第11話

 居酒屋に入るには、微妙な年齢の容姿の鏡月は、うかつにそこに入れない。

 だから、上野家に来ると言う弟子仲間の申し出は、飲みたい気分の若者からすると有り難いものだった。

 しかし。

「……」

「あら、あたしだって、弟子なのは変わりなくない?」

 上野家の門前で待っていた鏡月の前に立ったのは、二人の男だった。

 一人は、気安い弟子仲間の狐だ。

 この先、色を封じ続けて更なる高みを目指すかこの辺りで留めるか、悩み始めている旨はちらほら相談してくる、今では妖狐の域を超え始めた白狐だ。

 今夜は、その事を踏まえて、酒を交わしながら諸々の愚痴も言い合おうと思っていたのに、思わぬ邪魔がついて来た。

 露骨に顔を顰める鏡月に、人の悪い笑顔を浮かべた男は、昔から変わらぬ口調で首を傾げたが、太い声では可愛げが大幅に減る。

「帰り際に、捕まりました」

 短い森口律の言い分で、二人が何処にいたのか分かった。

「……本当に、やったのか?」

 今日、二組の「男女」のデートを目論んでいたのは、知っているが、本当にそれが成功するのか、正直怪しいと思っていた。

 雅とエンの方は望みがあるが、問題は蓮の方だ。

 相手が相手だから、いくら蓮がやり手でも、こればかりは実現できないと思っていたのだが、ロンは若者の問いにすぐに頷いた。

 意外だと思ったが、適当に女を見繕ったのかと一人納得した鏡月に、男は溜息と共に続けた。

「蓮ちゃんってば、そんなにお相手を知られたくないのかしら。無理やり仕事を見つけて、セーちゃんを連れて来ちゃってたわ」

「……素直に、従ったのか、蓮」

 何でそう言う所は、真面目なのだと思わず嘆いてしまう。

 若者が思わず呟いた言葉に気付かず、ロンは肩を落とした。

「目論見が、全部裏目に出ちゃったのよ。お酒飲まないと、やってられないわ」

「目論見?」

 律と鏡月の声が、仲良く揃った。

「蘇芳たちを巻き込んだのも、その一つじゃないですよね?」

 じんわりと気配を重くする律の問いに、ロンは軽く手を振りながら返した。

「そんなはず、ないでしょ。あの狐と鬼がいたのは、更なる想定外よ。叔父様があっさり捕まっちゃうのと同じくらいに」

 鏡月の手が、ロンの腕を攫んだ。

「何の話だ? 上等の酒をくれてやるから、きっちり吐いていけ」

 のんびりとした声音だが、僅かに険しさを孕んだその言葉に、男は深く頷いた・

「元からそのつもりよ。愚痴も聞いて欲しいし」

「それは、お断りだ」

「ええー。叔父様の近況も教えてあげるから、それ位大目に見てよ」

 若者はすぐに男を放すと、懇願に近い声を聞き流して背を向け、二人の客を上野家の自室に招き入れた。

 隣の市で最大級になった篠原家の企業に並び、大きくなりつつある上野家の家は、子供が少ないせいかそこまで大きくはない。

 それでも余っている多くの部屋の一つを開けて貰い、鏡月は寝泊まりに使っていた。

 五畳半のその部屋に二人を通すと、用意していた酒を持って来る。

 人数が増えても、そこまで困らない程の酒と肴を、上野家は用意してくれていた。

 思い思いの器を手に、三人は酒盛りを始める。

 そして、ロンが愚痴交じりに、今回巻き込まれた事件を話し出したのだ。

「……つまり、お前……」

 盃を片手に固まった鏡月が、素直に顔を引き攣らせて確認した。

「カ・セキレイの作った薬を使った悪行に、囮としてエンをおびき出すために、あんな訳の分からん話に、オレたちを誘導したのかっ」

「訳分らんって、分かり切ってるでしょ? あの二人はね、傍から見ても相思相愛なのよっ? 怖い物を目の当たりにして怯えまくったエンちゃんを、母性本能の塊のミヤちゃんの餌食にできる上に、気まぐれにホラーハウスに入ってくれるかもしれない、一石二鳥の目論見だったのにっ」

