第3話

 昨日の、夕刻。

 久し振りに古谷家で寛いでいたセイを、ある集団が直撃した。

 暗くなってきたので、遊びに来ていた十代の少年少女を、家まで送ろうと立ち上がったところだった。

 珍しい組み合わせの集団で、流石にセイも目を丸くしてしまった。

「ど、どうされたのですか? そちらの方とご一緒とは……」

 古谷ふるや氏も、戸惑いながら一緒に来た男の一人に、声をかけるくらいだった。

「すまんな、義人よしと。事は、一刻を争う。この方を、借りるぞ」

「悪いんだけど、一刻を争うのは、こっちも同じだ。この子たちを、早く家に送らないと」

 無感情に割り込んだセイに、古谷氏と話していた瑪瑙めのうではなく、その傍で落ち着きなくうろうろしていた大男が、懇願の口調で言う。

「頼む、セイ。里沙りさが、戻らねえんだ」

「え、里沙姉ちゃんが?」

 思わず言ってしまったのは、送って行く予定の少年だった。

 一緒に庭で、チャンバラごっこしていた少女と顔を合わせ、セイを見上げる。

「オレたち、二人で帰れます。しずかは、オレがちゃんと送るし……」

「駄目だ。送って行くと、君らの親御さんと、約束した」

 小学生と中学生の二人を、気心知れた土地とは言え、二人きりで返すなど、出来るはずがない。

 里沙は高校生で小柄な少女だが、探すにせよ二次災害になりかねない行動は、したくない。

 そんな考えで、きっぱりと言い切ったセイに、古谷氏が頷く。

「では、私がお二人を、送ってまいります。若は、市原いちはらさんのお話を……」

「頼む、里沙と、この人の奥さんを、探してくれっ」

 手早く支度をして、子供たちを連れて出かけていく古谷氏を見送ってから、セイは無感情に葵に答えた。

「里沙だけならまだしも、何でこいつの奥方まで、私が探さなきゃ、いけないんだ?」

 こいつ、と無感情な目で見据えたのは、壮年の男だった。

 細身で、背丈は隣に立つ瑪瑙と葵の、頭一つ分低い位だが、渋みが滲む男だ。

 いつもは自信に満ち溢れ、少々鼻持ちならぬ言い草をする男なのだが、今日は無言のまま顔を伏せていた。

 代わりに、瑪瑙が答える。

「この人の奥さん……いや、オレらの伯母さんが、里沙と一緒だったんだよ」

「いや、凪も一緒だったし、瑪瑙も一緒だったんだぜ。なのに、こいつと凪だけ、戻って来た。なあ、あいつら、あそこで全滅したんだよな?」

「……かえでを簡単に捕らえるとしたら、奴らしかいない。お前らが、取りこぼしたんだろう? 責任を持って、奴らの居場所を探せ。そして、早々に私に知らせろ」

 声を抑えつつそう命令する男の顔を、セイは無言で見上げたままだ。

 静かに近づき、手にしていた鉄砲の引き金を引く。

 水鉄砲から噴き出た水は、正確に男の額に命中した。

「責任云々は置いておいて、私に指図をするより、確かな仕事をしてくれる人が、あんたの周りにはいるはずだろう? なぜ、その人に頼まない? と言うより、私は、あんたが、この地に入っている事の方が、不思議なんだけど」

