第8話

 父上からの呼び出しから数日後、ティータイムを終え暖かな日差しの中、セバスチャンと庭を散歩していた。

 今日は昼食後、勉強の時間だったセバスチャンはあまり勉強が好きではないこともあってブゥブゥと膨れてたが、その膨れっ面もまた可愛い。

 私も多分数日のうちにまた何かと貴族のお勉強が始まることだろう。だが、それまではこの庭を堪能することにしよう。


 庭は今日も綺麗に手入れが行き届いていて気持ちがいい。元気に走るセバスチャンを追いかけたいが、まだまだそれをするには体力が足りない。


 ゆっくりと歩きながら、今日は庭師のサシャのところへ向かう事にした。

 敷地の屋敷とはちょうど反対側の庭の端に建つ木造平屋作りの小屋が庭師であるサシャの作業場だ。

 作業場の隣には小さな温室もあり、様々な植物が育てられている。


 作業小屋の外で仕事をしていたサシャは、私たちの姿に気付くとまだ距離が遠いにもかかわらずお辞儀をしてくれた。

 そんな彼の元へ歩みを進めていると小屋の戸が開き、中からフェリックスより少し年上の男の子が姿を見せた。

 今年12歳になるサシャの息子ライアンだ。赤褐色の髪にグリーンの瞳。そして、良く焼けた肌が印象的な活発そうな少年のライアン。


「ライアーン!」


 大きく手を降り、セバスチャンはライアンへと駆け出す。年が近いこともあって、私たち3人は赤ん坊の頃から日中は同じ部屋で同じように育てられた。本来なら有り得ない話だが、ヴィクトーやシャルロットが使用人たちに寛大で、こども同士一緒の方が教育にも良いだろうし、親は仕事もしやすかろう、という考えからだった。


「セバスチャン! フェリックス!」


 陽光に照らされたライアンの笑顔はキラキラと輝いて見える。セバスチャンとはまた違う美しさを持つ青年になるだろう事は容易に想像できる容姿をライアンは持っていた。

 

(んー良く考えたら私ってラッキー?)


 セバスチャンとライアンが並んで立っているところを眺めながら思う。何故なら、可愛い可愛い子供の頃から成長しイケメンになる過程が見られる訳なんてそうそう無い。子どもの2人が並んでいるところも随分と絵になるのに、それが青年になんてなったら、もう、もう、尊すぎて鼻血ものである。


 ぽやーっと成長後の二人の姿を妄想していた私に軽やかに近づいたライアンが訝しげに眉を寄せる。


「なーにしてんだ? ボーッと突っ立って」

「え? いや、なんでもないよー」

「ほんとか? 気分が悪いとかじゃ無いだろうな?」


 眉をしかめて互いの顔を近づけながら、私の額に手を当てたライアンの少し真剣な表情にややドギマギしつつも、にへらと私は笑った。


「うん。大丈夫だよ」

「なら良いけどさ」


 至近距離で私の顔を覗き込み、まじまじと見ていたライアンは額から手を外し、小気味良く私の肩を叩いた。


「フェリックス坊ちゃん」


 ライアンを渋いイケメンにしたイケおじのサシャが微笑みを浮かべて私の前に立つと少し身体を屈めて、私と目線を合わせるようにしてきた。

 

「もう外に出て大丈夫なんですか?」

「うん。お陰様で、もうだいぶ元気になってきたよ」

「そうですか。それは良かった。もう、こいつが坊っちゃんのこと心配して心配して大変だったんですよ」

「お、親父っ!!」


 笑いながらライアンを指差しながら言ったサシャに、顔を赤くし慌てるライアン。

 美形親子のやり取りに和みつつ、目の保養に頬が緩むのがわかる。

 と、そんな3人の様子など無視して早く遊びたいセバスチャンが割って入ってくる。


「ねぇねぇ、遊ぼうよー」


 そんなセバスチャンに私とライアンは笑い、そして3人はいつもの遊び場へ向かった。

 フェリックスたちの遊び場は敷地の端にある、この屋敷で一番大きな木を中心とした辺り。久しぶりに来た大きな木には、太い枝のあちこちにいくつもロープが垂れ下がっていて、ロープの先に木の板がくくりつけられている。


「このロープ、なに?」


 聞いたセバスチャンにライアンは得意気に言った。


「ふふーん。実はな、この木の上に秘密基地を作ろうかと思ってさ」

「ええっ! 秘密基地~!?」


 途端に目を輝かせるセバスチャン。ますます得意気な顔でライアンは顎に手を当てたりなんかしている。


「ほんとはフェリックスが良くなるまでに完成させて、あっと驚かせるつもりだったんだけどさ。まぁ、上がってみるか?」


 そう言ったライアンの側に頭部から生えた緑色の若葉に似た柔らかな葉を揺らし、枝で出来た人形のような体の木の精霊が浮かぶ。

 

 木の精霊が大きな木の幹に溶け込むと、ざわざわと枝が動きロープが私たちの目の前に下りてきた。ライアンはそのうちの1本のロープの板に足を掛け、ロープを握る。

 私とセバスチャンもライアンを真似てロープを掴んだ。すると、枝が動き葉擦りの音をさせながらゆっくりロープは高く上がっていく。


「わあぁっ!」

「すっごーい!」


 ゆっくりと開けていく視界。屋敷の塀が下に見え、王都の街並みが見渡せる。

 グリーウォルフ男爵家は王都の貴族の屋敷が建ち並ぶエリアの端の方にあるので、見晴らしの良い場所に建っている訳ではないのだが、それでも大木の上の方からは遠くまで良く見えた。


 枝の動きが止まると、丁度良い位置に太く立派な枝が伸びていて、ライアンに倣って3人は枝へと移った。

 

「ここにさ、板を並べて敷いてさ。壁と屋根も作って3人一緒に寝れる広さにしてさ」


 降り立った太い枝は、もう一つの太くしっかりした枝と幹を基点に丁度扇形に伸びているし、枝の上に敷いた板は水平が取りやすそうだ。


「僕、お菓子も食べたい!」

「あぁ、食べよう」

「あと、勉強したくない時にここに隠れるんだっ!」


 キラキラとしたセバスチャンの顔は、もう完全にこの3人の秘密基地が、大人たちの目から逃げられる夢の場所になっているようだった。


「勉強か。あぁ、そういえばなんか新しい家庭教師が来るってな」


 そう言ったライアンに私とセバスチャンは目を瞬かせる。


「え、そうなの?」

「なにそれー聞いてない」

「あれ。そうなのか?」


 私たち2人の反応にライアンは頭を掻き、視線を斜め上にさ迷わせながら口を開く。


「んーなんか、なんの勉強かは知らないんだけど俺も一緒に受ける事になってるらしくてさ。3人一緒だって親父が言ってたんだけど、まだ聞いてないのか」

「うん」


 3人一緒に受けるって、なんだろう? でも、3人一緒なら………


「でも、3人一緒なら僕なんでもいいや。一緒の方が楽しそうだし!」


 私の気持ちを代弁するように、ニカッと笑って言ったセバスチャン。そんな可愛い弟に私は笑う。


「はははっ、私も今同じこと考えてた」

「なんだ。じゃあ3人同じか」


 ライアンの言葉に3人は顔を見合わせ笑った。

 なんの勉強が始まるのか分からないけど、楽しみだ。

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