第6話

 一仕事をやり終え、私は満足感と共に自室へと向かっていた。

 前世で女だった時ですら一度も使った事がない『あざとく甘える』のという技を使った甲斐があるというもの! …………まぁ、本当の小悪魔系女子から見たら鼻で笑われそうではあるが、今、私の周りにいる大人たちには少なからず効果はあったのは確実だった。

 その好例の一人であるジーナは、私に付いて歩きながらしきりに『感動した!』『感心した!』とやや興奮気味に言っている。


「本当に私、感動いたしました! お坊ちゃまのご成長だけでなく、そのお気持ちに!」

「……ははっ、ありがとう」


 そう褒めてくれるのは嬉しいのだが、私としては何だかだんだん今更ながら恥ずかしくなってきたところに塩塗り込まれてる感がしなくもない。

 しかし、味方は一人でも多い方が良い。

 私は立ち止まると、クルリとジーナへと体ごと振り返った。


「ジーナ。私、体を強くしたいんだ。皆と一緒にご飯を食べても、セバスチャンと走り回っても大丈夫なくらいにね。だから、ジーナも協力してくれるかな?」

「えぇ、勿論でございます! 私だけでなく、アシルも他の使用人たちも皆、協力いたします!」


 大きく何度も頷いたジーナは少し涙ぐみ、本当にいつの間にかしっかりなられて、と呟いている。

 そんな彼女にちょっと苦笑しつつも、気持ちは分からなくない。私が前世で弟たちに時折感じてたものに近いんだろうな、と思う。


 弟たち、私が死んだあとどうしたんだろうか。ちゃんと、ご飯食べてるかな? 家の掃除、サボってないかな? みんな、いつも通り笑って過ごせてるかな…………

 …………あ、ヤバい。泣きそうになってきた。


 ジーナから顔を隠すように慌てて踵を返した私は早足で歩き出した。

 気持ちがしんみりとしてしまった私は、午後も図書室に籠ることにした。独りになりたかったから。

 図書室の窓際のテーブルに座ると少し落ち着く。

 ふぅぅ、と少し長めに息を吐き出すと、私は目を閉じ、改めて前世へと想いを馳せる。


 至って平々凡々なお父さんとお母さん。お父さんは少し気弱で泣き虫なところがあって、お母さんはスキンシップ大好きで良く抱きついては私や弟たちにウザがられてた。働き者の両親で、困った時や悩んでいる時も、こまったねぇと2人して笑っていた。………今も笑っていてくれてるかな?


 1番目の弟はおとなしめでちょっとぼやっとしてるけど、しっかり下の2人をまとめられてるかな? 社会人一年生、しっかりやってるかしら。


 2番目はやんちゃで落ち着いてる事なくサークルやら遊びやらで外をほっつき歩いてばかり。まったく、課題も家の掃除もちゃんとやりなさいって口酸っぱくして言ってたけど、やってるかしら?


 3番目の末の弟は受験生。受験生なんだけど、やる気があるのか無いのか、いつもヘラヘラニコニコ。のらりくらりとしているが、要領だけは良いのよねぇ。ちゃんと勉強やってるかしら? 大丈夫かしら?


 …………うーん、ただただ心配事項ばかりを再確認してしまった。しかし、そもそも私が死んでから今、どれくらい経ってるのだろう? そもそもここは地球?

  うーん………?

 あ、そういえば。めんちゃんが押し付けてきたライトノベルの中になんか似たような感じのものがいくつかあったような。それには確か………


「異世界転生………」


 静かな図書室に私の声が響く。

 放課後は即帰宅の付き合いが悪いはずの私に、なぜかやたら懐いてきた同級生のめんちゃん。生粋のオタクで、アニメも漫画もライトノベルだけでなく、乙女ゲームも大好きで、何かとお気に入りのものを持ってきてはその作品の良さを熱弁し、布教活動に勤んでいた。

 断っても置き土産のように押し付けていく彼女に文句ばかり言っていたが、実はそれらを読むこと、プレイすることが私に貴重な気分転換の時間をもたらしてくれていたと、今なら分かる。


