第12話 ミノルのデビュー

朋子のチャリンコに跨るミノル

『おお、そうだった』と、手にしているブラジャーを耳当てにした


「ミノル物語…始まるっスよ。…田中稔、行きまっス!」

ミノルは『オヤジ、今すぐ行くっス』とペダルを力一杯漕いだ


夜は始まったばかり。いつもならチラホラと人が歩いているのだが、運が良いのかヒト気はなかった。

トランクス一丁でブラジャーを耳当てにミノルが町を爆走する


目撃されたら通報モノだ


胸にしてないだけ…辛うじて一見では、ブラジャーとは分からないかもしれないが。

夜、トランクス一丁でチャリンコを漕ぐ…

ミノルのテンションは上がりまくった


「ヒーローは俺っスけど…敵は?」

ミノルの妄想が始まる


「オヤジが敵っていうのもアリっスね…。俺のヒーローパンチで倒すっス」

貧弱なパンチでヤツは倒せないのだが。この時のミノルは、世界が自分を軸として回っていると勘違いしていた


「だいたいオヤジも煩いっス。ちょっと石像ごっこしただけで説教って…ありえないっス」

仕事中だ。オヤジが正しい

「オヤジはなんだったスかね…。月光仮面だったスか? どーせあの見た目だし、ヒーローとゆうより悪役っスね…ププッ」

ミノルがバカにしたかのように笑う

オヤジが聞けば激怒するだろう



チャリンコで待ち合わせ場所に着いた



「あれ?オヤジいないっスね…」

会社の裏手に着いたミノルは辺りを見渡すが、オヤジを見つけられなかった


「遅刻っスか。いいおっさんが時間を守れないって最低っス」

オヤジの文句を言うミノル。本人は30分遅刻している


「オヤジは悪役に決まりっス! 俺のヒーローデビューでボコボコにしてやるっス」

鼻息が荒い。チャリンコを降りたミノルは、シャドーボクシングを始めた

「ミノル流星パーンチ!」


"シュシュシュシュッ"


『ぐわあー! ミノル仮面…許してくれい』


「ダメっス。悪は滅びるっス! ミノル、昇竜烈拳〜」


『や、やられた…がふっ』


「正義は勝つ! オヤジ…来世では普通の顔になるっスよ?」

「ほう。今世は普通の顔じゃねえと?」


?!


「オヤジ?! ドコにいるっすかっ?!」

妄想し、二役をしていたミノル。ご本人登場?で慌ててしまった


「ここだ。ここ」

「ここ?」

上の方から声がしたので、ミノルは電柱を見上げた


「とうっ!」

"ズシーン"

「月光仮面参上!」


電柱から飛び降りたオヤジ。全身白いタイツだ。

ミノルに近づいてくるタイツのオヤジ。怪我をした様子はない


「ミノル…貴様、俺の顔が普通じゃねえだと? 面白い冗談だな…」

"怒" のオーラが滲み出ていた


ミノルの妄想終了〜!


