第5話
俺には2つ歳上の兄がいた。
名前は
いつも兄貴って呼んでたな。
なんでもできてしまう自慢の兄貴だった。
けど交通事故で帰らぬ人となってしまった。
兄貴が死んだ当時は上の空で、何をしても身が入らなかった。いや、それは今でも同じか。
同じ陸上で同じ競技をしていた。
競技は走り幅跳び。
兄貴が中3の時全中優勝してからどんどん俺の目標は大きくなった気がして、それに伴って、劣等感も大きくなってしまった。
高校は陸上の推薦で行き、そのまま1年生でインターハイ出場。
2年生も期待されていた県大会当日、不慮の事故で死んでしまった。
人望も厚く、頭もよく、俺には似ず妹に似ていて美形だったにも関わらず、彼女がいなかったのは何故だろうとか当時の俺は考えていたなと思い出してしまった。
まぁ俺に似て1つのことをしだしたら他のことが見えなくなる人だったし、あの当時は陸上に夢中だったから、彼女は作らなかったのかもな。
いじられたりとかしたけど、基本いい兄貴だったし、俺の永遠の目標だ。
物思いにふけっていると、ドアからノックが聞こえた。
「入っていい? 」
渥美の声だった。
時刻はもうすぐ21時になりそうで、いつもなら渥美は自分の家に帰る時間である。
何か用があるのか、それは家族の前では言いにくいことなのかなど考えたが、結局わからない。
取り敢えず、渥美を俺の部屋に入れた。
「相変わらず漫画が多い部屋ね」
「うるせー。それよりなんだ?いきなり部屋なんかに来るって」
「うん。えっと……ね」
なんだか言いづらそうにしているな。
こういう時は急かさずに待ってやる方が渥美に対してはいい。
渥美は急かしたところで、気持ちが決まるまでは言わないやつなのはよく知ってるから。
10分程してようやく渥美は言葉をまとめたらしく、俺の目を見て話し始めた。
「あのさ、さっきはごめん」
「さっき? 」
「うん。陸上したら?って言った時。私考え足らずだった。優くんのこともあるのに」
「その事か。それならもう、別にいい」
「そ、そっか。ありがと。でも……」
まだ何かあるのか。
「さっき言ったことは本気だから」
「なにが? 」
「また陸上始めてほしいってこと。私の我儘だけど、また信と一緒に陸上やりたいし、走りたい。あと信が跳ぶとこもっとみたいんだ。だからまた……」
最後まで言えたのか言えなかったのかはわからないが、そこで切れた。
「ごめん。まだできそうにない。なんか目標が見つけられないと言うか。もう終わったことにうじうじするなって思うかもしれないけど、簡単には拭えない。だから渥美の言うことには応えられない」
濁しながら、結局は渥美の言うことに対して応えられない。逃げてるだけとか思われたかもな。でも今はまだ逃げ回らせて欲しい。
渥美は俺の話を聞いたあと、ポツポツと言葉を紡いだ。
「そうだよね。信は大抵私の我儘を聞いてくれたから、今回もって思っちゃった」
「ごめん」
「なんで謝るの?悪いのは我儘を言った私だよ?信が謝るのは…お門違いだよ…」
「そう……だな」
「うん、そうだよ。…………あと」
沈黙が訪れそうになったからなのか、渥美は何かまだ言いたげだった。
しかしその後の言葉は聞けなかった。
「やっぱ何でもない。話聞いてくれてありがと。じゃあもう私帰るね」
何故今日に限ってこんな言葉が出たのかわからないが、いつもなら言わない言葉が口をついてしまっていた。
多分だけれども渥美まで遠い所に行ってしまう気がしたからだろう。
「送ろうか? 」
「え、ええ! ? 」
そこまで驚かなくても。そりゃあいつも送ってないけどさ。てかなんでこんな言葉でた。
もう言い訳するしか無いじゃないか。
「あ、いや、いくら近いって言っても、夜遅いし、渥美1人だと危ないかもしれないから」
「あ、うん。じゃ、じゃあお言葉に甘えて送って貰おうかな」
「おう。じゃあ行くか」
俺は母さんに渥美を送っていくといい、渥美と一緒に家を出た。
高校生の俺たちにとって渥美のアパートまでは徒歩で5分程。
途中に昔よく遊んだ公園があり、雑談を交えながら公園の側を通った時だった。
「ちょっと公園に寄ってかない? 」
渥美から提案を受けた。別に断る理由も無かった。
公園にあるベンチに腰掛ける。
「懐かしいよねこの公園。昔はみんなでよく遊んだよね」
「あぁ、そうだな」
「野球とかサッカーとか、鬼ごっこは優くんと信が鬼になったらみんなすぐ捕まっちゃったし、どっちかが逃げたらずっと捕まんなかった」
「そんなこともあったな。兄貴を捕まえられなくて悔しかった。いつか追いついてやるって思ってたから、捕まえられなかったら悔しかった」
何を話すのかと思えば昔話。
兄貴が死んだすぐは兄貴のことを話すだけで虚しさが心を覆ったけど、今はそれほどでもない。ただ虚無感は否めない。
……もう捕まえられないと思うと……
「ねぇ、ねぇ? ねぇ! 」
「あ、な、なに? 」
「何回も呼んだのに……何か考え事? 」
「あぁ、兄貴のことを……な」
「そっか」
「あぁ。ところでなんだ? 」
「あ、うん。今日はなんで送ってくれたのかなって。ちょっと気になって」
「それか。渥美がさ……」
「私が? 」
「渥美が……」
本当のことなんて言えない。渥美がどこかへ行ってしまうと思ったから、大切な人を失いたくないと考えたなんて、とてもじゃないが臭すぎて、照れ臭くて言えない。
だから結局誤魔化してしまった。
「渥美が1人で夜道を歩くのは危ないと思ったから。ただそれだけ」
「心配してくれたんだ私の事」
「うん」
「嘘……」
「……」
図星をつかれた俺は何も返せなかった。
そんな俺に対して渥美は優しく言ってきた。
「いつか本当の理由が言いたくなったら教えて」
2人の間は拳3個分程度。
俺がわざと2個分開けて座った。
小学生の時からは1個分離れた。
だがそれが今の俺たちのリアルな距離のように感じた。
渥美は俺に踏み込もうとしているが、俺が壁を作っている。
いつか距離を縮められたら渥美に本当のことを話そう。
考え事をしていると渥美は立ち上がって俺の方を向いて言ってきた。
「信。そんなに私が心配ならこれからは毎日送ってね」
「え? 」
びっくりした。めっちゃびっくりした。
「え? ってなによ。信は私の事心配じゃないの? 」
「い、いや心配だけども……」
「じゃ決まりだね! 正直今まで1人で帰るの寂しかったんだ。でもこれからは寂しく無くなる」
「うん、わかった。送るよ」
「やったね」
また俺は渥美の我儘を聞いてしまった。
俺はどんな顔をしていただろう。
多分いつも通りのめんどくさそうな顔だろう。
でもこれから毎日訪れるたった5分の渥美とふたりきり。
拳3個分を縮めるチャンスをくれた。
それに渥美の「やったね」の後の笑顔は可愛いかった。
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