第7話 動来悪鬼

「タツミさーん…タツミ…そういえば!」

そういえば部屋を出る時、蹴りを入れたんだっけ?

…しばらくは起きれないか。仕方ねーな

タツミコールを途中でやめる


「動来悪鬼さま、ご用でしょうか?」

「うをっ?!」

背後にメイドが立っていた

「蜜葉さん、びっくりさせないでっ!」

このメイドさん、いやメイド総長は、蜜葉(みつば)さんといって恐ろしく武闘派の女性だ。

老公直轄らしく、備前会長の命でも拒否できるとかどーとか。

ま、詳しくは知らんけどね


「タツミを呼ばれてるみたいですが…まだ来ませんか?」

「うん。のびてるんじゃないかな…多分」

けっこう良いのが入ったからね


「あのクズがっ! 動来悪鬼さまを待たせるなど、言語道断! 今から首をき…

「ちょい待って!首を〜の後が怖いんだけど? 解雇じゃないよね?」

「まさかっ。物理的にですよ。持ってきましょうか?」

やっぱりか…。『物理的に』と言うのも怖いが、『持ってきましょうか』は勘弁してくれ


「切るのはヤメたげて。それより、動来悪鬼って何?」

聞いたことねー。蜜葉さん、今まで俺のことはマスターって言ってたじゃん


「それはですね…。老公が風呂にてお待ちですので、宜しければ直接聞かれてみては?」

風呂?丁度良いタイミングだな

「待っているというのが、気にはなるが…まぁ、入りたかったし案内してくれる?」

「承りました。どうぞこちらへ」


蜜葉さんの後ろをついて歩く

風呂までどんだけ距離あんねんっ?!


〜〜〜


「老公、動来悪鬼さまをお連れしました」

「ほっ?! でかした蜜葉っ」

中からジジイの声がする

俺は脱衣所で服を脱ぎ、風呂場へ入った


「動来悪鬼さま、御背中流しますぞっ」

「いえ、そのお役目は蜜葉のものでございます」

俺を放って『背中を流すのどっち?』を話す2人

……

ん?

「蜜葉さん、なぜいんの?」

「蜜葉の仕事ですから」

「動来悪鬼さま、蜜葉は頑固者じゃ。諦めてくだされ」

いやいや、確かに男湯・女湯の区別はないけども…


「て、動来悪鬼って何なんですか?」

そう。2人が言う動来悪鬼って何なんだ?漫画のキャラか?


「「動来悪鬼さま」」

2人が俺を指差した

「それじゃ分かんないって!」

「仕方ないですな。動来悪鬼さまというのはですな…


そのモノ

規律を護るは 不動の如く

慈悲かける心 如来の如く

人魅了せしは 悪魔の如く

敵屠る姿 鬼神なり


…備前家の守護神さまじゃ」


「…ふーん」

「守護神さまですぞっ?!」

「へー。でも、俺は守護神じゃないし?」

俺は低賃金の作業員だしな

そんなやり取りをしていると、


「まあ、こちらをご覧くだされ。蜜葉っ」

老公が蜜葉に合図を出した


"グイーン…ガチャン"


壁のタイルが一部、せり上がって反転し…

巨大なモニターが現れる


「こりゃまた…凄い仕掛け…へっ?」

仕掛けに驚くが、モニターに映る自分を観てマヌケな声を出す


「神話の戦いですぞっ」

「ちげーよ! ただの喧嘩だよっ」

2人の認識は大きく違うようだ


『調子にのんなよっ!貴様の様な虫ケラがっ』

あれ?音が入ってる??

バカ息子の怒鳴り声が風呂に響いた


「これ、映像だけじゃねーの?」

「まさかまさか。もったいないではござらんか? 正義監修のもと、一流の声優にてアテレコしたのですじゃ」


一流のねぇ…。

あっ?! 正義の声、どっかで聞き覚えがあると思ったら、シ○アかっ!

くそっ、正義…カッコいいじゃねーか


『弾いてやるよっ!』

正義が俺に銃口を向ける

『ダメです!坊ちゃん、相手はカタギですよっ?!』


おっ? タツミさんは世紀末の拳王か。

はははっ、タツミさんらしーじゃん


『そんなモノで俺が沈むと? 試しに撃ってみるナリ〜』


「ざけんなっ!! なんで俺が大百科のコロ助なんだよ! 蜜葉っ、あのバカを今すぐココに連れて来い!」

他にも渋い声優さんが沢山いるでしょーが!


「落ち着いてくだされ。ワシも正義も反対したのですぞ」

「じゃ、誰がゴリ押ししたんだよっ」

そのバカにはお仕置きが必要だな


「風(かぜ)殿ですじゃ」

「あのバカかっ! おのれ…どうしてくれようか」

こんなところにもフーコの魔の手が…


モニターでは激しいバトルが始まっていた


"バンっ"

『へっ、バカが…』

弾が俺の腹に当たるシーンだ

『効かないナリ〜』


「……」


『くそっ!頭を…

"バンっ"

"サッ"

『?! 避けたっ?!』

『場所を言ったら駄目ナリね〜。避けるの楽ちんナリナリ〜っ』


ダメだ…。これ以上は見てられ、いや…聞いてられん


「先に上がります…」

「お待ちくだされっ!今から決め台詞ですぞっ」

ジジイが『今からいーとこなんだよ?』と言うが

「やだよ! 絶対に台詞変わってるだろっ」

ザパァと湯船から出て、脱衣所に向かう


「それでは宗元(そうげん)様、私もこれにて失礼します」

「うむ。大儀であった」

蜜葉が俺の後をついてくる


扉に手をかけようとした時、モニターから

『月に代わってー、お仕置きナリ〜!』

…ほらやっぱり! 俺はそんな台詞なんか一言もゆってねえ!