「その気まぐれが、一番起こりそうもないのが、問題なのではないですか?」

 相変わらず、妙な方向に動く男に呆れながら、律はグラスに注いだ清酒を傾ける。

「暗闇に強い雅が、ホラーハウスで刺激を得られるはずが、無いでしょう」

「そうとは限らないでしょ? もしかしたら、その中に苦手な生き物がいるかも知れないじゃないの」

「お前じゃあるまいし、あり得ん」

 男の言い分を鋭く切り捨て、鏡月は盃の中身を一気にあおった。

 大体、母性本能をくすぐり過ぎも、全く違う結果を生みかねないのに、その危惧すらしていなかったようだ。

 頭もよく勘も鋭い男だが、どこか考えが足りない。

 呆れる鏡月の向かいで、律が疲れたように溜息を吐く。

「しかし、カ・セキレイも、うちの蘇芳とよく関わるようになりましたね。今は、知り合い程度ですが、もし手を組まれたら、厄介以外の何物でもないですよ」

「それは、エンの奴が釘を刺したから、大丈夫なんじゃないのか?」

「ええ。大丈夫と思いたいんですが。あんなに太い釘を刺されたのに、懲りた様子がないんです」

 二人の間で盃の中身をあおり、手酌で再び酒を注いだロンが、眉を寄せた。

「その言い方だと、物理的な釘を刺したように、聞こえるんだけど。あたしの聞き違い?」

「ああ、でっかい釘を、袋に詰めて藤原家とカ家に乗り込んだ」

 頷いたのは若者で、律も若干楽しそうに続ける。

「あれは特注ですね。テント張りの必需品かとも思いましたが、皿もありましたから」

「時間はたっぷりあったからな。お前から知らせが来る前に、どこぞに特注したんだろう」

 楽しそうに返す鏡月の言葉に、ロンが眉を寄せたまま首を傾げた。

「あの子に、知らせを持って行かないといけない事が、何かあったの?」

「ええ、少し厄介な事がありまして」

 曖昧に返す律に、当然男は納得しない。

「あの子が、怒りをあらわにして動くときは、大抵……」

「そこまでにしとけ。耳にしたらお前の事だ、旦那の耳にも入れるだろ?」

 そんなことされたら、ますます厄介だと言う鏡月に、ロンは難しい顔になって答えた。

「その辺りの事を訊かれたら、話すしかないわね。でも、あなたの事も、尋ねられたことないから、よっぽどの事がない限りは、大丈夫だと思うわよ」

「弟子の事と一緒にしますか。大事さの次元が違うでしょう」

 律は言ってしまってから、そうでもないかと考え直すが、鏡月はその言葉に大きく頷いて、男に言った。

「その通りだ。子供の事と、弟子の事では、心配の度合いがけた違いのはずだ。多少の怪我程度ならまだしも……」

 あれを多少と言うのも、色々な事があり過ぎての麻痺状態なのだろうが、律は敢て突っ込まず、弟子仲間の言葉に黙って頷いて見せた。

「……カ・セキレイの方は、正体が知れた時から、調べてはいるのよね」

 大昔の話は、資料の乏しさが原因で殆ど分からなかったが、ここ数十年の話は分かったとロンは静かに言った。

「十五、六年前から既に頭角を現していたけど、その頃はまだ裏社会寄りで、危ない薬を流していたそうよ」

「……ええ。その薬を、蘇芳の政敵が手に入れたと言う話は、耳にしていました」

 調べで手をこまねいている、律が目を離した間の出来事だった。

「浅葱と萌葱を傍に置いていましたが、力が及ばないだろうから、私がいない間は、どこかで護衛を見繕って置いて置けと、言っておいたんですが……」

 その護衛に手を付けるとは、思いもしなかった。

まだ、糧を探すには少し先の話だと、油断していたのだ。

 その事が、最悪な状態にしてしまい、律が知った時には遅かった。

「カ・セキレイから聞いた話では、少量なら脳の僅かな部分を死なせる薬だったらしい。力を削ぐ、というならそれだけで充分だったろうが、相手はそれでは不安だったんだろう。広い部屋中を充満させるほどの量を、ぶちまけた」

