二章第13話

 サロンの戸口に現れたお下げ髪のマリーは人の多いサロン内に少し怖気付いたように動きを止めたが、すぐに顎を引き背筋を伸ばすと一つ咳払いをし口を開いた。


「皆様でお集まりのところ失礼いたします」

「どうしたの?」


 入り口で立ち止まったマリーの側へ移動し尋ねると、マリーは私の目を見ながら続ける。


「この前のお話ですが」

「この前?」

「トトリ村に行ってみたいというお話です」

「あぁ」


 厨房でそんな話をしたのを思い出しているとマリーはジッと私の顔から視線を外さずに少し緊張した面持ちでいる。そんな少女の様子に要領が得ず私は少し首を傾げた。


「うん?」

「実は今度、新しい商品の買い付け先の候補にトトリ村を上げようと思っているんです」

「えっ!」


 “トトリ村“という言葉に私は目を見開いた。


「まだ決定ではないですが…………もし、トトリ村に決まった場合なんですが。同行なさいますか?」


 言葉を選ぶように区切り区切り唇を動かすマリーに私は瞬きを繰り返した。


「えっ!? いいの?!」

「父に許可を取らないとダメですが…………その、それで。トトリ村行きの為に村の事や村への行き方を詳しく調べる必要があって……それで、それを調べる手伝いをおねが……」

「やるっ! やるよ!」


 マリーが言い終わる前に前のめりになった私の勢いに押され、半歩後退り体を反らすマリーの手を私は笑顔で握る。


「いくらでも手伝うよ!」

「あ、ありがとうございます。では、今日はこの辺で。また後日改めて伺います」

「うん! わかったよ。ありがとう、マリー!!」


 いつもの眉間に皺を寄せる癖を見せつつも少しホッとしたような表情で礼儀正しく腰を折ったマリーはサロンを後にし帰っていく。私はその後ろ姿を浮き立つ気持ちで見送っていた。


「……フェリックス」

「ん?」


 ニコニコ顔の私の名前を呼ぶライアンの声に振り返ると、ジト目でこちらを見ている褐色の肌の少年の視線とぶつかった。


「……なんで行ける気になってんだ?」

「え?」

「つか、いつの間にステファニー商会と買い付けに行くってそんな話になってんだ?」

「え?」


 ライアンの言葉に私の動きが止まる。


「確かにまだ父上と母上に話はしていないけど…………」

「外出禁止令」

「あっ!」


 短く言い放ったライアンの言葉に私はすっかり忘れていた自分の状況に焦り始める。


「で、でも! ちゃんと色々調べて、安全なルート調べてそれで……」


 浮かれててすっかり忘れてたけど、確かに私には不要の外出禁止令が出ている。でも、三年言い付けを守って引き篭もっていたんだから、これくらい良いんじゃない、かな?!


「それで、ステファニー商会の使用人として連れてってもらえばバレないんじゃないかな!?」

「あのなぁ…………」

「旅の途中で何かあったらどうするのさ、兄さん! また体調悪くなったらどうするの?!」


 必死な私にライアンは呆れたように額に手を当て、セバスチャンは口を尖らせ立ち上がり不機嫌そうな顔で私を見ながら言った。


「で、でも…………教官のトレーニングで健康になってるし」


 私、ライアン、セバスチャンの間に気まずい空気が流れ、しばらく見つめ合っていると


「トトリ村か」


 と、ダンテがどこか懐かしそうな声を出した。


「道程は日数がかかるが穏やかな気質の村人と風光明媚な山間の村だな」

「行ったことがあるんですか?」


 私たちの様子を黙って見ていたレニーがダンテに尋ねるとダンテはいつもの笑みを浮かべて大きく頷いた。


「うむ。昔、任務の途中で少しだけ立ち寄っただけだがな」

「へぇ。日数かかるってどれくらい?」


 ジャックの問いにダンテは顎に指を当てながら記憶を辿り答える。


「確か、片道8日間くらいかかったと思うぞ」

「8日!」


 ダンテの言葉に叫び声のようにセバスチャンは声を上げた。


「ダメダメ! ぜ〜ったいダメだからね、兄さん!!」

「俺も反対だ」

「うっ……でもぉ……!」


 念願の納豆味噌醤油があるかもしれない場所。ステファニー商会が実際買い付けに行く事になったらマリーたちに詳しい情報を伝えて持って帰ってきてもらう事が一番良い方法なんだろう。それは分かる。でも、もしかしたら持ち帰ってこれない物もあるかもしれないし、私が思っている以上の物もあるかもしれない! 自分の目で、確かめたい!! どうしても!!!


「それでも、私はトトリ村に行きたい! ずっと行きたいと思ってたんだ」

「…………フェリックス」


 今まで私のことを心配してくれて言ってくれた言葉にここまで強く反発したことは無かった。だからか、ライアンもセバスチャンもジャックたちも驚いたような顔をして黙ってしまっていた。

 自分でも分からない。何故、こんなにトトリ村に行きたいと思うのか。分からないけど、行きたい気持ちは収まりそうになかった。


「…………そこまで言うのであれば国王陛下には私から話をしてみよう」


 ダンテの言葉にバッと彼を振り返るとニッと白い歯を見せ笑った。


「だが、あまり期待はせんように!」

「ありがとうございます!」


 ダンテに頭を下げお礼を言うと、私はライアンとセバスチャンに改めて向き合うと真っ直ぐに二人を見つめた。


「二人が私のことを心配してくれてるのは有難いし、感謝してる。でも、いつまでも守られているばっかりのお坊ちゃんじゃないよ。みんなが心配しなくて済むように私、旅程を考えるから。二人もそれを見てから決めてくれないかな?」


 私の言葉に二人は憮然とした面持ちでただ黙って静かに頷いた。

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