第4話

 一番簡単に出来て、そしてもっとも健康に影響を与えるものの一つ。それは食である!はい。ここ重要なので2回言います。食はすべての基本です!


 久しぶりに晩餐室で夕食を取ることにした私。家族皆が晩餐室に揃うのは久しぶりで、母上のシャルロットも弟のセバスチャンも嬉しそう。父上のヴィクトーは相変わらず厳つい表情を崩さないが、口元が時折モゴモゴと変な形に歪むのを見逃さない。顔が緩むのを必死に堪えてるのだろう。


 私は前世を思い出してから、ヴィクトーの機微の細々に目敏くなりギャップ萌えにキュンキュンしまくりで困る。

 おまけにセバスチャンの可愛さにも毎日キュンキュンだし、母上の眼福ものの容姿で甘やかしてくるのなんか、もう目が潰れてしまいそうな程キラキラして死んでしまいそうである。


 そんな私のハートのストライクゾーンに球を投げ込みまくる家族と一緒に食事ができるのは私も嬉しい。今までは食事は一人ベッドの上で寂しかったから。


「今日はね、フェリックスの好きなものを用意させたのよ」


 にこにこと笑顔で嬉しそうに言う母上の言葉を待っていたかのように料理が運び込まれてくる。


「わぁ、嬉しいです母上」


 うん。それは本当。本当なのだが…………

 目の前に並べられていく料理の数々。

 グリーウォルフ男爵家は貴族の中でも末席に近い。貧乏という訳では無いが大金持ちという訳でもない。元は豪商の出らしく、とあるご先祖の時に男爵の位を賜ったらしい。

 どんな経緯で男爵になったかまでは聞いていないが、グリーウォルフ家のピークはその初代であり、あとは緩やかな右肩下がり。

 それでも曾祖父の頃から領地経営はなんとか横ばいをキープしているそうだ。


 そんなグリーウォルフ男爵家なので、家訓は質実剛健。無駄や見栄を嫌い、堅実に安定を取る。まぁ、言ってしまえば地味。欲と見栄の渦巻く豪華絢爛な一般的貴族社会からは完全に一歩も二歩も引いている。


 しかしそれでも、腐っても男爵家。他の貴族の家よりは大分質素な食事だとは思うのだが、用意されたのは完全にフルコースのそれである。体力のパラメーターが低い私にとって、目の前のお皿の上に乗った油でキラキラ輝く分厚いお肉は結構しんどいものがある。

 他の皿も肉料理がメインで野菜が少ない。

 …………見てるだけで胃の辺りが重い。


「……………いただきます」


 暫し固まっていたが、意を決して………まずはスープを口にした。温かいスープでまずは胃を慣らしてから、と思ったのだが…………


「んぶっ!?」


 小さく吹き出し、ゴホゴホと噎せてしまった。慌てて執事と侍女が駆け寄ってくる。母上も立ち上がってるし、父上もセバスチャンも心配そうにこちらを見ていて恥ずかしい。


「だ、大丈夫です。ちょっと、むせてしまって……すみません」


 ごほん、と大きく咳払いをし、落ち着いた私は手の中のスープに目を落とした。胡椒たっぷりの胡椒スープですか? と問いたくなるようなスパイシーな味の濃いスープ。

 いつもはまだ刺激の少ないスープのはずだが、今日はフェリックスも同席ということで料理長が張りきったようだ。


 そう。お貴族様のお料理はお肉過多野菜不足の香辛料まみれのスパイシーがこの世界では一般常識。付け加えると、ビュッフェ並みの量の皿がテーブル一杯に並べられ、お貴族様はそれらから好きなものを少し食べて残した物は破棄という、超贅沢! そんな勿体無いことする奴は呪われてしまえっ!!

 …………おおっと、失礼。

 まぁ、ウチの場合は食べ物を粗末にするなど言語道断なので、食べられる量しか出てこないのだが、味付けは………


 再び意を決した私は小さく切ったお肉を口に入れ、良く噛む。これでもか、と言うほど噛む。ひたすら噛んで、お肉の形が無くなってようやく飲み込む。そして、またお肉を一口。お肉の次は付け合わせの野菜。そして、またお肉。


 モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ………ゴクン。

 モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ………ゴクン。


 家族に比べて明らかに食べる速度が遅いが、気にしない。出来るだけ歯ですりつぶし、唾液で消化の手助けをしないと胃痛に悩まされそうなのだから!


 え? 残せば良いじゃないかって?

 そんな事は私の信条から外れるのでノーである! そんな訳でひたすら噛んで噛んで噛みまくって、完食を目指して噛むのである。


 皆よりかなり遅く、周りが心配そうに見守る中なんとか完食すると何故か拍手が沸いた。そんな拍手を受け、重たい体を引きずりながら部屋へ戻ってくると私は深くソファへ沈み込んだ。

 満身創痍。そんな私にジーナが紅茶を淹れてくれる。


「はぁ。おいしい~」

「ふふっ、ありがとうございます。嬉しいですわ」


 優しく胃の中が温まっていく感覚に、ほぅっと出た素直な感想にジーナは微笑み、そして次に少し首を傾げながら言った。


「お坊ちゃま、体調が戻られてからなんだか少しお変わりになりましたね」

「えっ! そ、そうかな?」


 ジーナの言葉に内心焦りつつも、できるだけ平静を装う。

 まさか、気付かれた?! 中身が26歳の地味~な、しがない事務員だということに!

 …………いやいや、そんな事はない。26歳だった記憶が戻ったとはいえ、フェリックスとして9年間生きてきた記憶もちゃんとある。性格やら思考やらは生きてきた年数の長い前世がだいぶ大きな割合を占めてしまっているとは思うのだが、それでもフェリックスの記憶と経験を元に今までのフェリックス君の生活を乱さないよう気を付けているつもりだ。


「えと、たとえば……ど、どこら辺が?」


 恐る恐る私はジーナに尋ねてみると、ジーナは困ったように片手を頬に当て、少し眉を寄せる。


「どこ、と仰られると困ってしまうのですが………何となく、でしょうか」

「なんとなく…………」


 女の勘、というやつだろうか?

 たしか、ジーナは私が産まれたときからこの屋敷で働いていて、私付きの侍女としてもう7年になるはず。6歳から部屋を与えられると、病弱な私に朝夕問わず、それこそ付きっきりで側にいてくれた。

 確実に、母上であるシャルロットよりも一番長く一緒にいるのはジーナだ。


 ふむ。私としては『今まで通り』のつもりだったのだけど、もう少し言動に気を付けた方が良いのかも。


「でも、あまりお気になさらないでくださいませ。私の勘違いだと思いますし、それに、お坊ちゃまは今、1日1日お体も心もどんどん成長なさっている時期でらっしゃいますから。まずはゆっくりお休みになられて、お体を大切なさってください」


 余計な不安や考え事を与えて要らん気苦労を掛けてはいけない、と思ったジーナは少し早口で言葉を繋ぎ、さぁさぁ、と私をベッドへと優しく立たせる。


 そんなジーナに着替えを手伝ってもらい、ベッドへ潜り込んだ私はおやすみの挨拶をし彼女が部屋を出ていくのを見届け、目を瞑った。

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