 手を付けた護衛は姿を消していたので、薬の類への対応が遅れた。

「浅葱ちゃんと萌葱ちゃんって、ミヤちゃんの弟君たちでしょ? そんな部屋にいて、無事だったの?」

 律は先程、蘇芳の傍に置いていたと言った。

 寿の血縁と言うだけなら、そこまで気にならないが、雅もその血縁と言うのが、ロンにとっては厄介な状況だった。

 流石に弟たちに何かあるようなら、雅も気にするだろうし、そうすると、セイやエンも気にするはずだから、自分も気にするしかない。

 正直、管轄外で獣が誰と衝突しようが、知ったこっちゃないと言うのが、ロンの本音なのだが。

「カ・セキレイの性格なんだろうな。使う奴が巻き込まれた時の事を考えて、どうやらその薬を中和できる薬も同量、渡していたらしい。それを、新たに護衛をしていた奴が使って、事なきを得た。蘇芳の方は目に障害を残したが、傍にいた奴らは命にも脳にも異常はなく、狙撃者も生け捕り出来て、万事解決、だったんだったな?」

 話を振られた律は、無言で頷いた。

 問題は、その護衛が薬にすこぶる弱く、どちらの薬にも耐えられなかったと言う事だ。

 その事態に間に合わなかった律は、蘇芳から事情を聞いた時、足元の床が崩れ落ちるような錯覚を覚えた。

 姿を消した当の護衛を探し出して保護したものの、手の尽くしようがなく、絶望したのを覚えている。

 今その程度の思い出で語れるのは、思わぬ所からの助けがあったからだ。

 どういう心算だったのかは分からないが、蘇芳は約束をあっさりと破り、糧に選んだ男を自分の邸に呼び出したのだ。

「蓮に、訊きたいことがあったらしい」

 ついて行った鏡月が、当時の事を語る。

「瑠璃とか言う女と、どう言う間柄だったのかと、そんな問いかけだったな」

「あら、その子が、蓮ちゃんの本当のお相手なの?」

「どうだかな」

 若者は首を傾げた。

 葵の叔母で死に居合わせた女の名が瑠璃と言う事は知らず、話が見えずにいたのだが、蓮もその問いかけに眉を寄せた。

「今更、そんなこと訊いてどうするんだ? 黒船が来た年に、一時期付き合っちゃいたが」

「へ?」

 それに、何故か葵が驚いた。

「……やることは、やったのか?」

 眉を寄せた蘇芳の露骨な問いかけに、聞いていた鏡月は顔を顰めてしまい、葵はオロオロとしていたが、蓮は小首を傾げて答えた。

「何の話してんのかは分からねえが、やる事ってのが、この間の様な事だってのなら、まあ、人並みにやった」

「そうか。別に、不能、という訳では、ないのだな?」

「喧嘩売ってんのか? 不能かどうかは、あんたやそこの狐どもを、満足させたかどうかで、分かってんだろうが」

 にやりと不敵な笑みを浮かべた若者は、完全に自分を取り戻していた。

 話を振られた浅葱と萌葱が、可愛らしく頬を赤く染め、蘇芳も咳払いして頷いた。

「まあ、確かに。うん、良かった」

 何の話だっ。

 鏡月は危うく、仕込み杖に手をかける所だった。

 全員まとめて、斬り刻みたくなったのだ。

 そんな若者に構わず、蓮は切り出した。

「例の件、覆すつもりはねえが、暫く待ってもらえねえか?」

 意外そうに蘇芳が問う。

「いいのか? こちらとしては有り難いが……」

「やり方は兎も角、こっちも世を儚むほど、若くねえんだよ。それに……今回の事は、礼を言ってもいい位の事だ」

 そこまで聞いたロンが、顔を引き攣らせて声を上げた。

「何で、体をもてあそばれて、礼を言うのよっっ」

