二章第14話

 ひんやりとした空気が満ちている図書室で今日はマリーとトトリ村買い付けの旅の企画会議をするのだが、何故かセバスチャンとライアンも椅子に座り、ジーッと私の姿を目で追っている。いつもは私一人だけの図書室に今日は四人。人口密度が高いなぁ、と思いながら私は両手に抱えた数冊の本を彼らが座っているテーブルの上に置いた。


「はい。これがこの屋敷にあるトトリ村に関する記述のある本全部だよ」

「ありがとうございます」


 礼を述べたマリーは少し気まずそうな様子でチラリとライアンとセバスチャンへ視線を走らせるが、何も言わずに本を一つ手に取った。

 そんな彼女に努めて穏やかな口調で私は言葉を続ける。


「トトリ村がどういうところかはその本を読んだら大体分かると思うよ。で、これが……」


 そんなに大きくないテーブルの上に私は一枚の地図を広げた。


「これはトトリ村を含んだ周辺地図だよ」

 

 テール王国が左端に小さく描かれ、山々や川、小さな町がいくつか描かれた紙面の右上の山々の峰の間にトトリ村が描かれている。現代の地図のように精巧な物ではなく、象徴的な図形で描かれたとてもざっくりした地図だがそれでも無いよりはマシだ。


「私の考えなんだけどね、まず王都を出発して目指すのは東の町イシリール。そこまでは1日で着くから1日目の宿はイシリール」


 地図上に描かれた城の上に置いた指を右に少し動かし、一つの町の絵を指す。更にそこから上に指をずらす。


「そこから北へ進んでコルニス村へ。そしてコルニス村から北東のフェグロー村を経由して川を目指す」

「川?」


 椅子に正座するようにして覗き込むセバスチャンに私は肯く。地図にはトトリ村の下辺りからやや川幅の広い川が緩やかなエル字のように描かれており、川の緩やかなカーブ付近に帆船が一艘描かれた大きめの町がある。


「うん。川沿いに南に下ってティレリスに入るんだ」

「南に行くの? 村から離れるよ?」


 セバスチャンの言葉にライアンとマリーも私の顔と地図を見比べ訝しげな表情を浮かべている。本来のトトリ村へのルートとして一般的なのはフェグロー村からそのまま北へと向かい、トトリ村まで野営しながら進むものだ。

 

 だが、今回私が考えているルートは……


「ティレリスで船を借りて、船でトトリ村を目指すんだ」

「船?」


 ライアンが片眉を上げ地図を睨み、マリーも眉間にしわを寄せて地図を覗き込んでいる。


「確かに、ティレリスは船で下流の隣国ウェルテクスの領地エンデスと交易を行っていますが……船では川を上がるのは難しいのでは?」

「どう言うことだ? マリー」


 マリーの言葉に彼女の方を向き、ライアンが尋ねるとマリーは更に眉間のしわを深くする。


「確か、トトリ村までは途中川が浅くなっていて船で上がるには限界があると聞いた事があります」

「なるほどな」

「じゃあどうするの?」


 三人に笑むと私は一冊の本を開き、地図の上に乗せる。


「これは『諸国漫遊日記』と言う本なんだけど、ここに川沿いをトトリ村に向かう道中の記述があるんだけど、えーっと……『川沿いを北に進む。右に見える切り立った谷底は深く、底を舐めるように清らかな水が流れている』ってある」

「…………で?」


 腕を組み、本の一文に目を落とすライアンの前に更にもう一冊、私は本を広げた。


「そして、こっちはティレリスの歴史が書かれた本でここに『山々の融雪が春先に川へ流れ込み幾度も川は氾濫し、谷をえぐり、地形が変わり今の大地となった』って書いてあるんだ」

「つまり?」

「…………春先には川の水位が増す?」


 思案していたマリーがぽつりと呟く。その言葉に私は大きく頷いた。


「そう! 山から流れ込んだ雪解け水で川の水位は上がる。そうすれば普段は浅くて船が進めない場所も船が通れるんだ。陸路は盗賊の危険があるけど水路ならその危険は減るし、何より村までの日数が短くなる」


 私の顔を三人の子供たちは瞬きを忘れたように見つめている。そんな彼らに私は微笑んだ。


「何の障害もなく私の期待通りに進むことができればトトリ村まで6日で着ける」

「いや、でも。川の水が増えるってのは良いが、それなら川の勢いも増すはずだ。そんな川を船で上流に進めるはずないだろ?」

「何言ってるんだ、ライアン。私たちには頼もしい味方がいるだろう?」


 目を細めて言った私に一瞬怪訝な顔をしたライアンだったが、すぐにハッと目を見開く。


「精霊か」

「あっ!」


 声を上げたマリーは手を口元に当て、セバスチャンは首を傾げた。


「んと、水の精霊に船をひっぱってもらうってこと? 兄さん」

「うん。あと、風の精霊にも押してもらおうと思ってるよ」

「それなら川も進める……でもそれには水の精霊の絆を持つ人と風の精霊の絆を持つ人を探さないと」


 再び眉間にしわを寄せたマリーに私はあぁ、と声を上げる。


「それなら大丈夫」

「?」

「私が持ってるから。絆」


 私の言葉に反応するように、私の左右にフゥちゃんと水の精霊のスイちゃんが浮かぶ。


「えっ!?」


 驚きで口をぱくぱくさせているマリーに私はニッコリと笑んだ。

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