第41話
「兄上!!」
アウルムの叫びに私はハッと我に返った。
「兄上! 兄上!」
「お待ち下さい、アウルム様!」
姿を消したアルゲンタムに取り乱し叫ぶアウルムの体を若く精悍な男性が制している。私服姿の騎士は1人ではなく、いつの間にか複数人が私たちの周りを取り囲んでいた。
「レニー! 大丈夫か!?」
「うぅっ……だ、大丈夫」
駆け寄ったジャックに顔を歪めてレニーは言葉を返したが蹲ったままでどこか痛めたのか辛そうにしている。
一瞬にして騒然となった状況にブランシュ、ライアン、セバスチャンとサーラは身体が強張り立ちすくみ、アウルムは私服の騎士を今にも振り解いて走り出しそうな様子で忙しく周囲へ顔を巡らし兄の名前を叫んでいた。
「……兄さん」
「……フェリックス様」
セバスチャンとサーラが私に身を寄せ、ギュッと強く手を握り見上げるその表情には不安と恐怖が浮かんでいた。
「大丈夫だよ、大丈夫」
二人を抱きしめて、その小さな背中を何度か撫で、私はダンテへ顔を向ける。
「教官。アルゲンタム殿下はどこに?」
「今、探しているところだ。多分、殿下は《影渡り》をし、逃げたのだろう」
「かげ、わたり・・・」
⦅影渡り⦆とは闇の精霊を持つものが使える技。闇の精霊を身に纏い、影に入り込んで移動するーーそう精霊書には書いてあった。闇の精霊を従わせ身に纏うことで行うこの技はある程度のレベルを要する。アルゲンタムの年で⦅影渡り⦆が使えるのは稀だ。
「で、では、殿下は無事なんですか?!」
「わからぬ」
険しい表情で短く言ったダンテは一番近くにいた騎士に捕らえた少年を渡し、周りの騎士たちを見た。
「エルマー! ハンス! 私と来い!! ローマン、⦅影渡り⦆で殿下を探せ! 他の者達はアウルム殿下たちを護衛し、今すぐ王城へと戻れ!」
『はっ!!』
ダンテの短い指示に即座に動き出す騎士たち。ローマンと呼ばれた若者は黒い影となり、水滴が地面に落ちて消えるように姿を消した。
「ウッツ! その少年から話を聞き出せ。詳しくな」
「はっ!」
「離せ! 離せよ!!」
暴れる少年の首根っこを掴まえ、屈強な私服騎士が引きずっていく。それを尻目にジャックがダンテの側へと駆け寄り必死の表情で口を開いた。
「俺も連れてってくれ!」
「できぬ相談ですぞ、ジャック殿」
「でも、こうなったのは俺のせいでもあるし。それに、アイツ! アルを狙ってる奴も闇の絆者(はんじゃ)だろ?!」
ジャックの言葉に私は背筋にヒヤリとしたものが走り、慌ててダンテを見た。
「アルは、すげぇ奴だよ。天才だよ! でも、大人相手じゃ敵う訳ねぇ!」
「それは貴殿も同じことでしょう。ジャック殿。子供の貴殿がついて来て何ができるのかね?」
「…………っ! それは…………」
いつもの真夏の太陽のように暑苦しくも満面の笑顔が似合うダンテが、今は感情を消した表情でジャックを見下ろしている。決して威嚇するでもなく、だが諭す訳でもなく。だがダンテは彼の考えを事細かく言葉にしなくともジャックは理解すると分かっているかのように見ている。
ジャックは下唇を噛みながら、でも、と言葉を続けようとするが、ダンテは彼から視線を外し動き出す。
「今は議論をしている猶予はありませんぞ!」
「ジャック。ここは俺たちに任せてくれ」
「ハンスさん………」
騎士の一人に肩に手を置かれ、悔しそうに顔を歪めるジャック。そんなジャックの肩を軽く叩き、ハンスと呼ばれた騎士は先を行ったダンテの後を追い走って行く。
「我々も行きましょう、アウルム様」
「……………………」
騎士に促されるも下唇を噛み俯くアウルムは硬く拳を握り締めている。
「…………アルゲンタム殿下はどうなってしまうのですか?」
今にも泣き出しそうな顔で震える小さな声のサーラに誰も答えられずに黙っていた。
あの少年と男は明らかにアルゲンタムを狙っていた。しかし、今日は公式行事ではなく非公式でありお忍びのサーカス鑑賞のこの事を知っているものは少ないはずだ。なのに、何故? 一体誰が?
嫌な予感に胸騒ぎがする。
アルゲンタムは王族だ。もし……もし、万が一、アルゲンタム暗殺の刺客だったとしたら?!
自分でした嫌な予想に全身の血の気が引いていくのを感じ、私はギュッと服の胸元を握りしめた。
最悪のもしもをチラリとでも考えてしまうと、どんどんと頭の中を悪い予想が埋め尽くしていく。アルゲンタムにもしもの事があったなら? と思った瞬間、体は動いていた。
「! フェリックス!! 待て、どこ行くんだ!?」
驚きの声を上げるライアンに私は走りながら振り返り
「殿下を探しに行ってくる! ライアン、セバスチャンとサーラを頼んだよ!!」
「ばか! おい、待て! 待てフェリックス!!」
「兄さん!?」
私を呼び止めるライアンの声とセバスチャンの声を背にしながら走る私は風の精霊のフゥちゃんの力を両足の裏に集めるイメージをする。靴の裏に圧縮された風の力の塊があるイメージ。そして、足が地面につく瞬間に風圧で前へ跳ぶ!
まるでバッタのように前を行く人々の頭上を飛び越え、私はテントの外へと飛び出した。
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