「お前と意見が合うのは不本意だが、その通りだ」

 鏡月は何度も頷き、聞いた時は耳を疑うよりも前に、仕込み杖を抜いて斬りかかりそうになった事を思い出した。

 葵が慌てて止めに入らなければ、蓮を蘇芳の方に蹴りやって、二人重ねて胴を切り離していたかもしれない。

「それは、武家の奥方の不義に対するもので、こういう話には、全く向いていませんが」

 あくまでも冷静に言い、律はグラスを傾ける。

「この間、初めて当人に会ったのですが、聞いた話よりも背丈がありましたね。礼と言うのは、それに対してのものですか?」

「そうらしい。あいつはそれまで、一つの呪いで成長を止めてしまっていた」

 それが、蘇芳の力の上塗りで解け、一気に忘れていた記憶が戻ったのだと言う。

蓮は母親を手にかけて、その衝撃で成長が止まったと思い込み、そのせいで幼い頃にかけられるが、成長したら消える類の呪いが消えず、それが元で、血を分けた兄弟を死なせてしまったと、そう思っていたが、母親の事は関係なかった。

「つまり、自分の思い込みのせいで成長が止まり、呪いが消えなかった。弟を無駄に死なせてしまったと、それはうじうじと落ち込んでいた」

「あらまあ……」

 律もロンも呆れてしまい、男の方はついつい声に出してしまった。

 それに反応して鏡月が睨む。

「お前、コウヒとやらを、一時期保護していたんだろう? 何故それを、蓮に言ってやらなかったんだ?」

「それは、こちらにも都合いいと思ったからだけど……蓮ちゃん、コウヒちゃんの娘さんと、顔見知りだったのよ。時期的に、あの火事で死んでないと、思わなかったのかしら?」

 ユズと知り合って年齢を聞けば、その可能性を考えるくらいには、蓮は賢い。

 そう指摘すると、鏡月は唸った。

「どうだかな。火事で救出されたコウヒとやらとユウが、すぐにそう言う間柄になっていたら、ぎりぎり火事の前に女が出来てと、考えるだろう」

「確か、兄弟が火事に巻き込まれたのを気に病んでいるのを見かねて、ついつい情をほだしてしまったと、言っていましたから。微妙な所ですよね」

 律が頷いて言うと、若者も苦い顔で続ける。

「力尽きる前に子供を産んで、男に託そうとしたが、何を血迷ったか仇を討つと逃げてしまったと、恨んでいるようだったな」

「腕力は殆どない人だったから、子育ても出来なかったかもしれない。違う人に拾われて良かったと、言っていましたね」

「……誰が?」

 弟子仲間同士、仲良く会話するのに、ロンがついつい割り込んだ。

 これまた仲良く振り返った二人は、顔を見合わせてから同時に微笑んだ。

「誰でしょうね」

「……律ちゃん?」

「活を入れてやったら立ち直ったので良かったが、あのままいられたら、本気で鬱陶しかった。血の繋がりは薄い筈だが、あの赤毛といい勝負の鬱陶しさだった」

 若者がしみじみと話を戻し、ロンは気になりながらもその言葉に返す。

「カ社長も、ヒスイちゃん以上に、うじうじするタイプだから、そっちから受け継いだんじゃないのかしら?」

「ヒスイの旦那以上? それは、鬱陶しいですね」

 律はつい、口を滑らせた。

 顔色は変わっていないが、酒で口は軽くなっている。

 その感想に、鏡月も深く頷く。

「すぐに立ち直ったが。いや、活を入れる前に、我には返っていたが。兎に角、呼び出された理由は、女との面識の有無の確認だったらしい。申し出とは別に、仕事も請け負っていたようだったが、その仕事の方はもう、終わった後だからと、キャンセルされていた」

