第21話

 朝食後、私はケヴィンたちと夕食の新しいメニューを検討する為、厨房に向かって歩いていた。

 私と同じメニューを受け入れてくれた家族の為、これからは小まめにメニューを替えていこうと思う。香辛料をバカみたいに使わなくても美味しい料理が作れるんだと分かってもらえれば皆の健康にも良いし、何より経済的!! この世界の香辛料ってお高い!  1度、値段を聞いて軽く目眩がしたもの。

 そんな訳で懐にも優しく胃にも優しいをモットーにメニュー作成をするのです。


(季節のものを取り入れるのはマストだよね。テール王国は日本に似ていて四季もちゃんとあるし、地形も豊かだから季節ごとにメニューを考えるのも楽しそう!)


 1人うんうんと頷き、ふと脳裏に浮かんだのは前世で自作していたバジルペーストの味。


(そういえば、香草物はあまりみないなぁ。肉や魚の臭み消しくらいでしか使ってないのかな? バジルのパスタとかまた食べたいなぁ! サルサソースとかも良いかも~♪)


 我ながらナイスアイディア! と上機嫌になりながら厨房へ足を踏み入れるとケヴィンが笑顔で出迎えてくれた。


「坊っちゃん、お待ちしておりました!」

「ありがとう、ケヴィン。時間を作ってくれて」


 にこやかに礼を述べ、私は早速テーブルの上に紙を広げた。

 今回提案するものは、豚しゃぶサラダとオニオンスープ。デザートは小豆に似た豆でぜんざいにチャレンジしてもらうつもり。それと、ゆで卵と茹でたササミはそのままで、ソースを新しく。


「あのさ、バジルは使わないの?」

「バジルですか? そうですね、たまに飾りで使ったりしますが」


 目を瞬かせるケヴィンに、私は勿体無い! と心の中で拳を握りしめた。

 これはもう、新しいソースはバジルソースに決まりだわ。ついでにサルサソースも教えよう。そうすれば、ケヴィンが料理に合わせて使い分けられるし、暑くなってくるとやっぱり辛めのものが食べたいし。

 と、言う訳でケヴィンにバジルソースとサルサソースの作り方を伝授するべく、ペンを走らせる。この世界にある材料が前世とそう変わらないというのは随分と助かるなぁ、やっぱりゲームの世界だからかな? などと思いながら、記憶を頼りにケヴィンへ説明しながら紙にも書き出していく。


 感嘆の声を上げながら、ケヴィンはなるほどなるほど、と頷き目を輝かし時折質問を挟んでくるが、やはり料理人。感が良く、理解が早い。


「…………なるほど。了解しました。では、辛味の部分は唐辛子を炒って潰して使ってみましょう」

「うん。細かい味の調整は任せるからよろしくね!」

「かしこまりました!」


 話し合いを終えた私はぐるりと厨房内を見渡した。すっきりと片付いている厨房は動線を重視した配置になっている。

 この世界ではコンロの代わりはかまどだ。だが、レンガと漆喰、調理器具を置くための金具部分で作られた外観は可愛らしい。

 大きく違うのは火力を調整する為のツマミはなく、薪を入れる為の空間がかまどの下部に設けられていることだった。


 今もケヴィンの弟子のポールがかまどの前に立ち、鍋をかき混ぜているその鍋の下には赤い火がチラチラと燃えているが、その火の合間に焔の尻尾が見える。

 ポールの足元に屈み、かまどの中を覗くと薪の上で焔を纏った紅のトカゲに似た火の精霊が体をくねらせていた。


「坊っちゃんは火の精霊がお好きなんですか?」

 

 厨房に来る度にかまどを覗き込む私に、ポールは笑いながら尋ねてくる。


「うん。好きだよ。すごいよね、火の精霊が火力の調節をしながらお料理するんでしょ?」


 まばたきをする赤い眼と見つめ合い、私は便利だなぁと思う。ポールの意思ひとつで、火を大きくしたり小さくしたり自由自在なのだ。もちろん、それなりに火の精霊との意志疎通の訓練をしたのだろうけど。


「美味しいご飯が作れてスゴいね、キミは。私も火の精霊がいたらキミみたいにお料理できるかな」


 目を細めながら火の精霊に話しかけると、私の言葉を理解しているのか、ボッと一瞬体の焔を立ち上がらせ、クルクルとその場で回りだす。


「あ、こいつ褒められて喜んでら」

「かわいいね~」


 喜ぶ火の精霊を見ながらポールと笑い合い、私はそろそろ退散しようと立ち上がった。


「邪魔してごめんね。それじゃあ、よろしく!」

「はい、お任せください!」


 威勢の良い返事を背に、私は厨房を後にした。



 そして、昼食後。

 ほぼ習慣になっている散歩をセバスチャンと一緒にしながら穏やかに爽やかな空を見上げた。私の手を引き歩くセバスチャンはどこか嬉しそうに見え、少し早歩きで進んでいる。

 散歩というよりは、どこかへ向かって歩いているようだ。


「セバスチャン、どこに行くの?」

「へへへっ」


 笑うだけで教えてくれないセバスチャンの手に引かれるがまま、進行方向から予想すると、バラ園だろうか。

 しばらくすると、予想通りバラ園に入り白い木造の東屋の中でセバスチャンの足が止まった。


「あのね、兄さんにプレゼントがあるんだ!」


 頬を紅潮させ言ったセバスチャンに、私は首を傾げた。


「プレゼント?」

「うん!」


 大きく頷いたセバスチャンと私の間をふわり、と薄い黄緑色のものが通る。頭にふわふわの綿毛を被り、切り込みの入ったローブの裾や袖の裾は身体よりも長く揺らめいている。流れるように動く風の精霊は全体が半透明で薄黄緑色。私たちのまわりをクルクル飛ぶセバスチャンの風の精霊。と、いつの間にかもう1体風の精霊が私たちのまわりを飛び始めた。


「風の精霊を兄さんにプレゼントしようと思って」

「風の精霊を?」


 意味が分からずますます首を傾げる私にえへへ、と少し恥ずかしさも見せながらセバスチャンは言う。


「ほら、前に風の精霊がいたら早く走れるかなって言ってたでしょ? それでね、僕の精霊に無絆の風の精霊がいたら紹介してくれないかってお願いしてみたんだ~」


 そういえば、ダンテ教官のトレーニング初日にそんな事を言いながら寝落ちしたような…………

 それを覚えていて、わざわざ探してくれてたの?!


「セバスチャン……私のために?」

「えへへ。だって、兄さん早く走りたいんでしょ」


 早く走りたい、というよりはセバスチャンと一緒に走りたい、が正しいのだが、それでも弟の心遣いが嬉しい!


「ありがとう、セバスチャン!」

「えへへっ」


 まだ誰とも絆を結んでいない風の精霊は、ふわりと私の顔の前で止まり優雅にお辞儀をするとその身体が輝きだした。

 明るくなる風の精霊の身体と呼応するように、私の背中の一部も暖かく少しむず痒いような感覚を覚えたが、それも数秒で治まり風の精霊の輝きも静まっていた。


「へへっ。これでお揃いだねっ!」

「うん! ありがとう、セバスチャン」


 頭の後ろで手を組み言ったセバスチャンは、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる。そんな弟の頭を私は愛しく撫でたのだった。

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