 我に返り、見上げた目にぎょっとした男に、セイは無感情のまま呼びかけた。

「うちの身近な子供を巻き込んで、何をする気だったんだ? 蘇芳すおう?」

 その勢いに、蘇芳と呼ばれた男は後ずさった。

「私はただ、楓と、旅行を、楽しもうと……」

「……その辺りの説明は、オレがしようか。すまない、本当に。だから、怒りを引っ込めてくれ。頼むから」

 頭を抱え込んでしまった男の傍で、瑪瑙が下手に申し出た。

 ただ見据えているだけ、しかも見据えられているのは自分ではないのに、こちらまで身がすくむ空気だ。

なぎは、家に一人なのか?」

 そんな男たちには構わず、セイは後ろで成り行きを見ていた女に、短く尋ねた。

「凪は、お母様の所に、預けてきました。事情を話しては、お父様まで動きそうなので、お母様が留守番している時間に」

「そうか。これ以上変な訪問者は、お断りだからな」

 若者は頷いて玄関から、家人に声をかけた。

「すまない、また少し、庭を借りるぞ」

「はーい」

 少女の声が元気に答え、それに頷いて客人たちを振り返った。

「こっちに。急ぎの話なんだろ?」

 あっさり言い、庭の方へ歩き出すセイに続き、男たちは代わる代わる、事情を話し出した。


 そもそもの話は、蘇芳が言った通り、旅行だった。

 ただの旅行ではなく、楓が久し振りに田舎で羽を伸ばしたいと言い出したのが、始まりだったのだという。

「お前が、大々的に奴らを調べ上げ、壊滅に向けて動き出した時、楓は喜んだ。それが現実になりかかった頃から、二人で旅行に行きたいと、ねだって来るようになったのだ」

 蘇芳に、否があるはずがない。

 水入らずの旅行など、奴らの目を盗んでするのは至難の業で、勿論襲われても対処可能だが、楽しんでいる時のそれは、興ざめするに充分なアクシデントだ。

 その邪魔がいなくなるのだから、どうせなら誰かを介さず、旅行を計画してしまおうと考えたのだ。

「あの一族は、数人の例外を除いて、全員排除したよ。あれだけ粉々になったのなら、どこかの変わり種ならともかく、生き返る事はないはずだ」

「その例外は、問題ない奴らなのだろうな?」

「その内の二人は、ここにいるだろ」

 目だけで葵と瑪瑙を指し、セイは言い切った。

「もう一人は、墓守に従事してるらしいから、今のところは動く事すらしないだろ」

「おう、一応、一族の事は、叔父貴にも、報告済みだ」

 頷いた葵もそれを裏付けた。

「なら、なぜ、楓が、戻ってこんのだっ?」

「まず、何で、その旅行であんたたち二人が離れたのか、それから話せ。何もかも飛ばして詰問されても、こちらは知らないとしか答えられない」

 混乱気味の男に、セイは持ったままの水鉄砲を向けながら、話を促した。

 今度は、目を狙っている。

 中身、洗剤に変えとけばよかった、と内心思いながら、それでも静かに促したのだが、ひしひしとその想いが伝わったらしい。

 蘇芳は咳払いをして、声を抑えながら説明を始めた。

「喧嘩したのだ」

 短い。

「……どこで?」

「旅行先の、ホテルで、だ」

「どういう喧嘩だ?」

 徐々に、冷ややかになっていく言葉が、答えていない男たちの背筋を凍らせていく。

「甥っ子の子供たちに会いたいと、楓が言い出して、水入らずのはずだろうと、反論したら……ホテルに、恋人連れ込んでるくせにと、楓が怒り出して……」

「……」

 黙ったセイが、小さく笑った。

「セイ、落ち着いて、オレの話も聞いてくれるか?」

「落ち着いてるけど?」

 何で、ようやく寛げる時間に、こんな話を聞かされるんだと、投げ槍になりそうなセイの気を、おどおどとした葵の声が取り直させた。

「な、ならいいけどよ。……今日の朝方、伯母さんから電話があってな、うちの子二人を遊園地に誘いたいと、言って来たんだ」

「だが、この狐の奥方やってるからな、楓伯母は。何されるか分からないって、この人に相談されたもんで、オレも同行する旨を伝えて、一緒に出掛けたんだ」

 続けて、瑪瑙が説明する。

 遊園地は、K県で有名どころの施設だ。

 最近、所有者が変わり、アトラクションの大部分が、リニューアルされた。