 その後、とんでもない事実を蘇芳に知らされたが、ここで話す訳にはいかない。

 鏡月は一度話を終わらせ、盃の中身を煽った。

 手酌で再び酒を注ぎながら間を持たせ、話を続ける。

「一週間ほど後だったか? お前が、連絡をくれたのは?」

「ええ。すぐにそちらから訪ねて来るとは、思いませんでした」

 言いながら、律もグラスを傾ける。

「しかも、意外な人まで一緒で、驚きました」

 その意外な人物が、布袋を肩に担いだ、エンだったのだ。

 男は蘇芳に目通りを願い、顔を合わせた途端、動いた。

 右手一本の動きとは思えないくらいの速やかな動きで、律も鏡月も反応が遅れた。

 気づいた時には、座っていた蘇芳を立ち上がらせて大黒柱に追い詰め、釘で腕を縫い付けていた。

「釘と言うより、標本用の針に近い物でしたね。両手両足を大黒柱に縫い付けて、それは穏やかな笑顔で、脅していました」

 そして、律を振り返って言った。

「全快するまで、こいつはこのままで。世話は、そこの狐君たちにやってもらえば、充分な罰になるでしょう?」

 その後、エンは別な場所に向かった。

 何となくついて行った鏡月は、そこで蓮の父親と初顔合わせする。

「カ・セキレイに目通りを願って、同じように縫い付けた。違ったのは、大黒柱ではなく、屋敷の壁だったところだな」

 エンは素早くそれを終えると、周囲を見回した。

「おや、シユウレイさんはどうしました?」

「失踪中だっ。頼む、何があったかは知らんが、今は開放してくれっ。姉上の居所が、ようやく分かりかけているんだ」

「それは出来ませんね。部下の方に世話はしてもらって下さい。代わりに縫い付けられている間は、オレがシユウレイさんの追跡を代わりましょう。事情の説明をお願いします」

 まるで、拷問しているようだと、鏡月は思った。

 実際、後で駆け付けた男は悲鳴を上げたから、見た目もそうだったのだろう。

「……そこまでされて、懲りない所も、何だか危ないですね」

「ああ。組まない事を祈って置こう」

「カ社長が、また裏社会に入る真似をしないなら、大丈夫よ」

 十五、六年前、突然まっとうになったのを知るロンは、その理由を知り納得した。

 男の言い分に頷きつつも、律は少々不安だった。

「蘇芳は最近、別な趣向に目覚めたようです」

「あれ以上変な趣向なら、早く見極めないと、不味いな。趣向は変わっても、好みは変わらんだろう?」

 そうなると、一度目をつけられた獲物が、全く別な趣向で餌食になるだけで、安心できない。

「この機会に、この世から抹消できないかしら」

「そういう訳に行かないから、監視だけはしているんですが」

 あれで、この国の役に立ったのだ。

 妖怪とは言え、功労者を簡単に死なせるのも、後味が悪いのだと言う律に、二人の弟子仲間は低く唸った。

「……まあ、人間の寿命の辺りに、誰かの手にかかる分には、見逃しますけどね」

 ぽつりと言われ、鏡月は目を細めた。

「それまで、お前はそのままか?」

「片手間で、監視は出来ませんからね」

「……」

 グラスを傾けながら答える狐を見、ロンも目を細める。

「そろそろ、今後の事も考えた方がいいわよ。じゃないと、オキちゃんの我慢が切れて、浮気しちゃうかも。もしくは、お預けから解放された途端、駄々洩れ状態になって、体力的にあなたがダウンしちゃうかも」

「……お前の所と、一緒にしてやるな」

 心配そうに言った男の例えは、当の男の体験談だ。

 最も、浮気は冤罪だったが、ようやく夫婦で住めるようになった時、お預けの時期が長すぎたせいで、危うく女を死なせるところだったらしい。

「それを聞いてから、浮気も容認した方が、いい気がしているんです。妾を三人ほど、持ってもらった方が、いいでしょうか?」

「落ち着け。お前、耐えられるのかっ? 他の女に手を付けるオキにっ?」

 蘇芳と共にいる時期が長いせいで、この辺りの感覚が麻痺しているようだ。

 真顔でとんでもない事を口走った狐に、鏡月は焦って返すと、律は黙って考え込み、答えた。

「重ねて四つにしてしまいますね、それは」

「だったら、そんな考えはやめろっ。いいか、程々に、お預け状態を解消してやれ」

「誰が、そんな事を?」

 きょとんとする弟子仲間に、若者はきっぱりと言った。

「お前だ、お前っ」

「え、どうやって?」

「どうやってって、もう、分かってるくせにっ」

 ロンもとろっと笑みを浮かべ、狐の肩を強く叩いた。

「嫌がるなら、力づくでものにするんだっ。お前ならできるっっ」

 収拾が、つかなくなってきていた。

 酒好きだが蟒蛇ではない三人は、この日一晩中、他愛のない話で盛り上がりながら管を巻き続けたが、止められる者はいなかった。

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