「…えっと…、冗談っスよ。冗談…。第一オヤジ、顔隠れて分かんないじゃねーっスか」

ミノルは『本気じゃないよ?』をアピールした

背中や顔から嫌な汗が噴き出る


「冗談…か」

「もちろんっス! それより俺の仮面はどこっスか?」

ミノルはしれっと話をすり替えた


「仮面? 何を言っとるんだミノル。けっこう仮面はな、仮面など着けんぞ?」

オヤジは、コイツ何か『勘違いしてない?』と思った

「オヤジが仮面のヒーローって言ったんすよ?」

「俺がそんな事言ったか?」

「…そう言われたら…でもっ!」

「まあ待てミノル。仮面よりもカッコ良いぞコイツはな」

オヤジは頭巾を取り出した…タイツの下から。


「…今…ドコから出したっスか?」

手渡された頭巾が生温かい…

「どうだミノル。紅色の頭巾、カッコ良いだろ?」

出処を言わないオヤジ。シラを切る


「…紅色の頭巾スか。確かにいいっスね。

       …ん?…黒い糸?」

紅色の頭巾に、ほつれた黒糸?がチラホラと見えた


「これ、糸じゃないっスよね?」

「糸だろ」

「縮れてるっスよ?!」

「…知らん! 俺は糸の専門家じゃねえ」

オヤジは動揺した


「専門家じゃな…

「黙れ! つべこべ言わず被ればいいんだ」

「…被りたくないっス」

間違いなく股間から取り出した頭巾。誰も被りたくない


「じゃあお前、どうすんだ? ヒーローは顔を隠すのが掟だぞ?」

「クッ! …でも、オヤジのチヂレ毛が付いた頭巾なんかいらねっス」

チヂレ毛と言い切ったミノル。オヤジからの反論はない


ミノルは "ポイっ" と頭巾を捨てた


「貴様っ!」

「顔さえ隠せればコレでいいっス!」

ミノルは耳当てを口に当てる


「貧乳の朋子に感謝っスね。丁度いいサイズっス」

ブラマスクがピッタリとフィットした

「…お前、朋子ちゃんが知ったらぶん殴られんぞ?」

オヤジは呆れた


「くそっ! 口から落ちるっスね…

         …そうだっ!」

ミノルはブラマスクの内側を咥える

「ふほっふか? ほれふぇ、ふぁいひょーふ」

「発想が凄いなお前…。それを仕事でも見せてほしいもんだがな」

仕事が出来ない訳ではないが、ミノルは出来る方でもない

良くも悪くも "普通" というヤツだ


「ミノル、しかしそれじゃあ町も歩けまい。謝るなら許してやら…

「人がいたらマスクで顔を隠すっス! 問題なんてないっスね。謝ってたまるかーっス!!」

ミノルはチャリンコに素早く跨ると、表道に向かって走り出した


「?! 待てミノルっ!」

オヤジが焦る

「待てって言われて、待つバカはいないっス!」

ミノルはオヤジの静止を振り切った

……

「ヤバイな…。オサムの言った通りになってしまったか…」

オヤジは後悔した

「オサムに知恵を借りるか…」

オヤジはスマホでオサムに電話を掛ける



"ガチャ"

「も…

『この電話の持ち主は現在、拘束中です。改めてお掛け直し…2時間くらい後になるかな?    あっ?! さおりんズル〜い』

"プッ、プー…プー…プー"


「…オサムは取込み中か…」


オヤジの頼みの綱が切れた

「仕方ねえな。俺がどうにかしてミノルを…」

やれやれと溜息をついてバイクに向かう


「あのバカが、事件を起こす前に捕まえなきゃならんとは」

月光仮面はハーレーに跨りエンジンをかけた


"ドルンッ!"

「最悪、轢いてしまおう」

"ドッドドッドドッドドッド…"


300Kg近い鉄の凶器が、ミノルに向かって走り出した



〜〜〜


「おっさん、早く金出せよ」

「や、やめてくれないか。金は小遣いが無くて…出せない」

コンビニの駐車場で、不良に絡まれているサラリーマンのおっさん

現在、喝上げされてる真っ最中だ

ひと昔前はよく見た光景だが、最近では珍しい


おっさんに運がなかったのだろう


「ああ? 金がないだー? …リーダー、どうする?」

おっさんの胸ぐらを掴んでいる少年が、茶髪の少年を見る

「しけてんなぁー。ああ、だからエロ雑誌を立ち読みしてたんか」

「くっ…」

おっさんは痛いとこを突かれた


「テメー、いい歳して女子高生の(雑誌)裸を見てんじゃねーぞ?」

「ぐはぁ!」

おっさんに痛恨の一撃が入る


「リーダー、コイツそんなの見てたんか?」

「おう。スクール水着やらセーラー服やら…。ブルマのページでガン見しとったな」

「やめろー!やめてくれぇ!」

おっさんは羞恥心から涙を流した


「だったら金だよ、カ・ネ!」

「…無いんだ。そっ、その代わりこの時計で勘弁してくれないか…」

おっさんは左手をあげて腕時計を見せる


「売れば幾らかにはなる筈だ」

「ブランドじゃねーじゃねえか」

「ブランド…。一流ブランドじゃないが、そこそこの値で売れると思う」

「ふーん? で、俺たちが売りに行った所でサツを呼ぶ…と?」

「ち、違う!そんなことはしな

「うっせーんだよ!テメーが売りに行けよ。俺らがついて行ってやっから」

リーダーは意外にも頭がキレるようだ


「わ、分かっ…

「まふっふ! ふぇどうはふるはないっふ!」

(通訳しよう

 『待つっス!外道は許さないっス!』 

…だそうだ)


