第16話 警察署に行こう

「……うん。デブが吊るされてるな」

公園の木々がある一郭の、奥に一際大きな木がある。その大木を見上げればデブが吊るされていた


「た…たしゅけ…て」

紙袋を被せられているから表情は分からないが、まず泣いているだろう

擦れている声から、かなり衰弱しているのが分かる。デブは衰弱し難いって聞いたことがあるが…違うようだな


「デブ。吊るされた豚肉の気持ちが分かるか?」

「?!」

ビクっと脂肪の塊が動く

月光仮面の…オヤジの声に反応した。ココに来るまで歩きながら話を聞いたが、どうやらデブは昨夜のことをある程度は覚えているようだ


「オヤジ、精肉店もこんな脂の塊は欲しがらんて」

「だろうな。デブ、貴様が真犯人だと聞いたが…間違いないな?」

オヤジがドスの効いた声で話した


"ジョババババー"


「デブ、何漏らしとるんじゃ!」

顔に(たぶん…いや、間違いなく)かかったオヤジがキレて、木の枝でデブをしばく

「い、痛いっ!」

「痛えじゃないだろう? 豚は言葉を話すなよ」

…キレてんなオヤジ


「ブヒィ!」

「そう、それが正解だ」

満足するオヤジ。濡れた顔を服の袖でしきりに拭いている


「…なぜ私をストーカーしたんですかっ」

今まで無言だった里美さんが口を開いた


「ブヒィ…」

「貴様っ! 里美さんの問いにちゃんと答えんか!」

激おこ中のオヤジが枝で何度も叩く

色白の皮膚が裂け血が出始めた


「オヤジ…、さっき豚は言葉を話すなっていったじゃん…」

「オサムよ。今は人間タイムだ」

何?!その人間タイムって


「里美が優しく…

"バシッ"

「呼び捨てか?」

「…里美さんが僕に優しくしてくれたから…

  …それで好きになりました。だから…」

「はんっ。自分に都合の良い言い訳だな」

厳しいなオヤジ。ストーカーは兎も角、好きになる時ってそんなもんじゃねーか?


「言い訳じゃないですっ! 僕は真剣に…

「真剣だと? それなら何故殴った?しかも女性の顔を…だ。しかも強姦未遂までしやがって」

「オヤジ! それ本当か?!」

それは初耳だ


「…すまん里美さん。うっかりしとった…」

オヤジが謝る

「いいえ、いいんです。いずれは分かる事ですから…」

里美さんのなんとも言えない表情が心をうつ


「…オヤジ、代われ」

オヤジの肩を掴む

「?! 待てオサム!殺すなよっ」

振り返って俺を見たオヤジが、青ざめた顔で慌てた


「殺す? あぁ…価値の無い豚は殺してもいいか…」

「ブ、ブヒィー?!」

"ブリブリブリブリ…"

