第40話
大きなテントの中は、柵で囲われキレイに整地された半円場の地面と、その周りにたくさんの座席が扇状三区画に分けて並べられている。サーカスの舞台となる地面の両端にはテントの屋根を支える太い木の柱がテントを押し上げるように立ち、その柱から四方八方にいくつもロープやフラッグガーランドの装飾が伸びていた。ランプが頭上を賑やかに彩り、半円状の演舞場の後ろには濃紺色の大きな幕が幾重も垂れ下がっている。
すでに人で賑わっている中、中央区画の客席に二列になって私たちは腰掛けた。
前列にライアン、ジャック、サーラ、セバスチャンに私。その後ろにブランシュ、アウルム、アルゲンタム、レニーそしてダンテが座る。
私たちが座る間にも前後左右とどんどん席が埋まって行く。
「楽しみだね、兄さん!」
「うん。そうだね」
ウキウキと声を弾ませ、私に言ったかと思うと今度は隣のサーラにも同じことを言っているセバスチャン。よっぽど楽しみなんだろう。そんな可愛いセバスチャンの姿を微笑んで見ていると、視線を感じ、斜め後ろに顔を向けた。
アルゲンタムの青い瞳とバッチリぶつかり、笑顔だった私の顔は引きつった。
(な、なんだろう…………さっきから、見られてるよね。何かしたかな? う〜〜ん?)
とりあえず、へらっとアルゲンタムに笑みを向けると視線を外された。
(ええぇ〜? なにかしたかなぁ?!)
アルゲンタムの挙動の意味が分からず困惑していると、軽快なドラムロールが耳に届き、テント内の明るさが落ちる。取り敢えず、アルゲンタムの事は置いておいて座り直すと私は初めて観るサーカスへ気持ちを集中することにした。
濃紺色の幕の後ろからドラムの音が観客の期待を高めるかのようにテンポ良く響き、ラッパの音が高らかに鳴る。
この日を待ちわびた観客から巻き起こる拍手と歓声の中、簡素な自転車の形状をした乗り物に乗ったピエロが演舞場に現れた。
音をさせず流れるように自転車のような乗り物で大きく演舞場を周りながら、客席に向かって何度も帽子を高々と持ち上げ挨拶をするピエロ。しばらくすると幕の間からピエロがもう一人。ステッキを持ったピエロは滑稽な動きをしながらヒョコヒョコと歩き、自転車乗りのピエロに倣って帽子を取り客席へ一礼。方向転換して、また一礼。ちょっと歩いては帽子を取っては一礼。
優雅で流麗な動きの自転車ピエロと滑稽な動きとお間抜けなピエロのパントマイムが始まると、すっかり魅了されてしまいアルゲンタムへの疑問も忘れて前のめりになっていた。
アクロバティックな動きを織り交ぜながらのピエロのパントマイムに始まり、ライオンと猛獣使いのショー。美しく若い女性がカラフルな大玉の上に乗りながら行う瓶を使った曲芸玉乗り。張り子の船や動物、人形が風の精霊の力で宙を飛び、吟遊詩人の弾き語りに合わせて動く異国の話。
金髪イケメン男性がメインの肉体アクロバティックショーは、人間はこんなにも高く跳躍したり、くるくると回転したり、足が高くあがったり、障害物を駆け上がれるものなのかと目を疑う瞬間ばかり。
「うわぁ…………!」
前世でも見たことの無かったサーカスに私の口は開きっぱなし。
男性を取り囲んだ数人の手には剣や槍。少しタイミングを間違えば大怪我をしかねない手に汗を握る寸劇はハラハラし、思わず声が漏れていた。
「わぁ! すごい…………」
繰り広げられるめくるめく夢の時間にすっかり私は夢中になり、あっという間に時間は過ぎていった。
鮮やかな夢のような時間が終わっても、私はまだボーッとしていた。まさに夢心地。初めて見たサーカスに高揚感が治らない私に、満面の笑みでセバスチャンがギュッと抱きついてきた。
「サーカス すごかったね、兄さん!」
「うん! ほんとスゴかったね! サーカスってすっごいね!! とっても綺麗だし、楽しいし、すごいし…………ほんとスゴイね! サーカスって!!」
頬を紅潮させ、スゴイを連発する私に皆は笑い出した。
「よっぽど気に入ったようだな!! はっはっは!」
ダンテの豪快な笑い声と顔に負けず劣らずの破顔したジャックがバシバシと嬉しそうに私の肩を叩く。
「なっ! サーカスすげー楽しいだろ!! また見たくなるだろー!」
「うん!」
「また見たーい!」
「アルはどうでした?」
レニーに聞かれ、いつもと変わらぬ無表情のアルゲンタムは少し間が空いて
「…………悪くない」
「またまたー最高だっただろ〜? な、な。何が一番好きだった?」
ガシッとアルゲンタムの肩に腕を回し、皆の顔を見渡し言ったジャックの言葉にまだ興奮冷めやらない子どもたちは口々にサーカスの感想を言い始め途端に私たち一行は賑やかになる。
いや、周りの人達も皆それぞれ今日見た事を語らいながら賑やかに笑顔で席を立ち、三々五々と出口へと動いて行く。
心地良い喧騒が満たすテントの中、周りの人波がゆっくりと引いてきたのを見計らって、私たちも席を立ち座席の間を伸びる通路へと進む。
ライアン、ジャック、ブランシュ、アウルムと続きサーラとセバスチャンが通路に出た。私も一歩足を進めると丁度アルゲンタムも通路に出ようかというところで、
「お先にどうぞ」
と私はアルゲンタムとそしてレニー、ダンテに先を譲る。
アルゲンタムは小さく頷き、通路へ歩を進め、レニーも私へ会釈をしながら進もうとした時だった。レニーの後方から1人の少年が客の間を掻き分け押しのけるように走ってくる。
それに気付かないレニーの背中に少年が迫り、私は思わず声を上げた。
「危ない!」
少年は右の肘を突き出すような形でレニーへと突っ込むが、その体がぶつかる事は無かった。
「くそっ! 離せ!!」
「これは威勢の良い子どもが釣れたな」
少年の服を掴み軽々と持ち上げたダンテは素早く周囲に視線を走らせた。
「殿下たちを早く外へ!」
「はっ!」
ダンテの鋭い一声に返したのは周囲の客の群れの中からだった。お客のフリをして護衛騎士が数人少し離れたところで護衛していたのだ。
途端に異様な空気に包まれるテント内。
今度は別方向から不自然な影がアルゲンタムに向かい突き進んでいく。
「殿下!」
影はアルゲンタムの足元まで来ると椅子の影から湧き上がるように膨らみ、アルゲンタムに覆い被さるように動くがいち早く気づいたレニーがその影に体をぶつけた。レニーと共に転がった影はいつの間にか黒い服を身に纏った男になっていた。
地面に一度手をついた男だったが、すぐに顔をアルゲンタムへ向けるとすぐに起き上がり再びアルゲンタムへ飛びかかる。
男の腕がアルゲンタムに触れる直前、銀糸の髪を持つ少年の姿は黒い影に包まれるように消えた。
「チッ!」
舌打ちを一つし、男の体が黒く体積を無くしたように地面に落ちると、また影となり素早く動く蛇のように地面を蠢き去っていく。
「追え! 逃すな!!」
「殿下の保護が最優先だ!」
騎士たちの怒声が飛び交う。
それは一瞬の出来事だった。目の前で起こったことがあまりに突然すぎて、私は固まってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます