか?」

『核心を避ければ大丈夫かと。ですが、核心もキングの話術ならあるいは…』

「俺にそんな高度な話術はないぞ」


フーコたちと喋っているあの子を見る

こうやって眺めていると、どこにでもいる普通の女の子だな。たぶん会話は成り立ってないんだろうが…


しかし "心" か…

こればっかりはオイルも役に立たないぞ


どうするかなあ

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