 入場口で待ち合わせし、家族割を使って四人で入園した。

「凪は、数々のジェットコースターを回りたいが、里沙は別な物に乗りたいと言うんで、場所決めて集まろうってことで、二手に分かれたんだ」

 瑪瑙が凪を、楓が里沙を連れて歩き、昼過ぎに、食べ物の出店のある場所で待ち合わせた。

 分かりやすかったはずだし、楓の方は方向音痴ではない。

 なのに、夕刻の、閉園時間を過ぎても、二人は現れなかった。

「ホテルに先に戻ったのかと、この人に連絡したら……」

 蘇芳は、すっ飛んできた。

 その上で、一度こちらに戻って来たのだった。

「……具体的に、何に乗るかは、聞かなかったのか?」

 短い説明の後で、まずその事を尋ねる。

「ああ。里沙は、メリーゴーランドと、コーヒーカップに乗りたがってたから、まずはそれに乗りに行っただろうが、その後は……」

「楓の方は? 何に興味を持っていたようだった?」

「伯母さんの方か?」

 瑪瑙は少し考え、言いにくそうに答えた。

「旦那の愚痴が、止まらなかった」

「……ただ、帰って来るのが、嫌なだけじゃないのか?」

 時間の無駄遣いをさせられている気がしてきて、セイは一度強く頭を振った。

「何にせよ、里沙を、連れて行ってるんだったな。捜索願、出したか?」

「出そうと思ったら、止められたんだよ、この人に」

「当たり前だっ。人の女房を、誘拐犯扱いするなっ」

 大声を張り上げる壮年の男を一瞥した後、セイは後ろの方で黙っている女を見やった。

朱里しゅり、大丈夫か?」

 その労わりの言葉で、葵も妻を心配そうに見る。

 微笑んで夫に頷き、朱里は頷いた。

「はい、平気です。お兄様、里沙を、探してくださいますか?」

「力は尽くすけど、そちらの力も使うぞ」

「勿論です」

 今度は強く頷いた朱里に、若者は無感情に切り出した。

「じゃあ、頼む。一時間で、出来る限り多く、その施設の資料を集めてくれ」

「はい」

 すぐに動き出す妹を見送りながら、声だけは男たちに投げる。

「場所を移動するぞ。葵さん、あんたの家に行く」

「お、おう」

 また、ぞろぞろと玄関の方へ向かうと、そこにまた客がいた。

 朱里が鉢合わせしたらしく、珍しくしどろもどろで挨拶している。

 客は、心配そうに女に問いかけていたが、庭の方からぞろぞろと男たちが出てくるのを見て、目を見張った。

 そして、その内の一人が誰かを見止め、ぎょっとなる。

「おい、何で、お前がここに……」

 見返した蘇芳が、曇った顔を輝かせた。

「蓮っ。お前、しばらく見ぬうちに、また男っぷりが上がったなっっ」

 嬉しそうに近づこうとするのに、大男二人が必死に追いすがる。

「そんな、場合じゃないでしょうっ」

「あんたな、状況を、理解してねえのかっ?」

「……ここまで、頭が空っぽの狐も、珍しいんじゃないのか」

 後ろで立ち尽くしていた若者が、静かに呟いた。

 そのひんやりとした、無感情な声音が、蘇芳の動きを止めた。

 そんな男に構わず、セイは三人を追い越し、いつも通りの呼びかけをする。

「どうしたんだ、こんな時間に?」

 呼びかけられた蓮は、逃げ腰になっていた体勢を戻し、咳払いして答える。

「ここ数日、暇になったとか、言ってただろ? なら、こっちの仕事を、手伝ってもらおうと思ったんだが……急用か?」

「ああ。ちょっと、複雑な上に、早急に解決したいんだ」

 顔色が優れぬ朱里を振り返り、蓮が真顔で尋ねた。

「ガキどもに、何かあったのか?」

「蓮お兄様……」

 朱里は、思わず口を抑えた。

 そんな妹分に頷き、蓮は若者を振り返る。

「こっちは、急ぎじゃねえ。何があったか、手短に話せ」

 頷いたセイは、短く言った。

「里沙が、そこの狐の奥方と共に、消えた」

「時と場所は?」

 それにも短く答えると、蓮の顔が怪訝な顔になった。

「確かなのか? その施設内から、出て来ねえのは?」

「ああ、何か、知ってるのか?」

 瑪瑙が声を上げると、蓮はあっさりと頷いた。

「そこの情報が欲しいなら、一時間もいらねえ。オレが持って来た」

「本当かっ?」

 葵が目を輝かせる中、若者は頷いてセイを見た。