ブラジャーを口に当てたトランクス一丁の変態が、チャリンコで現れた


?!

?!

?!


「「なんだテメーは?!」」

不良たちは大声を出す事で、自分がビビるのを避ける


「ふぉれは、ふっふぉー…

『えーい、喋りにくいよ?』とブラジャーを口から離す

「俺はヒーロー! けっこう仮面だっ」


「いや、けっこう仮面って男じゃねーよ」

サラリーマンのおっさんからツッコミが入った

「…え?マジっスか?」

「うん。マジで」

「「……」」

けっこう仮面を知らない不良たちは黙る


「…実は、男と見せかけて…わたしは女っス!」

ミノルは『もー、どーにでもなれー』と、この時思ったに違いない

唯一の着ていた服…そう、トランクスを脱ぎ捨てた


?!

?!

?!


「「ち、ちんこがねえ!」」

「…挟んでないか?」

さすが年の功。おっさんは物知りだった


「わたしのー、目の前でー、不埒な所業は許さ〜ないっス」

腰をカクカクさせながら近づく変態


「「ひぃ?!」」

「…むしろキミが1番不埒なんだが?」

さすが年の功。おっさんは冷静だった


「わたし…いえ、お姉さんが男にして あ・げ・る❤︎」

そもそもミノルはけっこう仮面を知らない

ミノルオリジナルでキャラを作り上げた

まだ少し酔いも残っているみたいだ


「「ひぃぃっ?!」」

「えー?まさかの受けかよ…」

さすが年の功。色んな事を知ってらっしゃる


「いくよーキミたちっ! とおっ」

ジャンプした時、ポロンと飛び出した…アレが。

「「お、犯されるっ?!」」

不良たちは『こんな変態で筆下ろしはイヤー』と叫びながら逃げ出した


「ヒーローは勝つ!」

「…唯の変態だろ?」

「おじさん、怪我は無かったっスか?」

ツッコミを無視するミノル


「怪我は無い。…キミにありがとうと礼を言うべきか迷うんだ…」

おっさんは、本当に心の底から迷った


「別に礼はいらねーっス。ヒーローなら当然の事っスから」

ミノルは右手を左右に振る

股間もつられて左右に揺れた


「正直、キミのそれ…見苦しいんだが?」

冷静に、それでいて嫌そうな顔で言う

「おっと…そうっスね。トランクス…トランクスっと…。 …あれ?」

脱ぎ捨てた…捨ててしまったトランクス。

丸めて投げたのでけっこう飛んだらしい


「…民家の庭に落ちた?」

「おそらく」

「取ってくるっス」

ミノルは『意外に飛ぶんだねー』と、他所様の庭にお邪魔しようとした


「キミ、待ちなさい!」

「どしたっスか?」

ミノルの頭に "?" が浮かぶ


「流石にその姿で入って、家の人に見られると拙い。…そうだ! トランクスの代わりに…とは、ならないかもしれないがコレを」


ミノルはアイスクリームの袋を手に入れた


「…チョコが…」

「フルチンよりかはマシだろう」

「せめてカップが良かったっス…」

「なあに、見えなければ一緒だよ」


『そんなもんスかねー?』と、被せた袋の中身のポジションを整えるミノル

どこに被せたかは敢えて言わないが。

……

「じゃあ、おじさん。気をつけて帰るっスよ?」

『バイバ〜イ』と手を振りながら、チャリンコで遠ざかっていく変態


「気をつけて帰らないと拙いのは…キミじゃないのか?」


おっさんの呟きはミノルに届かなかった

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