二章第12話
温かくて柔らかな湯気が満ちる木造の浴室内。絶えず流れる湯の音がリラックス効果を高め、湯が体の芯まで解してくれる…………はずだが、今の私には全く効かないようだ。むしろ、のぼせそう。なぜならーー
「はーっはっは! 100数えるまでにーがーさーんーぞ~!」
ダンテの逞しい二の腕でがっちりとまとめてホールドされている子供たち。
「ぎゃー! 離せ~!!」
大袈裟に叫んだジャックとダンテの体の間に挟まれているセバスチャンは自由な足を大きくバタつかせて盛大に湯を蹴りあげる。
「えいっ! えいっ! くらえっ!」
「ぶはっ! おい、止めろよセバスチャン!」
「あはははは」
思いっきり顔に湯がかかったライアンの横ではレニーが楽しそうに笑っている。
キャッキャと響く子供の声にとても良い笑顔を浮かべているダンテ。私はそのダンテの厚い胸板と太い腕に挟まれ、大人の男性の逞しさにドギドキが止まらない。
今まで子供たちだけでお風呂に入った事はあったが、ダンテと一緒は初めてなので余計にどうしたら良いのかわからず、顔が熱くなるのが分かる。
(ヒャ〜〜〜っ!?! は、恥ずかしい〜〜〜〜!!)
そんな私の心中を誰も気づくこと無くお風呂でのわちゃわちゃは続く。
「それにしてもどうしたらそんなに太い腕になるんですか?」
もぞっと動いて強制おしくら饅頭から抜け出たレニーがダンテの腕をマジマジと見ながら言うとダンテはニッと白い歯を見せて両腕にグッと力を入れて力こぶを作ってみせる。
「それは日頃の鍛錬とたくさん食べてしっかり寝ると私のような大人になりますぞ!」
「え〜すぐになれないの?」
「ムキムキのセバスチャン…………」
ダンテへ向けて言ったセバスチャンだが、私たち全員の頭の中に腕も胸板もムッキムキのセバスチャンがグッとポーズを決めている画が浮かぶ。
「……似合わねぇな」
「……似合わないな」
「……想像つかないなぁ」
「……う〜ん。想像つかないね」
ライアン、ジャックの同時似合わない発言と苦笑を浮かべ言った私とレニーにセバスチャンはショックを受けたような顔でバシバシと水面を叩く。
「えー?! なんでなんで!?」
「ブハッ!? だからやーめーろって! このっ!」
顔に飛んだ湯を手で拭ったライアンはお返しとばかりにバシャっと大きな飛沫をセバスチャンに向かって作るが、勢いの強い飛沫は周りの皆にもかかる。そうすると後はお湯かけ祭りの始まりである。
「やったなー! この〜!!」
ジャックもバッシャバッシャと湯を掬い上げるように天井へ向かって飛ばすと、レニーも負けじと湯を掻き飛ばす。
「このっこのっ!」
「わわっ! こらこら!」
「はっはっはっはっ……ブハァっ!」
手で顔を庇っていた私とは対照的に大口を開けて笑っていたものだから、思いっきりダンテの口の中に湯が入り咽せている。
「げっ!」
「ゲホッゴホッ! …………や〜り〜ま〜し〜た〜な〜!」
ヤバいものを感じつつ、動きを止めてダンテの様子をうかがっていた子供たちへ向かってその巨漢でダイブした成人男性の身体はまるでシャチのショーの如く風呂桶にたっぷり入った湯の上に落ち、大きな波を作った。
「ぎゃー!」
「うわー!!」
わちゃわちゃを通り越した子供たちの叫び声が響く。滴の落ちきった髪がまたもずぶ濡れになると、もうもうすっかり私の中の恥ずかしいだとかドキドキとかは風呂場内を縦横無尽に飛び交う湯の飛沫と共に吹き飛んでしまった。
そんな大暴れのお風呂から出る頃には子供たちは軽くのぼせ、ぐったりと脱衣所の長椅子に体を預けていた。洋服は綺麗に洗濯され、火の精霊と風の精霊の力でよく乾いて気持ち良いがそれにも気づかないほど茹ってしまった彼らに冷えた飲み物を飲ませて、少し涼んだ後でサロンへと移動する。
サロンでもボーッとしている彼らに苦笑しつつ、私はハチミツたっぷりのレモネードを振る舞いながら風の精霊で微風を送り熱を冷ましていく。
「いやぁ、少しはしゃぎすぎましたな! はっはっは」
一人だけ変わらず元気に笑うダンテ。傍観していた私も少しばかりのぼせ感があるというのに、本当に元気な人だ。
「フェリックス様。ステファニー商会のマリー様がお会いしたいとお見えになっております」
不意にサロンの入り口からそう侍女が声を掛けてきた。
「マリーが?」
「お通ししても宜しいですか?」
「うん」
私の頷きを確認しサロンを一度出て行った侍女の後ろ姿を見ながら小さく首を傾げた。
「一体、なんだろう?」
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