「その施設、まだ噂程度の話なんだが、怪しい話がある」

「……」

 何故か眉を寄せた若者に代わり、朱里が勢い込んで蓮の腕を攫む。

「うちに来てください、そこで、詳しいお話をっ」

「いや、古谷さん、家の客間、借りてもいいか?」

 セイがゆっくり首を振り、門前に立つこの家の主に声をかけた。

 戻ったばかりの古谷氏は、話を聞いていなかったが、微笑んだ。

「時間が惜しい、お話なのですね」

「分からないけど、蓮の話とかち合うのなら、早い情報交換が望ましそうだ」

 その答えに頷き、古谷氏は一礼して玄関の方へ歩き、引き戸を開けた。

「何のお構いも出来ませんが、どうぞ」

 客間は、畳部屋だ。

 テーブルを挟んで全員が座ると、真剣だが内密に収めたい話と察した古谷氏が、直々に茶を運んできた。

「本当に構わなくても、いいんだからな」

 気安い瑪瑙の言い分に、家の主人は笑った。

「そういう訳には、いかないでしょう。若の、御客人なのですから」

 それでも話の邪魔はせず、茶道具一式をテーブルに置くと、一礼して退室した。

 その一連の動きを見送ってから、セイが切り出す。

「どういう噂か訊く前に、気になるんだけど。何で、あの遊戯施設の噂が、あんたの耳に入ったんだ?」

 ここは、M県の外れだ。

 どちらかと言うと、九州の南の県に近い土地柄だ。

 最近、バイトの範囲が広がったのか、県内全域には出没しているようだが、県外にまで蓮が足も伸ばしているとは、思っていなかった。

「いや、それを言うなら、何で、朝、そう早くねえ時間に、呼び出されたガキどもが、あの遊園地で、昼飯を目途に、遊び倒せるんだ?」

 県庁所在地まで行くのにも、一時間かかるのに。

 そんな問いに、セイは無感情に答えた。

「そんなの、あんたもよくやってるだろ。国道や高速以外は、山道も同然だ。凪も里沙も、瑪瑙に抱えられて、山の中を高速度で移動したんだよ、きっと」

「オレは、木の枝伝って、移動してんだけどな」

「猿か」

 思わず口走り、咳払いした瑪瑙は、睨む若者から目を逸らしながら、セイの予想を一つだけ訂正した。

「里沙は、後をついて来たぞ。偉くなったよな、迷うことなく、オレの背について来た」

「そうか、ちゃんと、人の後をついて行くことは、出来るようになったんだな」

 良かったと、葵が安堵の溜息をつくが、全く安心できる状況ではない。

 その、長閑な空気に耐えられなくなった蘇芳が、話を切り出した。

「蓮、噂とは、どういう物なのだ?」

「カップルが消える、遊園地」

 怪談じみた噂だ。

 風評被害の一つの様なその噂は、信ぴょう性があるのか。

「オレは、最近あの県の方で、ビラ配りメインにやってんだが……」

「あんた、こっちで、何かやらかしたのか?」

「最近、なぜか、補導員がわらわら来やがるんだよ。一々、相手するのも面倒なんだ」

 まだ、見た目は十代半ば過ぎ、だ。

 微妙な年齢は、目立つのだ。

「で、ほとぼりが冷めるまで、あの県の方へ出稼ぎしてんだよ」

 そのバイト中、何度か人探ししている夫妻に、遭遇した。

「年齢はまちまちなんだ。六十越えた夫婦の時もあれば、まだ四十越えた位の夫婦や片親の場合もある。夫婦二組が揃って来た時もある」

 だが、大概一組の夫婦、または片親で、子供の行方を捜して、そこに行きついたようだった。

「写真を見せられるんだが、大概が女の方だな。若い時もあれば、落ち着いた年齢の時もある。兎に角、接点なんざ、ありそうもねえが、一つだけ、口を揃えて言われるんだ」

 近くの遊園地に行ったと言うことまでは、分かっている。

「その後、一緒に行ったはずの友人と共に、もしくは、友人たちを残して、恋人と共に、姿を消した、とな」

 施設の方にも問い合わせたが、閉園時間の後の見回りでは、今のところ何の問題も出ていないと、答えられるそうだ。

 普通に考えれば、そのまま駆け落ちや家出に踏み込んだ、となるのだが、親たちは強く否定した。

「仲を反対した事はないと、まあ、いなくなってからの話だから、これは余り信用できねえが、友人を残して消えた二人は、一言も断りを入れねえで、帰る奴らじゃないと、友人たちも心配してたらしい」