大きな方も漏らした豚。2人はドン引きした


「害獣だもんな。人を恐れて漏らしても仕方ないよな」

ポキポキと指を鳴らし威圧を掛ける


「待てオサム! コイツを殺す価値はない。それよりもサツに突き出して、ミノルを釈放させんと」

俺を背後から羽交い締めしてオヤジが言った

…確かにミノルが無実なら、早く出してやらんとかわいそうか


「分かったよオヤジ。…デブ、今から下ろしてやるが…

人として死ぬか、豚として死ぬか選べ!」


「オサム…」

「どっちを選んでも死ぬんですよね?」

「ブヒィー?!」


「そうか。豚として死ぬか」

人は諦めたか。そっかー、豚がいいのかー

公園の一郭が屠殺場になっちゃうなあ


「待て待て待て!里美さん、オサムを掴まえて!」

「は、はいっ」

里美さんが俺を掴まえて離さない


「里美さん?離してくれないと処分出来ないんだけど?」

「ダメですっ。離しません!」

里美さんの抵抗にあい、その隙にデブがオヤジに救助された


「殺し損ねたか…チッ」

正座をしている豚をひと睨みする

「ブヒィィ…」

「とりあえずサツに根回ししとく…か」

オヤジはそう言うと、スマホを取り出して電話をかけた


「ああ俺だ。田原、昨日の…



〜〜〜



「修さん、なぜ村田さんはまた白タイツ姿に?」

俺と里美さんは、俺が運転する車に乗って、前を爆速するハーレー(サイドカー付き)を眺める

知らねーよ。こっちが聞きたいぐらいだ


「オヤジのこだわり?じゃないかなあ…」

拘りだとしたら嫌なこだわりだ


「そうですか…。サイドカーの豚さん…チャーシューになってますね…」

「……」

チャーシューの縛り方ではない。断じて違う


一度会社に戻った時、豚を縛ろうという話になって…オヤジが参考書(エロ本)をどっからか(鉄っさんのロッカー)から持って来て、試行錯誤の末に立派な亀甲縛りになった


「赤い紐というのが曲者だな」

「えっ?何かいいました?」

「いや、なんも」


サイドカーの両側にそれぞれ左右の足が出ている

豚のM字開脚か…。対向車の人は驚くだろうなあ

白タイツの月光仮面はそんな事もお構い無しに爆速して行く…最悪だ。


「関係者と思われたくないな」

「どうしてです?私たちは良い事をしてるんですよ?」

…里美さん、ちょいと人とは感性が違うような…


〜〜〜



警察署が見えてきた


この町の警察署はデカい。犯罪・事件や事故などが多いという理由からかもしれないな


「ん?にしても多過ぎじゃないか?」

警察官が署の前にズラリと並んでいる

「あっ?! あの人たち、かなり階級が上の人たちですよ」

「本当だ」

階級章がたくさんついてるな


向こう側も俺たち、特に月光仮面を見つけてザワザワしているのが分かる

「…この中に入るのか…。豚の引き渡しが大事になってるな」

後ろめたさは無いが、警察官…それも上の階級の方々に囲まれるのは良い気がしない


と思っていたら急にオヤジがフルブレーキをかけた

「あ、あっぶねー」

車間距離はそれなりに開けて走ってたから、追突は避けられた

「豚がっ!」

助席の里美さんが叫んだ


「…サイドカーだけが爽快に走ってるな」

オヤジはサイドカーに何か細工をしていたようだ。ハーレーも俺の車も止まっているのに、豚が乗ったサイドカーだけが玄関に突っ込んで行く


「デブっ、ストライクだぞ、ストライク!」

オヤジが何か叫んでいるが良く聞こえない

「ブヒィィィィィ…」

豚の悲鳴だけが聞こえ、遠ざかっていく


「あっ! 曲がった」

「サイドカーはハンドルないからね…」

豚は大勢の警察官が待つ玄関を直前で曲がってしまう

「それたか…」

オヤジがまた何か言ったが聞こえなかった


"ガッシャーン"


「うわぁ…花壇めちゃくちゃだな」

「せっかく綺麗な花が咲いていたのに…」

サイドカーは花壇の枠、レンガに当たり木っ端微塵に。豚は花を薙ぎ倒すも何かそれらしいオブジェになっていた



〜〜〜



「村田、久しぶりだな」

「よう、元気…だな」

「何年ぶりだ?」

月光仮面に警察官が群がる


「お前たちも元気そうで何よりだ」

オヤジは群がったおっさんたちを見渡しながら頷く

「村田、例の奴は…アレか?」

オヤジが電話して話をしていた相手、田原という警察官が花壇を見ながら言った


「おう田原。アレが真犯人だ」

覆面をしているからオヤジの表情は分からないが…雰囲気から結構満足している気がする


「村田、それにしても月光か。カッコいいじゃねーか」

「だな。儂等の世代じゃヒーローと言えば月光仮面だな」

「ほんまもんのヒーローか。羨ましいな村田」

口々にオヤジを褒める?羨ましがる?おっさんたち

オヤジも満更ではなさそうだ


「お前たち、こんなチンケな署で集まりか?」

…オヤジ?! 決してチンケな署じゃねーぞ


「ああ、本庁で会議があってなあ。ちょうど集まってたんだが…田原が『月光仮面が現れるぞ』って言うんで、ココに皆して来たんだよ」

本庁? この人たちはトップの方々じゃないのだろうか…


「そうか。期待に添えたか?」

「「「もちろん!」」」

ヒーローに興奮気味のおっさんたち


「だが、村田。両腰…寂しくないか?」

「……分かるか?」

両腰?…両腰…?!まさかっ!


「おい署長、アレを」

「はっ」

明智さん、署長になったんか。昔かなり世話になったなあ…。あの頃は課長だったっけ?出世したんだ

……

「ちょっと待った、明智さんっ!」


物凄く嫌な予感がする


「家礼君か、久しぶり。…じゃなくて、月光仮面さんコレを…」

明智さんがオヤジに黒光りする、とっても危険なブツを手渡した


「何やってんだよ!明智さんっ」

「家礼君、縦社会じゃNOは言えないんだよ…」

そうじゃないだろ!あんた警官だよね?民間人に銃を渡すとか…正気か?!


「うーむ…良い銃だ。手に馴染む…」

馴染むってオヤジ…

「どうだ村田、なかなかのモンだろ?」

「ああ。コイツは良いモンだ」

危険な会話が飛び交う


「1発どうだ?」

「有難いが、マトがないぞ」

更に危険な会話が飛び交う


「あるじゃないか村田」

チラッと花壇を見るおっさん

「そうだな。俺とした事が忘れとったわ」

オヤジはガチッとハンマーを引いた


「オヤジ!撃つな!!」

俺は焦ってオヤジを止めようとしたが

「まあまあ家礼君。せっかくの試し撃ちに水を差してはいけないよ?」

止めようとする俺を明智さんが引き止めた


「明智さん、犯罪者とはいえ射殺はダメだって!」

「そう、その犯罪者だよ? 年間に失踪者は4桁…不審死に至っては5桁なんだよ。たった1人の犯罪者が消えたところで…世間は気にしないって」

明智さんは真面目な顔で応えた


「……んー。そう言われたら…そうですね。オヤジ! 1発で仕留めてくれよ」

「よーし。オサム、よー見とけ」

覆面してるから分からないが、おそらくオヤジは笑みを浮かべているだろう


「よーし、じゃなーい!」

里美さんが叫ぶが遅かった


"ドンッ・ドンッ・ドン!"


「ブヒッ?! 撃ったね!この僕を狙って3発も! 父さんにも撃たれた事無かったのに!!」

豚が叫んだ


「8インチだから精度は良いと思ったが…反動があり過ぎだな」

「マグナムだからなあ…」

「田原、ダーティーなハリー氏はこの銃でバンバン敵を射殺していたぞ?」

「…映画だからな」

銃を見ながらおっさん達が分析する

豚の叫びは無視られた


「村田ー、次コイツを試してみるか?」

おっさんの1人が新たに危険なブツをオヤジに渡す

「オートマチックか…。スライドする時、やはり反動が出るな」

オヤジはしみじみ言った


「大丈夫だ。口径は小さいし、コイツはフルオートだぞ。2、3発はまず当たると思って間違いない」

オヤジは『そうか?じゃ、いってみるよ?』と、豚に照準を合わせる


「あんたら、いい加減にしなさいよっ!」


発砲で驚いていた里美さんが、我に返って…


キレた




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