「はぁぁ…。決め台詞、最高でございますね」

うっとりして話す蜜葉さん

「どこがっ?! 蜜葉さんが、うっとりしている理由も分かんねーよっ」

「この傷跡が疼くのですわ」

蜜葉さんは左胸の傷跡を指でなぞる

傷跡は俺がつけたモノだ。見方によったら、なんとなくハートの形に…見えないこともない。歪だけど…


「あの時はすまなかった」

俺は蜜葉さんに頭を下げた

「動来悪鬼さまが、気にする必要ありませんよ」

気にするなと言ってもな…

「いや、いくら手合わせをしたからといって、女性の体に傷跡を残してしまった俺の…責任は重いっ」

蜜葉さんから申し込まれたとはいえ、やったのは俺だ。責任はある


「責任ですか?…なら蜜葉を娶ってくださいな」

真顔で俺に言う

「ちょ?! それは…」

「冗談ですわ、半分…」

半分?全部にしてくれないかな…


「命をかけて死合ったのです。この傷跡は宝物ですわ」

「じゃ、死合った仲なんだ。動来悪鬼さまってのはやめてくれないか?せめて、前のマスターぐらいならいいが」

蜜葉さんに提案する


「どうしても…と、おっしゃるなら。マスター、これで良いでしょうか?」

個人的には名前で呼ばれたいのだが。仕方ないか…


「それで、だ。その傷跡が治る…としたら、蜜葉さん治すかい?」

秘密だとは言っても蜜葉さんなら良いだろう


「コレを治す? とんでもない!コレは私とマスターの絆ですっ。マスターの"愛"が私の胸に刻まれてるんですっ!」

何を言ってるんだこの人?

「違うっ!ただの古傷だよっ。…それより、あの2人に聞かれでも…し…


脱衣所の入り口から2つの顔がこちらを見ていた


「「話は聞いたわよっ」」

「ひぃ?!ごめんなさいっ」

ついつい反射的に謝ってしまった


「別に怒ってないよ?」

「そうですよ修様。蜜葉はメンバーですから」

「メンバー?」

メンバーって何のメンバーじゃい?


「それよりご飯を食べないか?だってー」

「それは流石に迷惑になるだろ」

手ぶらで来て、風呂に入って…いや、風呂は仕方ないか。たしかに腹が空いているけど、ご馳走になるのはな…


「ぜひ同席されてください。もう、お2人のも用意が出来ていることですし」

「すっごいんだよっ!お肉がハンバーグなんだよっ」

用意されてしまったか。それじゃあ…馳走になるしかないか


「フーコ、ハンバーグはお肉だろ?」

「ちがーう!そうじゃなくてー…

口籠るフーコ。興奮しているからか、自分の言いたいことが表現できてない


「風子様はおそらく、ハンバーグの様に分厚いお肉…だと仰りたいのだと思います」

「そう、それっ!」

それっ…じゃねーよ。蜜葉さんの通訳がいるのかお前は。


「ということはステーキ? 長いことステーキを口にしてないなぁ…。沙織、ありがとう。ご馳走になるよっ」

「お口に合えば良いのですが…」

「大丈夫っ。シュウは何でも食べるから!」

何でも食べるから、俺に味なんか分からんとでも言いたいのかフーコ?


4人はステーキが待つ食堂へ向かった



〜〜〜



「玄よ。あの方が、おぬしが会ってみたいと言っておった動来悪鬼さまじゃ。実物におうて、おぬしはどのように感じた?」

波紋もたてずに宗元の側に男が現れる


「まさか…あのような…。宗元様、あのお方は人でございましょうか?」

玄と呼ばれた男が身震いする

「だから守護神さまなんじゃて」

「今なれば納得できますな。沙織様やあの蜜葉までもがお慕いする訳が」

「じゃろ?」


「できれば…我が孫娘にも子種をくださらんでしょうか?」

「ほっ?! おぬしの孫娘は、まだ十(とお)になったばかりじゃなかったかの?」

宗元は『ちょっと拙いんじゃないの?』と遠回しに言った


「ですがっ! 極上の血を、我が千堂家に入れることができるなら…年は関係ありませぬっ!」

力強く拳を握る。腕にはいまだ、鳥肌が立っていた

「…おぬしの気持ちも分からんではないが…。あの2人が黙っとらんぞ?」

「あの2人とは…沙織様と風子様でございますな?」

「そうじゃ。その2人が…分かるな?」

宗元は『怒らせちゃうよ』と、釘をさす


「宗元様の方より、それとなく…」

「いやじゃ! ワシ、まだ死にとうないもんっ」

「そこをなんとか!なんとかなりませぬでしょうかっ」

「えーい、離せっ! 駄目元でおぬしが行けっ。それで死んだら、玄武衆は息子に継がさせるでな。バーンと行って死んでこい!」


ジジイとジジイが風呂ではしゃぐ

そこには見たくもない景色が長い間あった




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