「それも信用できないな。この国の人だけじゃないけど、人間って、いなくなった人や亡くなった人を、どんなに嫌ってても、悪く言わずに取り繕うきらいが、あるからな」

「ま、そう言う事だ。だが、ないとも言い切れねえだろ?」

 セイは頷き、蓮を見返した。

「それに、あんたがそこまで食いついたってことは、真実味があったって事だろ?」

「まあな」

 だが、そこまで深刻には考えていなかった。

 所詮は他人事だ、興味本位の探索だった。

「この間、夜に入って見たんだよな、その施設内に」

 そして、奇妙な事に気付いたのだ。

「あちこちに監視カメラがあってな、視界に入らねえようにするのが、結構難儀だったんだが、全くその類が見当たらねえ場所が、数か所あったんだ」

 そこは、場所からして、一番なければならないはずの場所だ。

「どこだ?」

 瑪瑙が身を乗り出すと、蓮はセイを一瞥してから答えた。

「ホラーハウス、だ」

「ホラーハウスって、お化け屋敷の事が?」

 目を見張ったセイの傍で、葵が目を剝いた。

「おいおい、あそこはただでさえ暗くて、犯罪が起きやすい場所だぜ? そこに、カメラが一切ねえって、どういうこった?」

「それを、個人的に調べる気で、協力を仰ごうとここに来たんだ、オレは」

「……協力? 誰に?」

 何故か、ぎこちなく問いかけるセイに、それより少し小柄な若者がきっぱりと答えた。

「お前に、だ。さっき言っただろうが」

「どういう、協力だ?」

 妙に慎重な問い掛けに、他の者が首をひねる中、蓮は一枚の紙きれを取り出した。

 愛らしい絵柄と、件の遊園地の名が印刷された、入園チケットだ。

 カップル限定、の文字がきらびやかに書かれている。

「これを使って、ホラーハウスを、くまなく回る。その手助けをして欲しい」

「……」

「まあっ、お兄様方が?」

 朱里が小さく手を打って声を上げた。

「名案です。もし、里沙がホラーハウスに入って、迷ってしまっているのなら、疑われないように入るのが、大前提ですもの」

「……里沙は、ああいう物にも、興味があったのか?」

 チケットに目を落としたまま、黙っているセイの代わりに、瑪瑙が身を乗り出すと、朱里は頷いた。

「どちらかと言うと、そう言う刺激の方が、好きなようです」

「そうか。まあ、あまり怖くなかったかもしれないな。あそこは、人形が精巧に作られて、動く様にはなっているが、人を使って脅す類の物がないんだ」

 セイが何故か、固く目を閉じた。

「ん? どうした、セイ?」

「……いや、何でもない。里沙が、その中をさ迷ってるだけなら、楓は一度、出て来るんじゃないのか? それこそ、あんたらにも協力を求めた方が、探しやすい」

 カップルしか消えないのなら、伯母と高校生の二人連れが消えたのも、変だ。

「女同士のカップルに、見えたかも知れんな」

 蘇芳が新しい意見を出すが、全員に首を振られた。

「あんたらみたいに、べたべたとしながら歩いてるとは、思えない。はしゃいではいたかも知れないが」

「なら、私と蓮でも、カップルには見えないんじゃないのか? べたべたなんか、出来ないだろ?」

 慎重にそう言うセイに、朱里は目を見開いて首を振った。

 身を乗り出して、兄の手を取る。

「そんな事はありません。大丈夫ですっ。お二人は並んだら、絶対に、どちらかが異性に見えますっ。いえ、同性同士に見えても、不自然ではありませんっ」

「……そう言う太鼓判は、いらねえぞ」

 そんな話をして、まとまった翌日の今日、二人は時間通りに落ち合い、今に至っていた。

 園内を歩きだしながら、セイは眉を寄せている。

「あのさ、本当なら、昨夜確認するべきこと、だったんだけど……」

「ん?」

「補導員、増えてたっけ?」

 セイの見た目は、蓮より少し年上に見える。

 だが、まれに、補導員に捕まりかかるから、その注意は怠っていない。

 だから、少し考えると、首をひねる言い訳だった。

「何で、この辺りに、あんたは出稼ぎに来てたんだ?」

 答えない蓮から、兄貴分と雅の消えた方を見ながら、セイは続けた。

「もしかして、あれを画策するために、無理やりここでの仕事を探した、のか?」

「そんなこと、どうでもいいだろうが。実際、調べることになったんだからな」

「……その香水、目印、ってことは、ないよな?」

 蓮の歩いて行く背に、小さく投げかけるが、反応はない。

 エンがこの場に現れ、セイもここにいる。

 それが、何かの悪戯じみた画策に、巻き込まれた証に思える。

 セイは静かに深呼吸しながら、何事も起こさぬように祈る。

 エンにとって、高い場所は鬼門だ。

 だが……。

 セイにとっては、ホラーハウスが、鬼門だった。



 

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