「あの時は文句ばっかで………ちゃんとお礼、言ったことなかったなぁ」


 高校卒業してからも、大学生になっためんちゃんは何かと連絡をくれて月に二回くらいは会っていたが、変わらずに推しの布教活動は止む事はなかった。

 そういえば、次の会う約束してたっけ。めんちゃん大のお気に入りのライトノベル化もされている乙女ゲーム。その本、返す約束してたのに………


 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、私は目を開け、窓の外を見た。

 晴れた空に綺麗に整えられた庭園が見える。

 窓ガラスの外側をふわりと半透明の何かが綿毛のように動きながら、窓の前でふわふわと浮いていた。


(もしかしたら、現世のこの世界は本当に転生した全く別の世界なのかも。だって、そうじゃなかったら風の精霊なんているはずないんだから)


 子供の手のひら程の大きさの人型をした半透明のソレはしばらく私を見ていたが、やがてどこかへ去っていった。



***


 グリーウォルフ家が拝領しているのは六大王国のうちの一つ、テール王国。精霊に愛されし王国という呼び名を持つ気候と地形の豊かな国である。


 この世界は人の統治する六つの王国と三つの少数民族。そして、精霊の統治する七つの国で成り立っている。精霊の国は物質界には存在しない為、私たち人は容易に精霊の国へ行くことはできない。


 火・水・風・木・土・光・闇の精霊たちは人間たちの住むこの物質世界の源の根幹として存在し、原始よりこの世界を支えている無くてはならない存在である。


 そして、この世界に生まれた人は時に精霊の加護を受ける。生まれた時に七つの精霊のうち一つがその人の身に『絆』を宿し、絆は精霊によって異なった痣のような文様となり背に現れる。


 精霊の加護を受けた者を、この世界では『絆を持つ者』と呼ぶ。

 しかし全員が加護を受ける訳ではなく、テール王国だと絆を持つ者はだいたい8人に1人の割合だと言われている。


 だが、他の国だとその割合はグッと減り、20人に1人ならまだ良い方で、最も少ない国は100人に1人だという。

 テール王国が精霊に愛されし王国と呼ばれるのは、それ故だ。


 絆を持つ者は精霊を操る事が出来る。

 ………と一言で言うと何でも叶えてくれる万能の存在のように聞こえるが、厳密に言うと絆で繋がった精霊にやって欲しい事を言葉なりイメージなりで伝え、それを精霊が受け取り、精霊が力を使い実行する。すなわち、発する側と受けとる側の意志疎通が重要であり、実行の精度はまさにその一点にかかっている。

 つまり、発する側の人の頭脳を超えるような事は出来ず、コミュニケーション不全がおきている関係性の場合、制御する事が出来ない精霊は最悪の場合いなくなることもあるそうだ。


 なので、子供のうちは精霊と人は良い遊び相手くらいの関係であることが多い。まぁ、遊びながら仲を深めていくのが常で、15歳になると絆を持つ者は身分関係なく同じ学校に通い学ぶのがこの国の決まりだ。


 そんな私も絆を持つ者だ。

 私は土の精霊との絆がある。弟のセバスチャンは風の精霊との絆を持っている。

 先ほど窓の外から私を見ていた風の精霊は多分、人との繋がりの無い無絆むはんの精霊だろう。


(それにしても……どっかで聞いたことあるような世界だよなぁ。めんちゃんが貸してくれたものにもこんな感じのファンタジー設定あったなぁ)


 まぁ、ここだと設定というか現実なんだけど。

 ちなみに、何故精霊が人と繋がりを持つかと言うと、未熟者の下位精霊は人と繋がる事で様々な事を経験しレベルを上げていくのだそうだ。勿論、経験値が上がれば精霊自身の強さや力も上がる。そして上位になればなる程人間世界にはめったに現れず、精霊界での地位を上げていく。人に絆を宿す精霊はまず下位の精霊なのだ。


 また、生まれた時に絆を持った精霊を『初絆しょはんの精霊』と呼び、それ以降に絆を持った精霊をその順番で『第二の精霊』『第三の精霊』と呼んでいく。

 初絆の精霊以外と絆を持つことはあまり無いそうだが、皆無という事でも無いらしい。


 と、ここまでが家庭教師から受けた講義と図書室の本から得た知識。精霊についての基本を脳内復習していた私をジーナが呼びに来た。父上がお呼びだと言う。

 何か用だろうか、と首を傾げながら私は父上の書斎へと向かった。

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